目の前が真っ赤に染まった。
自分の呼吸音が嫌に耳について
足がガクガクと震えている。
手の中のナイフの冷たさが 痛いほどリアルに感じられた。
目の前のイキモノをみつめる。
燃える金髪。
褐色の肌。
引き締まった四肢。
完璧なまでの造形物。
しかしその芸術品から せせら笑って発された言葉。
反芻される忌まわしい声。
『馬鹿で役立たずの、ナチュラルの彼氏でも死んだかぁ?』
おぞましい。
憎らしい。
なんでアンタにそんなこと言われなきゃならないの。
考えるより先に
私は意味不明な叫びを上げて
そのイキモノに切りかかっていた。
→→GOLD
「っつ…ッ!何すんだよ!?こいつ!!!」
さっきまでの薄ら笑いはどこへいったのか
間一髪で一撃を逃れたそのイキモノは、紫の瞳に恐怖をたたえ 私を見返した。
見ないで。
それすらも、嫌悪を呼び起こす。
荒い息を吐きながら、私はソレににじり寄り
もう一度、今度は両の手にナイフを握って狙いを定める。
ソレの瞳が大きく開かれる。
「あああああっ!」
耳元で、ビッ!とシーツのカーテンが破れる音がした。
私の悲鳴はどこか遠い。
そのまま、床に肩から打ちつけられる。
すぐさま身を起こして相手の姿を捜した。
ソレは私からさほど離れていない場所で、痛みに顔をしかめながら転がっていた。
血の筋が額の端から流れ落ちている。
その色は赤い。
…生意気にも。
ナイフを構えなおす。
ヤツは満足に動けない。
二回の襲撃でそれを確信した。
(殺せる)
そう思った瞬間、私の胸は打ち震えた。
まぎれもない歓びに。
笑みさえ浮かべ、私は立ち上がる。
イキモノはその気配に 弾かれたように顔をあげた。
視線が交差する。
私はナイフを高く、そしてゆっくりと振り上げた。
イキモノは息を呑んだ。
これを振り下ろせば殺せる。
トールを侮辱したこのイキモノを。
心臓を狙って
額と同じ色をぶちまけて。
邪魔するものはいない。
そのはずだった。
しかしそのとき
私は『ソレ』に気付いてしまった。
「…ミリアリア!」
叫ばれた言葉に、ハッと私は我に返った。
次の瞬間、部屋に飛び込んできたサイに羽交い絞めにされる。
なぜ自分がこの状況にあるのか理解した途端 熱を失ったはずの頭が、また怒りをぶり返した。
「離してぇ!」
力の限り叫んでもがく。
サイが苦しげに顔を歪めて、私を押さえ込んだ。
頭を振りかぶると涙の粒が舞った。
視界の端に、口元を押え驚愕するフレイが映った。
「トールが…トールが、いないのに…っ」
口をついて出た言葉。
イキモノは、怯えた目でこちらを見ている。
やめて
見ないでって言ってるでしょう。
「なんでこんなヤツがここにいるのよぉぉ!」
内臓を全て吐き出すように、声を張り上げる。
無理な出し方をしたのか、喉がヒリヒリ痛んだ。
何もかも理不尽だ。
何でこんなことにならなきゃいけないんだ。
私とトールは今まで幸せで。
戦争が起こったって一緒に居られて。
この間まだ一緒に笑って。
それなのに彼がもういない?
