「おいディアッカ」


和やかな食堂。
砕けたしぐさで会話をする軍服の男たち。
彼らの仲間入りになってまだ久しいそんな中で
ざわめきに紛れ、イザークが顔を近づけ尋ねてきた。

「ニコルと付き合い始めたって本当か?」

思いっきり人目を阻むべき内容。
しかし、堂々とした彼の態度に
本人はきっと声を潜めてるつもりなんだろうなぁ、と思って苦笑する。

「…誰に聞いたの?それ」
「ラスティだ」

あの馬鹿…。
俺はこめかみを押さえて唸る。
しかし、イザークは「で、どうなんだ」とさらに問う。
俺はフォークをパスタに絡めたまま首肯。


途端にイザークが表情を引きつらせて椅子を引く。

「…イザー…?」
「変態め」

俺の言葉をさえぎり、イザークが言い放つ。
…失礼なやつだこと。
でもあまりに予想できた行動で、いっそ泣けてくる。
だから言いたくなかったんだ、と胸中で呟く俺をよそに、イザークは一気に言い放つ。

「男同士で本来恋人がするような、男女の“付き合い”をするだと?
貴様だけはそうではないと信じていたのに。不潔だ、気色悪い、傍によるな。変態がうつる!
お前らのような奴等がコーディネーターの出生率の低下に拍車をかけるんだ
貴様は今日から俺の友人を名乗ることは許さん!
同性愛者なんて全員撲滅だ。むしろディアッカ、今ここで死んで詫びろ!」

「…酷いなぁ、イザーク…」

それが長年の親友に向かって言う言葉か。
しかも本気で俺との距離と保ち、毛を逆立てている。

まあ仕方がない。
イザークは極度の潔癖症で、大のホモ嫌いである。
なんでも昔、変態野郎につけまわされたことがトラウマになってるとかなってないとか。
女の少ない軍の中じゃ、イザークくらい可愛らしい顔なら結構『親睦』を求められるらしいし。
アカデミー時代のショタコン教師に「単位やるからイイコトしよう」と言われて、相手を病院送りにしたことは既に伝説だ。
それを前にからかって蒸し返したら、腹に2ヶ月は消えない痣を作られたし。


(でも、俺に言わないで欲しいんだけどねぇ…)

まだ大声でまくし立てるイザークの罵声をBGMに、俺はあの日のことを思い出す。


まだ隊が編成されて間もない時、いきなりあいつに…ニコルに告白された。
俺だってあいつのことは毎朝目に留めてたから知ってはいたけれど
まさか恋愛感情を持たれてるなんて思いもよらなかった。
まぁ俺だって今まで何人か男にソンナ目で見られたことはあったけどさ。(イザークには内緒だけど)
でも、あいつのはなんかそいつらとは違くって。


『貴方が好きなんです』

たまたま一緒になって歩いたイチョウ並木で
木漏れ日の真ん中に立ってそう言われて。
でもその目は俺を見てなくて、ずっとコンクリートを見つめたままで。

『僕のことも…好きになってくれませんか?』

横柄ともとれる台詞。
でも少し長めの巻き毛の間から見えたあいつの耳は
いっそ気の毒になるほど真っ赤で。

何でか知らないけど俺は

『いいよ』

と 答えていた。





「…ディアッカ!!貴様聞いてるのか!!?」
「え!?あ、ああはいはい。勿論聞いてますとも」
「う〜そ〜を〜つ〜け〜っ!」
「や、本当だって」

両の手を挙げて降参ポーズ。
でもイザークはしつこく「どうせニコルのことでも考えていたんだろう!?」と詰め寄る。
変な時だけ鋭いからやだなぁ…
隣の席の兵が怖さ半分、好奇心半分でこっちを盗み見ている。…頼むから助けてよ、オッサン。

その時


「…ディアッカ!」


まだ声変わりもしていない、軽快な声が食堂に響いた。
俺もイザークも声の方向に振り向く。
予想に違わず、パタパタ小さく足音を立てて走ってくるのは

「ニコル」

満面に笑顔を張り付かせた、可愛らしい少年。

「…出たな、諸悪の根源め」
手を振るニコルに向かって、イザークが地を這うような声で呟く。
彼はキョトンとして
「何ですかそれ、イザーク」
と怪訝な顔をする。
しかしそんなニコルに銀髪の貴公子は憎憎しげに言う。

「うるさい!貴様がディアッカをたぶらかしたんだろう!?この変態が!」
「ん、な…っ!!?」

顔を朱に染めて固まるニコル。
俺は思わずオレンジジュースを吹き出しかける。
つーか悪い、イザークさん。それ痴話喧嘩にしか聞こえない。
イザークはフン!と鼻を鳴らすと、日替わり定食(1200円)の乗ったトレイを引っつかみ
呆れ顔の俺と硬直するニコルを睨んで高らかに宣言した。

「…変態は変態と仲良くしていればいい!貴様らなんかもう知るか!!
ただし戦場でもいちゃつくようなら、その時は俺が直々に引導下してやるから覚えておけ!!!」

素晴らしい決め台詞で足音荒く去っていくイザーク。
…お前最高。いっそ軍隊よりも子供向け番組の悪役になったら?
ペチペチと無気力気味で拍手をする俺の方に、ニコルが首をかしげながら訊いてくる。

「イザークって、いつもああなんですか?」
「…そんなこと……言い切れないこともない…」

それから二人で、顔を見合わせて笑った。




「お前はさ、どうして俺が好きなの?」
次の演習に向かう途中 いつかのイチョウ並木を通りかかった時、俺は唐突に尋ねた。
ニコルは今日何回目かの赤面になる。
「え?いや、その、えっと、は、初めて見たときからかっこいいなって…」
どもりながら目線を彷徨わせるニコル。
(うーん、可愛いなぁ)
彼の反応を微笑ましく見ながら、そんな感想を持つ。
実際ニコルは整った顔をしてるし、物腰も柔らかでそこら辺のオンナノコよりもよっぽど『淑女』って感じだ。
でも。

