別に俺は仲間を疎んじたことはないつもりだ。
確かに優先順位をキラか仲間か、と問われれば胸を張ってキラ!と答えられるが。
ニコルは俺を慕ってくれるいい子だと思うし、イザークだって性格には難有りだが任務は忠実にこなす。
ディアッカと、ルームメイトのラスティもいつも隊の雰囲気を盛り上げてくれる楽しい奴らだと思う。
基本的に皆仲は良いし悪い奴は…そんなにはいないはずだ。
(…だけど、こういう瞬間は)
溜息をついて、俺は眼前の光景を見やる。
そこには
引きつるほど目に力を入れて相手を睨むニコルと、不敵な笑いを湛えたイザーク。
俺は天井を仰ぐ。
こういう瞬間は
どうして俺は違う隊に配属されなかったのか、と
…心底思う。
→→メモリアル
事の始まりはこうだった。
いつものように、ニコルが俺に「イザークたちの部屋に行かないか」と誘いをかけてきて
いつものことなので、俺は軽く承諾した。
ニコルはいつも好き好んでよく彼らの部屋に行く。
名目はいつも『本を借りに行く』というものだが、実際の目的はイザークのルームメイトにある。
なぜなら彼はいつも『イザークたち』と言いながらも、借りていく本はもっぱらその人物の所有物だけなのだ。
そして借りるためにいつも彼と二三言葉を交わしてから、ニコルはそれはそれは嬉しそうに帰っていく。
それが彼の『いつも』である。
それはいい。
人付き合いが面倒で、すぐに引きこもってしまう俺を(道連れとはいえ)誘ってくれるのも有難い。
実際彼らの部屋には面白い本がたくさんあるからいい刺激になるし。
俺たちが来るたびに、イザークが物すご――っく嫌そうな顔をするのももう慣れた。
むしろ今じゃ面白い。
彼のルームメイトは結構嬉しげに迎えてくれて、時々どこから入手してるんだか分からない菓子も振舞ってくれるくらいだ。
だが、今回はちょっと『いつも』と違った。
ニコルの求める『彼』は家族との連絡のため通信室に行っていて。
それを理由にイザークが追い出そうとしたが、ニコルが意地を張ってか「帰ってくるまで良いでしょう?」と言って。
苦虫を多量に口に放り込まれたみたいな顔をしたイザークを尻目に悠々居座って。
そして退屈を紛らわすために首をめぐらせた俺が
見つけてしまったモノがいけなかったんだ。
「…最重要…機密?」
そう、ラベルに記されたフロッピー。
なんの変哲もない型で、多分映像保存用だと思う。
しかしいかんせん書かれた題名が物凄く気になる。
しかも題の後に、妙に力のこもった字で『見たら呪う!!!』と走り書きまでしてある。
まるで血文字みたいな色だけど…いや、まさか そこまでは思い違い…だろう。うん。
一体何なのか、と俺が手に持って 見詰めたりひっくり返したりしていると
「っ!!?」
突然、ものすごい勢いでフロッピーを取り上げられた。
驚いて顔をあげれば
まるで親の敵に会ったみたいな顔をしたイザーク。
俺は乾いた笑いで取り繕おうとしたが、彼はギロリと俺を一瞥すると懐にフロッピーを仕舞った。
「あ、その…イザー…」
「触るな。」
口調と形相から察するに、このフロッピーはイザークのものらしい。
(…そこまで大事なものなら机の上になんか置いておくなよ…)
胸中で呟いて、俺はまた視線を走らせようとしたが
「イザーク、なんなんですか?そのフロッピー」
止せばいいのにニコルが尋ねた。
俺は額を片手で覆った。
(ああ…絶対口喧嘩が始まる…)
まずイザークが貴様には関係ないとか何とか言って、ニコルがそれに反論して ニコルの癖に生意気だぞ イザークこそ云々…。
げんなりと諦めて、俺は耳を塞ぎかけた…が、予想に反して言い争いは起こらなかった。
それどころかイザークは、常ならぬ笑みを浮かべている。
そう、あえて表現するなら
至高の玩具を手に入れた子供の笑み。
「…知りたいか?ニコル」
にんまり笑って尋ねるイザーク。
ニコルは彼の笑みに一瞬ひるんだが、コクリと頷いた。
その反応に、また嬉しそうに銀髪の青年は笑う。
…はっきり言って、俺には彼の笑顔は怖すぎる。
イザークはツカツカ堅い音を立てて狭い部屋の中を歩き回り
ドサリ、と部屋の中央のソファーに帝王然と腰掛けた。
「まあ、そこまで言うなら教えてやろう。これには…」
もったいぶって彼はフロッピーを掲げた。
そして口を開く。
「ディアッカの幼少時代からの写真のメモリーが入っている」
「ください。」
間髪いれずにニコルが前に乗り出した。
表情は真剣そのもの。
琥珀色の瞳の中に、燃える炎が見えるのは俺の気のせいじゃないはずだ。
しかしながら(当然と言えば当然だが)
イザークはその彼の意気込みを、嘲笑うかのように答える。
「いやだ」
ニコルの肩が音を立てんばかりに強張ったのが見えた。
ああ、初めて見るぞ。ここまで嬉しそうなイザークは。
今の彼を見ていたら、彼が三度の飯より嫌がらせが好き♪というキャラだ、と言われても納得できる。
いや、実際好きだろうけれど。
俺の独白を余所に、イザークはなおもニコルに自慢を続ける。
「俺と奴が出会ったのは10の時だがな、そこからのメモリーは家族ぐるみで多々入っている。
奴の誕生会や運動会や私生活や昼寝姿や…そうだ、半ズボンの初等部姿もあるぞ?」
「…イザークっ!!!」
頬を紅潮させて叫ぶニコル。
…一体何を想像してるんだろう…。
俺は思わず半眼になった。
はっきり言って俺には理解できない。
だってあのディアッカだろう?
