「見なさい、ディアッカ」


薄青色の部屋だった。

ヴンと、低く腹に響くようなモーター音が木霊するその部屋は
四隅も明確でない程に広く、そして暗い。

だが 床からテラテラと
まるで海のような白を含んだ青でライトアップされていて
ディアッカと呼ばれた少年の
褐色の肌にも、金色の髪にも、紫暗の瞳にも
濃く、涼やかな陰影を作っていた。


その中で、少年は凝っと固まっている。
視線すら動かない。

否、それは逆である。

目をあるものに奪われたまま 身体を硬直させているのだ。


中年の男性が彼に静かに近づく。
そして、やんわりと少年の細い肩を掴んだ。
柔らかな表情で。
少年はそれでも 身動き一つしなかった。


「…見なさい、ディアッカ」


男性は繰り返す。
年相応の低い声は、暗い部屋に小さく反響した。
言いながら長く節張った指で、少年が先程から見詰めているものを指す。

青く光る部屋の中心

一つの水槽。


ごぼごぼ常に気泡を吐き出す蒼い水。
その中の試験管。更にその中の奇妙な『丸』。


「…これが、『お前だったもの』だよ」


男性は少年の耳に口を寄せ、囁いた。
ビクリ、と初めて少年の体が動きを見せる。
男性は一度少年から顔を離し、首を巡らせた。


「見てみなさい。ほら、こんなにも『お前だったもの』はある」

少年は俯いてそれを聞く。


「…見てみなさい ディアッカ」


優しげだが、有無を言わさない口調。
少年は唇を噛み締めたままそれに従い、目線を彷徨わせた。


広く暗い部屋に、青が転々と光っている。

そしてその青の中心点には必ず
細く繊細そうな試験管、そして『丸』。


「…お前の代わりは、いくらでもいるのだよ」


男性はもう一度囁く。
その声はとても優しかった。
しかしそれが意味する内容は
限りなく冷徹なものだった。


「…覚えておきなさい ディアッカ」


男性は歌うように語り掛ける。


「…お前は、いくらでも『創れる』のだよ」


肩に置かれた手はじっとりと、そこだけが熱いほどに温かだったが
少年は寒くてたまらない、といった風に歯をカチ鳴らした。

くつくつと男性は喉で笑う。


「だからディアッカ…『次』にされたくなかったら、きちんと私の言うことを聞くのだよ?」


そこは帝国だった。
誰でもない、その男性の。


ここでは、彼に逆らうことは そのまま死を意味するのだと。


少年は見開いた目尻に涙を溜め、硬い動きで頷く。
ゴボゴボと泡の弾ける音と、モーター音と、そして笑い声。

その真っ暗な帝国の 王の声。


低く、暗く、うねり


響いた。







***







何の前触れもなく、目は覚めた。

必要以上に波打っている目の前に広がるシーツの海。
何もつけていない肌に、サラサラとその感触が気持ちがいい。
朝が近いのか、窓の外の闇がほんのり薄いのがわかる。
夜明けまできちんと『故郷』どおりにするなんて
なかなかココ造った奴らは芸が細かいなぁ といつも思う。

ぼんやりそんなことを考えながら、俺は身動きせずに見詰めていた。

俺に背を向ける、白いイキモノを。

毎度の寝相の悪さのせいで丸見えの首から腰骨のラインが、呼吸にあわせ小さく動く。
完璧な造形に、俺は軽く息を吐いて手を伸ばした。
途端、いつまで経っても慣れない甘い下肢の痺れが全身を走ったが、構わず身を乗り出す。

絹を綴ったような細い銀の髪。

少し長めのそれの端を弄くると
しゃらしゃら、静寂の中で音が生まれた。
薄い光の中で揺らめくそれはとても綺麗だった。

しばらくの間
俺はただ無心に それを触っていた。



「…いい加減にしろ」

不意に言葉が降ってきて、俺は手の動きを止める。
目の前の白が身じろぎをし
淡い…それでも白い身体には十分に彩を添える瞳がこちらを睨む。
彼が完全に反転しきる前に、俺は慌てて手を引っ込めた。

「…あ、あー…おはよ イザーク…起きてたの?」
「…貴様がそれを言うか?」

起こした本人が、と 寝起きで掠れた声でぼやかれる。
俺は小さく謝った。


そのまま、俺もイザークも黙り込んだ。
情事の残り香のする部屋で二人仰向けになり
何も言葉を交わさず、ただ天井を見る。

その沈黙は重苦しいものではなかった。
むしろ、何も言わなくてもいいという居心地のよさすらある。
俺は深く、息を吸った。



「…変な夢でも見たか」

不意にイザークが口を開く。
俺は驚いて彼を凝視した。

「…起きてたの?」
「いや、そんな気がしただけだ」

ぶっきら棒な彼の言葉に一瞬キョトンとした後、俺は静かに笑む。
ありがとう、と呟いて。

(大丈夫、今なら訊ける気がする)

