蝉を見たことがある。
もう既に、絶滅危惧種に指定されている油蝉を。
プラントの夏の終わり
『雨』あがりの夕暮れ
大して季節感の感じられない創られた空間の中
それでも律儀に人間以外のイキモノ達は時を刻んでいて
そして、その中で僕は見た。
節張った四肢を宙に投げ出し
光を宿さぬ黒い瞳は虚空を見つめたまま
茶色の羽は既にカサカサに崩れて
その身を蝿にたかられながら
“ころん”という表現が、まさしくふさわしいまま
蝉は 死んでいた。
蝉は7年の時を土の中で過ごし
たった一週間の自由を手に入れると聞いたことがあった。
暗い闇の中耐えて耐えて、そして死の瞬間まで懸命に啼く。
そんな生き方は 一体どんな気分なのだろう。
目は食い入るようにソレを見詰めたまま疑問を口に出せば
僕の幼馴染は 苦笑して言った。
蝉をはじめ、多くの動物たちが生きる目的は
子孫を残すためなのだと
それはとても彼らにとっては自然なことで
僕らがお腹が減ったらご飯を食べるのと同じことで
だから彼らに生き方を、逝き方を
疑念に思う余地などないのだと。
それを聞いたとき、僕はなんだか悲しくなった。
お腹の辺りがキュっとなる思いがした。
鼻の奥がツンとしたが、また彼に子ども扱いされるのが癪だったから
唇を噛んで堪えた。
だって、自分の好きなように生きられないのは
哀しいことじゃないだろうか。
子孫を残すことは『義務』で、親の勝手で生まれてきてしまった子達は
7年間も暗闇に閉ざされることを余儀なくされる、なんて
なんだかとっても哀しいことじゃないかと思ったんだ。
不意に彼は、僕の髪に触れた。
藍色の髪が、橙の光の中では真っ黒に見えた。
彼は優しげに碧の目を細めた。
でもね、キラ。
彼は言った。
でも、人間だけは違うんだよ
人間は自分の生きることに、死ぬことについて
きちんと考えられるから
自分が何をやりたいか、やりたくないことは何か
ちゃんと解っていられるから
哀しいこともあれば楽しいこともあって
そしてなにより
愛することが出来るんだよ、と。
人は人を愛するからその間に子供を欲しがって
そしてその愛情を、子供に注ぐことが出来る
子孫を残すっていう本能じゃなくて
心からの感情によって 子供を欲しいと思う
僕も、もちろん君も
望まれ 愛されるからこそ
生まれてきたんだよ
そして
それはとてもとても
尊いことなんじゃないだろうか、と。
彼は微笑んで言った。
僕は彼の笑顔を見たまま、胸の奥がジンとなった。
そして、鼻をすすって頷いた。
それから二人で手を繋いで家に帰った。
あの蝉も本当は愛されてたならいいのにね
この壮大な夕焼けを見て
蝉も生きてることを幸せに思えてたらいいのにね
コーディネーターもナチュラルも
皆おんなじに愛されてるんだね、と
優しい言葉を交わしながら。
それなのに。
「…っ…」
僕は呻いて、壁に寄りかかった。
薄暗い部屋の中
非常灯のグリーンだけが存在を誇示している。
長い廊下
まるで 終わりなんてないような錯覚に囚われる。
咥内はカラカラに乾いて
喉に皮膚が張り付く不快感を感じる。
先ほどの戦闘が終わってからすぐにGを出て
パイロットスーツも脱がぬまま、艦内の自室を目指し走った。
途中で足がもつれて、不恰好に地に伏した。
何度唾を呑んでも渇きは収まらず、寒気がとまらない。
『…君は最強のコーディネーターだ』
脳裏に甦った声を意識した途端
喉の皮が引きつった。
堪らず、胃の中のものをぶちまける。
吐瀉物独特の悪臭と、口周りを伝う唾の不快さに
暫く僕は吐き続けた。
喉が胃液でヒリヒリする。
吐息も荒い。
生理的な涙が出た。
鳥肌はまだ収まらない。
うがいがしたい。
震えの止まらぬ右手で口元を拭ってから
握り締めて床に叩きつける。
そこからひび割れて
粉々に砕けてしまえばいいのに。
「…っふ…うぅ…っ!」
鼻から声が漏れた。
昔のように必至に唇を噛んだが
押さえられるはずもなく。
「…アス…ラン」
幼馴染の、やっと出会えた最愛の人の名を呼ぶ。
僕は僕は
確かにコーディネーターで
そして確かに『望まれて』生まれてきたよ
君と同じように
優秀な遺伝子でありますようにと
生まれてきたよ
でもね、アスラン
僕は望まれて生まれてきたけれど
優秀であれ、と創ってもらったけれど
そこに
君の言った『愛』は あったんだろうか?
肩を抱きしめてうずくまる。
嗚咽が暗い廊下に響いた。
僕の瞼に映るのはあの時の蝉。
愛され生まれるのが人間ならば
僕は 一体。
END
■アスキラです。
45話より。
『愛』も『哀』も『藍』も『逢い』も『 I 』も入れられてご満悦です。
ちゅーかごめんなさい…仮面さんの台詞めちゃくちゃ適当ですよ!(死)
人間のエゴの塊として生まれたキラリン。
それを知ってしまったキラリン。
(でも面影は十二分に母上のを負っていらっしゃいますが)
これからその意識を抱えて、彼はどうやって物語を終局へ導くのでしょうか。
余談ですが蝉は昨今では本当に生き残るの大変なんですってねー
なんでも7年とか土に埋まってると昔は山だった所が
コンクリで固められちゃったりして生き埋め状態なんですって…!
そう考えると今外でミンミン啼いてるあやつらも、肩を叩いて「頑張ったな!」って言ってやりたくなります(アンタだけだ)
そしてこの話も
学校の行きだけで3匹も蝉がご臨終してらっしゃるのを見て思いつきました…!
↑どーしてもそういうやり方でインスピレーションを求めるんだな…
…しかし気になるのは、キラリンならまだしも
百戦錬磨のフラガさんを驚愕させた仮面の素顔ってどんなんなんだろう…(笑)