どんな心境の変化か
共に戦うようになって もう暫くになるけれど
いまだに聞けずにいる
彼の
闘うわけ。
→→大人の事情 子供の理由
「お疲れ様でした、少佐」
「おう、ゆっくり休めよ〜」
律儀に頭を下げて挨拶をするキラに軽く手を振る。
いつものザフト・地球両軍交えてのバラエティー豊かな敵さん相手の戦闘終了後。
まだバタバタと整備班は艦内を走り回り、うっかり立ち止まってようなもんなら古株の担当者に「邪魔ですよ!」と怒鳴られる。
…あいつら、本当人間より機体のほうが大事なんだからなぁ。
そんな訳でいつもはソソクサとそこを退場するのだが、今日は思わず立ち止まってしまった。
スルスルとロープを伝って降りてくる、一人の少年。
未だにザフトの―――否、コーディネーターの誇りを持ってか、真っ赤なパイロットスーツに身を包んだ
『ディアッカ=エルスマン』。
彼はいつものようにストン、と ほとんど体重を感じさせない様子で床に降り
そして、そのままその身体が傾ぐのを見て
俺は駆けだしていた。
「…うん、捻挫かな。腫れて熱を持ってるだけです」
AA就きの軍医は、診断結果をそう述べた。
「大方さっきの戦闘中にでも打ち付けたのかね。
でもこーやって『コーディネーター』が倒れるくらいだから、『俺ら』にとっちゃ重症なんでしょうが。
一応痛み止めとブドウ糖を打っておきましたが…まあ、『こいつら』ならすぐ治るんじゃないんですか?」
まるで今夜の夕食の批評みたいに何でもなく言う。
表情も心配した様子なぞ微塵も無い。
キラの時もそうだったけど、実際こいつにとっちゃ『コーディネーター』なんてはなからどうでも良いんだろう。
(…こいつもAAを守っているっていうこと、ちゃーんと解ってんのかねぇ)
苦々しく思う。
顔には絶対出さないが。
「アリガトさん。じゃ、こいつまだ医務室に寝かせておいていいか?」
その言葉に、ちょっと医師がためらった様子を見せたので「俺が見張っておくし」と付け加える。
…先日の医務室での捕虜との事件で、この医師も大分しぼられたのだろう。
そう言うと、あからさまに安堵したような顔で「よろしくお願いします」と言われた。
俺はニコリと、愛想笑いを浮かべた。
俺が見張っている、という言葉が効いたのか、暫くすると医師は昼食を摂りに部屋を後にした。
心底腹が減っているのか、それともただ単にコーディネーターを毛嫌いしているのか。
(どちらにせよ、そんなこったろうから問題が色々起こるんだよ、医務室は…)
そんなことを思って嘆息する。
ベッドを見やれば、悩みの種・騒動の元である『ディアッカ=エルスマン』はスヤスヤと寝息を立てたまま。
そして俺は、この少年を初めて間近で見たことに気づく。
コーディネーターは皆そうなのか、この少年もなかなか綺麗な顔立ちをしている。
しっとりと汗ばんだ、日焼けなどでは表せない褐色の肌。
白い枕に零れたクセの強い金の髪。
強い印象を与える紫水晶も今は閉じられ、雰囲気も格段に柔らかく感じる。
いつもの皮肉気な表情をとっていないせいか、今の彼は随分年相応に見える。
たった17歳の、少年に。
(…難儀だよねぇ)
自分がこの歳の頃には、こんな風に殺し合いをすることなんて考えもしなかった。
まぁ確かにナチュラルとコーディネーターとじゃ勝手が違うかも知れないだろうけれど。
それが戦争なんですって言っちまえばそれまでだけどさ。
それでも、自分の時には『戦争』なんてのはテレビの中の話で
ましてや自分が参加してるなんて夢物語で
(可哀想だよ、本当に)
大人の都合で『平和』を奪われて。
挙句に手駒にもされちゃってさ。
もしかしたらもっと楽しく遊べていたかもしれない青春時代を
血塗られた思い出しか残さないなんてさ。
「…難儀、だよねぇ…」
今度は口を突いて出た言葉。
俺は知っている。
戦いの最中、どんなに混戦になろうとも
どんなに窮地に追い込まれようとも