いつも怖くて、尋ねられなかったことが。


「…イザーク」


俺は、ポツリと声を漏らした。

イザークが首を動かしたのか、シーツの擦れる音がする。
完全に音が無くなるのを待った。

天井を見詰めたまま俺は問いかける。


「…イザークは、俺が死んだら どうする?」
「あ?」


不機嫌そうな上がり口調の声が返ってきた。
何もそんなすごんだ声じゃなくってもいいじゃないか。
クスリと笑い、俺はもう一度規則正しくパネルの並ぶ 天井を見る。

「…もし 例えばの話だけどさ、イザーク。俺が『俺』だけじゃなくて、他にもいっぱいいて…
いくらでも補充が利く存在でさ。今の『俺』が死んでも…『次』が用意されてるとしたらさ…」

一旦言葉を切って深呼吸をする。


「…イザークは…『ソイツ』でも いい?」


こんな風に一緒にいたり
こんな風に触れ合ったり
こんな風に話したり

そんなことをする『俺』は。


『お前の代わりは、いくらでもいるのだよ』


ネットリと耳朶の奥底に這いずる言葉。
フラッシュバックする蒼い海色。
『丸』。
暗い王国。

王の、絶対の言。


「…よせ」
「っ!?」

いきなり手を掴まれてハッとする。
イザークが起き上がってこっちを睨んでいた。
無意識のうちに露になった肌へ自分で爪を立てていたようだ。
じんわり 鎖骨の辺りに血が滲む。

「何してるんだ!この馬鹿が!」

彼の怒鳴り声に、俺は今日二度目の謝罪を漏らす。
乱暴にイザークは枕に頭を落とす。
その衝撃で、スプリングがたわんで軋んだ。


「…本当に、馬鹿だ お前は」


彼の呟きに、俺は顔をあげた。
イザークはあちらを向いている。
白いシーツに包まって。

「『次』のお前が用意されてる?そんなもの、何が良いと言うんだ」

怒気を孕んだ声に震わされ、白い肩から真っ直ぐな髪が 流れるように落ちる。


「『次』のお前などお前じゃない
…俺のお前は、『お前』一人で充分だ」


くそ、何言ってるかわからん!
そう 彼は毒付き、毛布を引き上げて埋まってしまった。

俺は見詰める。
白いシーツの塊を。


白くて、心の底から純粋な

優しい彼を。



「…夜が、明けるな」



その場を繋ぐように、イザークが呟いた。
ふと窓を見れば、確かに淡い光がカーテンの間から差し込み始めている。

その光はまるで
固く閉ざされた扉から漏れてくるようで



「…ん、そう だね」


俺は枕に顔を押し当てて、くぐもった返事を返した。
今の表情を彼に見られないように。

果たして、それはうまく 俺の咽た声を誤魔化してくれたのだろうか。


急にシーツの団子の中から、イザークが俺の手を引っ掴んだ。
黙ったまま乱暴に ぎゅう、と 痛いほど握り締められる。
子供みたいなその仕草に俺は笑った。

そしてシーツの上を二人でじりじり進んで距離を縮め、背中合わせになる。

手は、握ったまま。




この身は未だ囚われたまま
未だその切っ先は、喉に押し当てられたまま


だけれども


俺にとっての王は
既にあの人ではなく




「…おやすみ、イザーク」

言葉を投げかけると
不明瞭な返事が返ってきた。

俺は目を閉じる。




暗い帝国
心を占めつける支配者

それは未だ 拭うことは出来ないけれど


だけれど

この光のように
この手のように


いつかは差し伸べられるものが あるのかもしれない


























■そんなわけで
ディアッカ、綾波計画でした。



…いや、えっと 違くて…

イザッカでタッディアな話でした。多分。
実は事後物語は初めてです。
最近エロスキルを上げようと頑張っているので
そのささやかな努力が表れ…ていない哀しい産物です。しょんぼり

タッドパパンはご実家が医学系とのことなので、多分結構怪しげーな実験とかしていたんじゃないかと思います。
息子・もしくは妻への歪んだ愛情の末に受精卵とかいっぱい用意なんかしちゃって。

ディアッカ増殖計画とかディアッカ女体化計画とかディアッカ猫耳計画とか。
…私に手伝わせてください!(本気と書いてマジとルビ振る)(帰れ)


しかしこの題材、自分で作っておいて 思った以上に書き難かった…
帝王=パパンはすぐさま浮かびましたのにね!


久しぶりに書いたから、とかそんな言い訳をして脱兎です。てや!