ほのぼのと 陽気ただよう ある昼下がりのこと。
丘の上のジュール邸。

「腹が減った」

そのジュール家の御曹司は
彼の友人にして今回の客人であるディアッカ・エルスマンに向かって尊大に告げた。

言われた彼は、無心に文字を追っていた本から顔を上げ、相手の顔を見てから苦笑する。
どうやらイザークはせっかく遊びに『こさせてやった』のに、放っておかれたことが癇に障ったらしい。
憮然とした表情を見れば分かる。

(面白い本だから読め、って言ったのにはそっちなのに…)

実際面白くて、熱中しているうちにイザークは超大型低気圧を生み出していたようだ。
そのまま雷が落ちる前に、とディアッカは作り笑いを浮かべる。

「うん、俺もそろそろ減ってきたかな」

賛同すると、少し機嫌が直ったのか
イザークは嬉しそうに「何かとってくる」とキッチンへ歩いていった。
鬼の居ぬ間にディアッカはもう一度本に目を落とす。


暫くすると、イザークは両手に一つずつ器を持って帰ってきた。
絶妙なカットが施されたガラス製の小皿に入っていたそれは

「…桃?」

てっきりスナック菓子でも持ってくるんだと踏んでいたディアッカは驚いて呟く。
その反応に更に満足した様子で、イザークは
「献上品だがな。ちょうど食べ頃だ。俺が剥いたんだ」
と自慢げに言った。
『献上品』という表現に少し笑って
その後に続いた言葉に、ディアッカはもう一度まじまじと小皿を見詰める。

なるほど 小皿の上に鎮座する桃は既に綺麗に皮も剥かれて、一口サイズに分けられている。
ふーん、と相槌を打ってから、ディアッカは今度はイザークの指を見る。
視線に気づいてイザークが怪訝な顔をする。

「…なんだ」
「いや、ちゃんと指は」
「10本とも揃っている!!!」
「ああ、それなら良かった」
「…貴様、俺を何だと…!」

唸るイザークを冗談冗談と宥め、ガラスの小皿を受け取る。
イザークもフン、と鼻を鳴らしてからディアッカの隣に腰を下ろす。
そして白く 所々をその名の色に染めた桃を食べようとして、ディアッカは気付く。

「イザーク、フォークとかは?」
「・・・・・・・・・男なら手掴みで食え。」
「・・・ラジャー」

どうやら本人にも盲点だったらしい。
怒ったような声が返ってきた。
一気に急降下した機嫌パロメータを盛り上げようと、ディアッカはすぐさま返事をする。
しかし、わかってもわざわざ取りに行かない所が実に彼らしい。

暫く見詰めてから、意を決して汁の滴る果実を指でつまむ。
果汁はツ、と冷たいような温かいような妙な感触を残して腕を伝った。
それ以上こぼれる前に、と慌てて口にほうりこむ。
瞬間、じんわりと広がる味。

「・・・甘い」
「だな」

イザークもこれほどだとは思ってなかったらしい。感嘆したような声を上げた。
青臭いような甘い風味が、口内で香る。
果実独特の甘味に、舌が喜ぶような感じがした。
桃は当たりハズレが多いが、この桃はまさしく当たりだったようだ。
しかも良く冷えているところが更に桃の甘みを引き出してると思う。

そのまま二人は無言で果実を食べた。
口に入れた瞬間は水っぽく、あっさりしていると思うのに 指についた汁を舐めとれば確かに甘い。
不思議なものだ、とイザークはフと隣のディアッカを見た。
そのまま視線は釘付けになる。


滴る果汁を落とすまい、とおっかなびっくり桃を啜るディアッカ。
控えめに口を開ける瞬間に見える、チロリと紅い舌。
そのまま軟らかい果実をほうり、甘みを堪能するように小さく口を動かす。
幸せそうに伏せられる金の睫毛。
コクリ、と喉が動いた瞬間、口周りにでもついていたのか
果汁が音もなく 自分とは色素の違う鎖骨へ伝った。
口の中のものがなくなると、ディアッカは愛しげに桃をつまんでいた指を舐める。
ゆっくり、ゆっくり。
そこでもまた紅が見え隠れして。
果汁は更に鎖骨から彼のTシャツの中に流れていった。