彼が決して
『ザフト軍』には銃口を向けないことを。
この戦争は、種族戦争だっただけにお互いに自分たちの『仲間』を酷く大切にする。
コーディネーターは元々選民意識が強い上に、同胞を何より尊重する。
そして、本来そうであるはずの戦友らと敵対しなければならない彼の心境は
一体どれほどのものなのだろう。
「…でも、甘いよ。少年」
これから戦いは熾烈を極めるだろう。
『仲間』を殺したくない、なんていう詭弁はもうじき通じなくなる。
AAを攻撃してくるのは地球軍…ナチュラルだけではない。
もし、俺やキラの攻撃から逃れたザフトのMSが
AAを、彼が必死に護ろうとしてるものに襲い掛かったなら
その時 彼は。
頭をガシガシと掻く。
天井を見上げてため息と共に言葉を吐き出す。
「…せめて、もうちょっと子供か、大人だったら良かったのにねぇ…」
子供ゆえの盲目さか
大人特有の小賢しさか
どちらかに染まってしまえていれば楽だったろうに。
キラやあの紺の髪の少年にも言えることだけれど
宙ぶらりんな場所で置いてけぼりで
護りたいモノのために無鉄砲で突っ込むにはもう抵抗があり、けれども割り切るにはまだ幼すぎて
なんとまぁ
不器用な生き方しか出来ないものか。
「でも」
苦笑する。
「そこが可愛いんだけどね」
この中間の時期だけのもがき。
愚かしささえ感じる悩み。
その不安定さこそが、何より愛しく思えることもあるから。
まだ浅く寝息を立てる少年をのぞき見る。
やんわりと、汗で張り付いた金髪を額から拭う。
突如として与えられた俺の体温に、彼は小さく声を立て身じろぎをした。
俺はそれに、目を細めて笑む。
そして
「…死ぬなよ、少年」
褐色の肌に、唇を落とす。
まじないごとのように。
少しでも、力になれるように。
軍医がようやく帰ってきた。
俺は立ち上がり、もう一度少年を見る。
楽しいことはたくさんあるよ。
戦いが終わったら、終わらせたなら
それを全て 目にするといい。
だからもう一度
「死ぬなよ」
そういい残して、俺は部屋から出た。
「…なんなの、あいつ」
気配が去ったのを感じて、俺はソロソロと腫れぼったい瞼を開いた。
実はあのパイロットが独り言を始めた時から目は覚めていたけど
なんだかダルイし悩んでるみたいだったから狸寝入りを決め込んでいた。
「…つーか、いきなり何すんだよ…」
ゴシゴシと額を拭う。
気持ち悪い。男にこんなことして何が楽しいのさ。
こすった手をシーツになすり付けようとして、フと手の甲を見つめる。
どうやらその悩みというのは俺とかアスランとか、キラとか言うストライクのパイロットのことみたいだった。
冗談じゃない。
ナチュラルに哀れまれるなんてまっぴらだ。
俺の何が分かってるっていうの?
言葉だってまた数回交わしただけじゃないか。
俺の迷いが、葛藤が…悲しみが
あんた等になんか、絶対に分かるもんか。
(だけど)
頭上に高く、手をかざす。
だけどあのときの
苦笑した気配。
額に触れた手はまるでガラスを扱うかのようで。
そして、泣きたくなるほど
優しい口付け。
「…なんなんだよ、本当に…」
呟いた言葉は弱々しかった。
朦朧とした頭に、あのパイロットの声が甦る。
『死ぬなよ』
力強い言葉。
それだけで、この世に繋ぎ止められることが出来るような。
俺は苦笑する。
そして、いい加減痺れてきた腕をゆるゆると降ろし
「・・・当たり前だろ」
そう呟いて、なにやら忙しく書類整理をする軍医を盗み見ると
手の甲にそっとキスをした。
いきなり立場も心境も変わって
戸惑いもまだ未消化だけれど
護りたいもののために生きていくこと
それが俺の
闘うわけ。
ところで後日
ディアッカ・エルスマンがムウ・ラ・フラガに向かい
開口一番で「変態」と言ったことで
彼の顔が引きつったり、AAにまたもや波紋を呼んだ、というのは
また別の話である。
終
リクエストのフラディアでした、どこがフラディア。