朝8:25

毎日僕は、この瞬間のために生きています。



8:20。

「おはよう」
「おはよー」
花壇に水をやる僕の横を、今日もざわざわと挨拶を交わしながら
少年少女たちは教室へ吸い込まれていく。
彼らは皆、明日のZAFTを担うための子供たちだ。
いや、外見は『子供』と称される歳でも
僕らコーディネーターにとってはもうすぐ『大人』扱いになるのだけれど。

「おはようニコル」
「おはよう」
「今日も早いね」

口々に彼らから掛けられる声に僕はにこやかに返す。
笑顔で通り過ぎていく彼らがあと2ヵ月先には銃を持ち、敵と命をやり取りするようになることを
一体誰が想像するだろう。
そう考えて、僕は小さくため息をついた。
手の中の如雨露が軽くなったのを確認し、
それから花壇の真ん中から生えている丸い時計を見上げる。

8:23。

そろそろだ。

僕はそわそわと花壇の間を行き来する。
ちらちらと通る人を気にして、時計を何度も見る。

きっと、傍から見てる人がいたら絶対挙動不審だと思われただろう。
でも別にそんなことかまいはしない。
あの人にさえそう思われなければ。


そして8:25。

「…おはよー!ディアッカ!」
「お、ラスティおはよ」


瞬間、心臓が跳ね上がる。
慌てて背筋を伸ばして一心不乱に花に水をやっているふりをする。
視線はしっかり花に固定したまま
背中の全神経だけを、背後の気配に集中させて。

「ディアッカ、この間の授業のデータとってない?俺休んじゃったんだけどさ〜」
「無理。俺寝てたんだもん。こっちが見せてもらいたいくらいだし。そんなのイザークに言ってよ。」
「じゃあこうしよう。お前がイザークに見せてもらってそいつを俺に横流し」
「金取るよ?」
「何言ってんだ!俺とお前の仲だろうが!」

彼の動きに合わせて、背中を熱が通り過ぎていく。
じんわり、そこだけが暖かい。
いつものように軽快に話し、笑う彼の気配。
息を潜め、目をつぶる。

完全に彼の声が遠ざかってから、僕は深く空気を吐き出した。
首を回す痛みで、僕は肩が強張っていたことに気づく。

(…馬鹿みたいだなぁ…)

まるでオンナノコのようだ、と自嘲する。

毎朝毎朝同じ時間
一日たった一回だけ。
ただひたすらに時計を気にしながら彼の登校を待ちかまえて
彼が背後を通る時に身を硬くし、盗み見る。

彼に話しかけられることはないし
話しかけたりなんか絶対しない。
そんなことしたら、きっと自分はどうにかなってしまう。

そんなことを
もう半年も続けている。


(…おかげで『花に優しいニコル君』のレッテルを貼ってもらったけどね)

もう一回自嘲。

「見ているだけ幸せ」なんて そんなモノがあるなんて知らなかった。
ただ、彼の姿を見止めるだけで、胸が苦しくなった。
話したりなんかできたらそれこそ天にも昇るような気持ちになれるんだろうけど。

(でも、それにはやっぱりきっかけが必要だよね)

もしくはそれこそ劇的な変化。
事件が起きなければ、僕はきっと動くことが出来ないだろう。
外部からの、何か介入が無ければ。

(…意気地なし、だよなぁ…)
こんな時、自分の事なかれ主義を心底恨みたくなる。

流されて、それに甘んじて。
平和で、変わりの無い生活こそが美徳である、と。

唯一自分が決断した日常の破壊っていうのは
軍に志願したことくらいなんじゃないだろうか。



(…ま、仕方ないよね)

ぼんやり手元の如雨露を見つめる。
半年間も凍りついているこの一方的な関係だから、いまさら壊すってコトの方が難しい。
それが自分なんだから尚更。

あと二ヶ月でこの奇妙な蜜月も終わる。
彼を二度と目にすることは無くなって
そして僕は戦場に行く。
毎日の訓練と爆音の中で
彼のことを、思い出す暇もなくなるんだろう。


それもすごく、哀しくって残念だけれど。


(でも)

でももし、何かきっかけが生まれることが出来たなら
彼に、触れ合うことが出来たなら

(その時は…自分で動いてみよう)


そんなことがあればだけど、と口元を歪め
僕は予鈴に背中を押されるように如雨露を置きに走った。



「…お前が“ニコル・アマルフィー”?」


二ヵ月後、クルーゼ隊配属時
僕の密かな願いは遂げられることとなる。

呆然とする僕の目の前で、彼はにこやかに手を差し伸べる。


「ディアッカ・エルスマンだ。ディアッカでいい」

誰でもない、僕に向けられた言葉と笑顔。
それから彼は眉を上げて付け足す。


「あれ?もしかしてお前、いつも朝 花に水あげてたやつ?」


真っ白に、いや 真っ赤になる頭の片隅で
僕は確かに

自分の時計が動き出した音を聴いた。










■ニコルさんが乙女!!!(笑)
アカデミー時代です。
公式発表されてないのをいいことに好き勝手に書きました(こら)
全然二人は知り合いでもなんでもなくて、ニコル様が片恋していたという設定で。
どこの少女漫画ですかってーの。
どうしてもニコ→ディアのニコ様視点は乙女になりがちです。

でもニコル様こんなのじゃないですよ!絶対!!(自分で書いておいて!)