「…ディアッカ」

掠れた声を搾り出す。
呼ばれて振り向くディアッカ。
不思議そうな顔をした彼に、イザークは問う。
視線は彼の喉元を見詰めたまま。

「…その桃は、甘いか?」

馬鹿なことを。
口が強張った笑みを形作る。
ディアッカはキョトンとしたような表情を浮かべたが、すぐに合点が行ったという風に視線を自分の皿に戻す。
そして長い指で自分の桃をすくおうとするのをイザークは制止する。

「俺のも、食べてみるか?」

目を見開くと、ディアッカは肩をすくめて笑った。
「何?どうしたの?いつもなら寄越せって言う方なのに・・・っと」

可笑しそうに笑う彼の目の前に、無言で自分の桃を掴み 差し出す。
ディアッカはやや嬉しそうに手を広げた。
だがイザークはズイと、指を彼の口元に持っていく。
一瞬戸惑ったが、ディアッカは身を乗り出して小さく口を開ける。
紅が見えた。
桃を見定めん、と水晶の目が伏せがちになる。
そしておずおずと果実を口に含む。
イザークの指も 一緒に。

チュ、と濡れた音がして ディアッカはすぐに口を離した。
「・・・サンキュ」
口を拭いながらぎこちなく礼を言う彼に、イザークはなんでもないという風に微笑んだ。
それからディアッカの舌が触れた部分を舐める。
見せ付けるように。
彼はイザークから目を逸らした。

「甘かったか?」
味なんて感じなかっただろうことを解ってて尋ねる。
ディアッカは視線を逸らしたまま頷いた。
イザークはますます笑んだ。そして言う。

「俺も、お前のが食べたい」

少し動揺して、ディアッカは身じろぎしたが
「俺のも食べたんだからお相子だろう」と言うと、頷いて器を手に取ろうとした。

「いや」

もう一度制止。
動きを止めた彼の手を掴む。

「俺はこっちでいい」

そのまま、イザークは彼の指を口に含んだ。

ビクリ、とディアッカの身体が強張ったのが解った。
ほくそ笑んで、指に舌を這わせる。
一本一本、ねぶるように。
わざとチュクリと音を立てて吸う。
爪の先から、甘い桃の味がした。

「・・・っ・・・」

妙な沈黙の中、ディアッカが苦しげに呻く。
盗み見ると、彼は空いている方の手で、口元を押さえ 硬く瞳を閉じている。
目を細めてイザークはディアッカの指から口を離した。
最後に一際大きな水音を立てて。

「・・・イザー・・・?」
やや上気した頬で、信じられないといった目で自分を見るディアッカ。
しかし今のイザークには、それさえも心地よかった。
腰骨の辺りを、ぞわぞわ 何かが這い上がる気配がした。

身をかがめ 甘いにおいのする彼の鎖骨に顔を埋める。
そこについた果汁をべろり、と舐めとると その感触に、またディアッカが声を上げた。
「・・・っいざ・・・」
「お前は 甘いな」

舌なめずりをしながらイザークは微笑み、彼を見下ろす。
いつも見慣れたはずの美貌を ディアッカは今は薄ら寒い気持ちで見ていた。
褐色の首筋をすべるように白い手が這う。

手は顎で動きを止め、花が綻びるように拡がった。
指の一本がディアッカの唇を撫ぜる。


(もう戻れない)


イザークの中で何かが点滅している。
黄信号だとでも言うのか。
馬鹿らしい。
そんなもの、とうに振り切っている。


(戻れなくて いい)


形のいい唇を歪めて、イザークは自嘲した。
ずっと我慢してたんだ。
よもやこんなことでタカが外れるなんて思わなかったけれど。

自分を『親友』と思っていてくれた彼とは
今日でさよなら。


呆けたような表情で自分を見つめるディアッカに、息がかかるほどの近さに顔を寄せて囁く。

何より 愛しさを込めて。


「…お前は、甘いな。ディアッカ」


どんな意味でそう言ったのか。
イザークはもう一度笑んで、自分の唇と彼のそれを重ね合わせた。




ほのぼのと 陽気ただよう
ある昼下がりのこと。










…END?










■これじゃ「白昼の」じゃなくて「白桃の」だっつーの(笑)
あまりにも美味しい桃を食べたので思わず。
(それでこんなモン書かれてんじゃ食われた桃も浮かばれません)

多分はじめての官能小説ですよ。
たまにはエロちっくに・・・とか思って書いたのに、
官能部分より桃の美味さについて力入れてたのはバレバレですな!
そしてイザークさん、舌フェチ疑惑…(死)
あ、これが鬼畜って奴かしら?
でももうきっとこれ以上は書け…ません、はず←日本語じゃない