そんな 理不尽な。
脳みそはグチャグチャで、私は駄々っ子みたいに泣きじゃくった。
不意に戸口で金縛りにあったように動きを止めていたフレイが、嫌に緩慢な動作で歩き出した。
ガチャリ、と重い音がする。
私もサイもイキモノも、その音に気付いて顔をあげる。
そこには
彼女の細い指に似つかわしくない
どす黒い拳銃を掲げたフレイ。
一同が息を呑む。
銃口は、イキモノに向けられている。
サイが彼女の名を呼んだ。
でも彼女には聞こえない。
届いていない。
「…コーディネーターなんて…」
独り言のように呟かれた言葉。
彼女の眼は、炎を宿していた。
「皆死んじゃえばいいのよ!!!」
呪詛と共に彼女は弾丸を吐き出した。
(殺される)
あのイキモノが。
その時
私の瞼にさっき見た
私の動きを止めた『アレ』が横切る。
それを思い出した瞬間
私はなりふり構わず彼女に飛び掛っていた。
「…何するのよぉ!」
涙を混じらせた声でフレイが叫んでいる。
私もボロボロ涙が頬を伝っている。
サイとイキモノの視線が背中に当たっているのを感じた。
「何で邪魔するの!?自分だって殺そうとしてたじゃない!!」
胸にズキズキ、彼女の言葉が刺さった。
私だってわからない。
何で助けたのかなんて。
「アンタだって憎いんでしょう!?こいつが!!…トールを殺した、コーディネーターが!!」
否、わかっている。
ただ認めたくないだけ。
だって、私は
「違うの…フレイ…っ!」
私はかぶりを振った。
涙でグシャグシャになった顔をあげる。
後ろを振り返って、イキモノの姿を確認する。
私は、小さく息を吸い込んだ。
「だって…私…!」
眼を閉じて、イキモノのソレを思い出す。
それだけで私の胸は熱くなった。
嗚咽交じりの声をあげる。
「だって私…犬大好きなんだもの!!!」
一瞬の沈黙。
目の前のフレイが、鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情をしている。
サイも絶句していて
そしてその横で、更に目を点にしているイキモノには
正真正銘・犬の耳と尻尾が生えていたのだ。
私は顔を覆ってすすり泣く。
ナイフを振り下ろそうとした瞬間、ヤツの姿をモロに見てしまったのだ。
鮮やかな金髪から生えた、肌の色の茶への綺麗なグラデーションの耳。
転がった時に見えたフサフサの尻尾は、緊張のあまり強張っていた。
そして僅かに潤んだ紫の瞳。
きっと本人は意識してないんだろうけれど、なんとも保護欲を 母性本能を根底から揺さぶるような表情だった。
今にも『クゥ〜ン』とか鳴き出しそうな。
サイズ的には大型犬だろうけれど、アレは絶対チワワだ。チワワ。
プルプル震えて目は潤んで。
正しく我が家の愛犬にそっくりで。
ああ、お母さん達ちゃんとコロニーから脱出する際、あの子も連れてってくれたかしら。
頭をワシワシと撫でてあげたい。
あの子もそうされるのが大好きだったもの。
不覚だったと思う。
でも、アレを見た時 漲っていた殺意なんて一瞬にして消し飛んでしまったのだ。
あの、犬耳と尻尾のせいで。
「だから…ダメなのよ、フレイ!…私には…アイツを殺させたくないの…っ!」
私は声を絞り出す。
フレイは唇を噛んで私を睨んだ。
「…馬鹿じゃないの!?アンタ!!そんな理由で!!」
私は思わず顔をあげた。
なんてことを言うんだ彼女は。
あのキラと付き合っていたくせに。
確かに理由は良からぬものだったかもしれないだろうけど
それでもあんな小動物の極みみたいなキラと付き合っていたって言うのに!
私だって彼のことは(トールとはまた別の意味で)大好きだった。
リアクションとか、しょげた姿とか凄く可愛かった。
同い年なのに可愛がられるのは、やっぱり彼の小型犬っぽさが要因の一つだと思う。
大体、アイツはキラとおんなじ瞳の色をしてるって言うのに。
犬を、ソレを、『そんな理由』呼ばわりだなんて!