まあ実際客観的に見て美人だとは思うけど。
エキゾチックっていうのか?ん?違う?よくわからないが。
身長が高いことは羨ましいとは思う。
キラと同じ色の瞳は素晴らしいの一言に尽きるが。
あれでもっとあの斜に構えた態度をどうにかすればいいだろうな。
でもそれがキラならまだしも…ってそうか。
ニコルにとっては、俺にとってのキラがディアッカってことか。
うん、解った。納得できた。
俺が頷いている間にも会話は続く。
「…あいつの寝巻き姿だってあるし、プール風景だって入っている。
まだ身長が伸びきる前だからな。美少女めいていて素晴らしいぞ?
…ああそうだ、言い忘れていた。
更にこれにはディアッカの初日舞姿も映っている。女形の。」
『女形!!?』
これには俺も驚いて、ニコルと一緒に叫ぶ。
イザークはフロッピーを手の中で弄びながら悠然と長い足を組んだ。
「そうだ。日舞は幼少時、色んな役を演じて学ぶ所から始まるらしい。
確か演目は『源氏物語』で若紫役だったか」
「ワカムラサキ…」
確か主人公に寵愛される、主人公の母親似の深窓の美少女だったか。
…その役を、ディアッカがやったのか。
一体どんな格好だったのだろう…
「…………いくらですか……っ!!」
搾り出された低い声に、俺は脳内演算処理を中止する。
見れば、拳が白くなるほど握り締めてイザークに詰め寄るニコル。
それをニヤニヤと眺めながらイザークは言い放った。
「ふん、仮にもジュール家の子息が金など欲しがるものか。見損なうなよ、臆病者」
臆病者、という所に明らかに力を入れて鼻で笑う。
ニコルが悔しそうに呻くのが聞こえた。
(つくづく彼の性格もどうにかならないんだろうか…)
ディアッカもそうだが、イザークも相当いらんこと言いだと思う。
ピリピリ音がしそうな沈黙の中、対照的な表情でにらみ合う二人。
俺はこっそり溜息をつく。
この不毛かつ 一方通行なやり取りが始まってもう既に15分経過。
そして、冒頭に至るのだ。
暫くして、急にニコルが口を開いた。
「…では…どうあっても、渡してくれる気はないんですね…?」
静かな声。
しかし、その声色には
思わずイザークも表情を崩すほど
不穏なモノが含まれていて
「…っ!?」
がたん!!と派手な音を立ててイザークがソファーから飛びのく。
それを一瞬追うような形で、ニコルの手が空を切った。
チ、と小さくニコルの舌打ちが聞こえる。
イザークはフロッピーを後ろ手に隠した。
俺はと言うと…いきなりの展開に、直立不動で硬直したままだった。
「…は!頼み込んでも手に入らないと知った途端に実力行使か?大した平和主義だな、貴様」
顔を引きつらせながらも、持ち前の負けず嫌いさで必至に言い返すイザーク。
するとニコルはそれに、いっそ晴れやかな笑みを浮かべて応える。
「僕、無駄な争いは早々にケリをつけたいタイプなんです」
そのまま軽やかに跳躍する。
目指すはイザークの手の中のフロッピー。
「く!」
呻き声を残してイザークも半身をひねる。
銀のシルクのような髪が苦しげな顔にかかって音を立てた。
ニコルはまた獲物を逃す。
受身をとる二人。
デスクに拳を叩き付けた衝撃で、積み上げてあった本がバサバサと落ちた。
しつこいようだが、俺はただただその光景を呆然と見やるばかり。
「逃げてばかりでは大事なジュール家の肩書きに傷がつきますよ!?イザーク!」
「チィィ!貴様にそんなこと心配してもらう筋合いは無い!」
「大人しくそのフロッピーを渡してください!貴方を傷つけたくないんです!!」
「嘘をつけ!そして死んでも御免だな!!あ、コラ貴様!そのCDは落とすな!!」
見事な追いかけっこを繰り広げながらも、それ以上に素晴らしい口喧嘩を絶やさない二人。
半無重力も手伝って、部屋はもうとんでもない有様だ。
(このまま部外者のふりして退出してしまおうか…)
そんなことが頭をよぎった瞬間
「…げ、何 この部屋」
突如頭上から降ってきた もの哀しげな言葉に、俺は振り向く。
ニコルとイザークも同時に動きを止める。
そう、そこには
この部屋のもう一人の主にして 今回の争いごとの発端である
ディアッカ=エルスマンがげんなりした顔をして立っていたのである。
「ディアッカ!」
途端に嬉しそうな顔になって、半重力に任せて彼に飛びつこうとするニコル。
そんなどさくさにまぎれようとした彼の足をむんずと掴み、イザークは思いっきり自分の方に引っ張った。
二人の間で、バチリとまた火花が飛ぶ…ように見えたのは、どうやら俺の幻覚でも幻聴でもないらしい。哀しいことに。
彼らの様子を見て、事情を悟ったのかディアッカは呆れたように溜息をついた。
そして言う。
「んで、どっちが悪いの」
『こっち(だ!!)(です!!)』
面白い位にハモる二人。
…時々俺は思うんだが、実はこの二人 ものすごーぅく仲良いんじゃないか…?