「でも、ニコル」

ニコルがこっちを向く。まだ少し頬が赤い。
純粋な眼差しに、俺は苦笑する。
そして、目をそらす。
新緑が綺麗だ。


「俺はきっとこれから先も、お前よりも好きな奴が出来るよ」


分かってる。

どんなに可愛くったって、淑やかだって
結局は彼は男であって、俺は絶対に友人以上の感情を持つことが出来ないだろう。
彼の感情だって、所詮は年上の男への憧れの領域を出ないんだと思う。
そんなこと、今の彼は認めないだろうけど。


「俺はきっと、お前のこと一番に思えないよ」


それを分かってて残酷な言葉を紡ぐ。
きっと彼は今泣きそうな顔のはずだ。
もしくは「何でそんなこというのか」と怒るに違いない。

だって
ここら辺が潮時でしょう?
いつまでも俺に縛られてちゃいけないよ。
お互いこれからは
いつ死ぬかだってわかんないんだしね。
ここで失望させて、比較的穏やかに決別できたら 一番いいでしょう?


視線をゆっくり並木からニコルに戻す。

そして俺は絶句した。

彼は泣いても、怒ってもなくて


「…それでも、いいんです」


そう言って、少しはにかみながら微笑んでいた。
頬を染め、目は今はまっすぐ俺を見ていて


「貴方のそばにいられれば、いいんです。ディアッカ」

心底、幸せそうな顔で、もう一度呟く。


それは眩しくて
そんなに人を好きなったことがない俺にはとても眩しくて


「…知らないよ?」


俺は、自分でも笑いたくなるほど弱々しい言葉を搾り出していた。


死んだらきっと、辛いのはお前。
多分きっと、俺は泣かないよ?
俺は一生、お前を好きにならないよ?


俺の言葉に
ニコルはもう一度笑って頷いた。









「…さて、これか?」

イザークをなだめつかせて、既にアスランも去ったロッカールームへ戻ってくる。
感情のままに部屋を出て行ったイザークが置いていった制服を取りにきたのだ。
イザークは散々泣きわめいた後、子供みたいにストンと眠ってしまった。
(…ホント…俺ってなんであいつのお守ばっかなのかね?)
イザークのロッカーに手を突っ込んで、エリートの証を引っ張り出す。

そしてそこでフと目にした

ニコルの凹んだロッカー。


「あーあ、イザークってば馬鹿。こんなにしちゃってまぁ…」


仮にも故人の持ち物にそれはないんじゃない?
そう口に出した瞬間、俺は唐突に知った。


そうだ

ニコルは死んだんだ。


ひゅっと音を立てて世界が揺れた気がした。
目の前がフィルターをかけたようにだんだん暗くなる。
さっきまでなかった現実感。
驚きばかりが先行して、戸惑いで誤魔化されてた回路。
なんだか、この瞬間ひょっこり帰ってきそう なんて思っていたそんな気持ちが吹き飛んだ。
現実を ゆっくり噛み締め始める。


持ち主のもういないロッカー
床に数枚散らばった楽譜

そしてロッカーの中の
もう決して着られることのない、制服。


その鮮烈な赤がさっきの
ついさっき目にしたばかりの爆炎と重なる。

そして残像を追うように

彼のあの日の笑顔。



「…悲しまないと、思ってたのになぁ…」


絶対に、好きになんかならないと
のめり込んだりなんか、しないはずだと
…タカをくくって。


「やっぱり、あの時別れてれば良かった…な」


こんな結末が待ってるなんて知ってたら
こんな気持ちになるくらいなら
泣かせてでも嫌われたのに。

ズルズル床にへたり込む。
不意に視界が滲んで、俺は唇を噛んだ。
津波のようにいっぺんに押し寄せてくる感情に、身体を丸めて耐えようとする。


「…ニコル…っ」


口をついて出た名前。


ごめん
俺はきっと

お前のこと、好きだったよ。


亡くしてから気付くなんて、と
チンケな台詞が思い浮かんで笑いたくなったが
笑い声の代わりに出てきたのはただの嗚咽で。

『生き返り』なんて無いと 死んでしまったら終わりだと、誰より知ってたはずなのに
今どうしようもないほどに

彼の生還を待ち望んでいる自分がいる。


「…ニコ…る…!」



瞼の裏には

馬鹿みたいに綺麗な
あの日のイチョウ並木。









■あいたたた…!
乙女小説第二段です。い、一応気持ちはニコディアでした(嘘付け!)
11の『時計』の続きでまだ出動前っぽいです。

イザークさんはノーマルだとホモ撲滅とかやってそうです。
そこら辺のホモップルを尻尾逆立てながら『不純同性交友禁止ぃぃー!』とか追い立てそうです。
わぁ素敵!(え?)

恋ってのは報われないことが多いですわな。
愛し愛されが重なることだって少なければ
たとえ付き合ってたりとかしても気持ちのすれ違いは否めないわけで。
特に「告白されたから付き合ってみた」とか言う場合はその時点で二人の間の優劣感もイニシアチブも違うし。
「僕のほうがどれだけ好き」なんてのは愚かしい意見とは思いますけど
感情愛情は時間とともに風化もすれば昇華もします。
特になくしたものへの後悔の念、というものは凄まじい。

それでもなんでか人は今日も懲りずに人を好きになるわけです。

…や、なんだかシリアス書いたから少しは真面目なあとがきにしてみよっかなーっと(笑)
…ニコル好きだったなぁ…