私は憤りを隠せず叫んだ。
「フレイこそ馬鹿よ!犬の可愛さがわからないって言うの!?」
「ええわからないわよ!!!」
フレイが怒鳴り返す。
そして腰に手を当てて高らかに宣言をした。
「だって私は猫派だもの!!!!」
『そういう問題か!!!』
今まで呆気に取られていたサイと、部屋に入ってきた副艦長のツッコミが
それはそれは綺麗にハモった。
***
「殺しに来たなら、殺ればいいだろ」
騒ぎの後、移された薄暗い独房の中
イキモノは小さく呟いた。
こいつにとって決め台詞のつもりなのかもしれないが、怯えていることは明らかだ。
だって茶色の尻尾は相変わらず緊張したまま。
耳だってヘタリと寝てるもの。
「別に…もう殺したりなんか、しないわよ…」
私は小さく苦笑した。
それでも精一杯虚勢を張るソイツに。
イキモノ…彼は私の言葉に、驚いたように顔を向けた。
耳が尻尾が、ピクンとはねる。
その彼の様子を見て、私は胸のあたりで小さく拳を作った。
(か、可愛い…っ!)
殺さなくて本当に良かった。
多分『青年』と呼ばれる領域の男に言うのは失礼かも知れないけれど
本当に、可愛い…!!!
私がやったんだけれど、頭に巻かれた包帯が痛ましい。
可愛くってかわいそうで、抱きしめたくなってくる。
そんなこと絶対、口が裂けたって言うつもりはないが。
でも。
「…殺さないから…」
私は檻の傍に寄る。
彼は少し後ずさりをした。
そんな姿も可愛い…って言ったら、私は変なんだろうか。
私は一呼吸置いてから、彼の目を見詰めた。
「殺したりなんかしないから…その、頭、撫でてもいい…?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・良いけど・・・」
躊躇いがちに言われた応えに、私はもう拳を握り締める。
檻の柵の間に手を突っ込んだ。
おずおずと、差し出された頭に指を這わす。
感触は、予想したとおりフワフワでワシワシ。
耳の辺りをクニクニ弄くってあげると、小さく彼は身じろぎをした。
長くて大きな尻尾が、ゆっくり左右に揺れている。
私はうっとり溜息を吐いた。
「…ごめんね…」
包帯の上から傷に触れて、私は謝る。
彼は私に頭を撫でられた状態のまま、上目遣いでこちらを見た。
その動作も堪らなかった。
「…もう、虐めないから…」
私は決心と共に言葉を紡ぐ。
心なしか、彼は嬉しそうにこちらに眼差しを向けていた。
私は思う。
明日から彼のエ…食事当番は自分にしてもらおう。
そして、毎日こんな風に出来たらいい。
トールを失った現実を少しずつ受け止めて、癒していきたい。
憎んでも、争いはなくならないし増えるだけだ。
それだったら
こうやって動物の頭を撫でている方がよっぽどいいでしょう?
そう思って
私は小さく笑みを浮かべた。
終わっとけ。
■『4万ヒット、皆さんありがとうございます。私にはこんなことしか出来ませんが、これがそんなささやかなお礼です。
これからもこんな駄サイトですが、末永く見守っていただけたら嬉しいです(微笑)』
…という、大変優しい気持ちで書き始めたはずでした。(過去形)
えーと、始めはとってもバイオレンス。終わりは阿呆。
ちゅーかオチが甘い。
野生のENERGYの続きの犬耳ディアッカでした。
ですから『余計なものがついてる』と申しましたのに!(逆切れだ)
真面目なディアミリとして読み始めちゃった人が哀れ過ぎます。
神聖なる32話を汚した感が満載です。
ミリィさんキャラがちがーう
といういろんな後悔が混ぜ合わさっています。
しかし、久しぶりに書いたらなんだか文の書き方を忘れた臭いです。(ヒ!)
ら、乱文…
これから徐々にペースを取り戻していきたいです。
とりあえず本編でも
色黒はミリアリアさんの動物保護精神に救われたんじゃないかと信じてます。
(え?だめ?)