ディアッカも同じことを思っているのか、俺に向かって苦笑した。
それから諸手を挙げて二人を窘める。
「あーハイハイ、俺の訊き方が悪かったよ。じゃ、どうしてこうなったの?」
「あ!ディアッカ。それはですね…っぐ!」
彼の質問に嬉々として答えようとしたニコルは、最後までその台詞を言えなかった。
急に苦しげに呻いた彼に、ディアッカは不思議そうに眉間に皺を寄せているが
俺の位置からは ニコルの足を素晴らしいスピードと動作で踏みつけたイザークが見えた。
「なん…っ!イザ」
「ニコル、さっきの追いあいで脚でも捻ったんじゃないか?」
ニコルの肩をワシっと掴んで言葉をさえぎるイザーク。
普段ではありえないほどの優しげな表情を浮かべて。
…くどいようだが、彼の笑顔は怒り顔なんかよりもずっと怖い。
例えるなら、舌をちろちろ出して威嚇するコブラ。
ニコルも今度こそ固まっている。
「うえ、マジ?そんなになるまでジャレてんなよ。お前らは…一応戦時中なんですけど」
幸い(と言うしかないだろう…)彼の室温を一瞬で5℃は下げるような表情の見えないディアッカは、更に呆れた声を出す。
イザークはいつもの顔でディアッカのほうを振り返る。
「五月蝿い。ディアッカ、貴様医務室で湿布でも貰って来い」
「へいへい。人使い荒いんだからもー。お前ら少しは片付けとけよー?」
ブチブチ文句をタレながら再び退室するディアッカ。
扉が閉まったのを確認して、イザークはやっとニコルから手を離した。
途端に飛びのくように彼から離れるニコル。
恐ろしいものを至近距離で見せられた彼の顔には 冷や汗が滲んでいた。
「い、イザーク!いきなりなんなんですか!いいでしょう別に彼に言ったって…」
「駄目だ」
イザークは腕を組んで堂々と言い放った。
「あのデータはほとんどがヤツの了承を得ずに編集したものだからな。
むしろ日舞を初め、あいつが泣いて『捨ててくれ!』と叫びそうなものばかりだし。
1代目は見つかった時、即座にデータを消去された」
これはバックアップ機能で復活した2代目だ、とフロッピーをちらつかせる銀髪の貴公子。
完璧すぎる立ち姿に、俺はもはや何もいえない。
「…そうだったんですか…イザーク…!」
感極まったようにニコルは呟いた。
真摯な眼差しでイザークを見詰める。
「わかりました…僕も絶対にディアッカにそのフロッピーの存在を教えません。
僕たちは同志です。ですから僕にも」
「見せるわけがないといってるだろうが」
熱を帯びたニコルの懇願を、またもやイザークの冷たい一言が一刀両断。
氷と炎。
再び空気に亀裂が入った。
『・・・・・・・』
硬い沈黙の中、睨みあう二人。
俺は諦めて黙々と浮遊する本たちをまとめ始めた。
…数分後には、いや、数秒後には再び散らかされるのを知りながら。
(…キラに逢いたい…)
今回ばかりは俺の現実逃避もきっと責められないはずだ。
5冊目の本を抱きなおしてから、力ない声で俺は呟いた。
「…ディアッカ、早く戻って来い」
とりあえず俺は
次からはニコルに誘われても絶対ついて行かないことを
固く心に誓った。
お粗末。
ニコVSディアッカなリクエストでした。
ギャグになりきらないのが私のギャグの不思議なところです。
どちらかと言うとイザーク様優勢ですしね!
あの後ニコ様がフロッピーを手に入れられたかは…彼の努力次第(そんな)
日舞のくだりは少しだけ調べてみました。本当に『源氏物語』ってのもあるみたいです。
ただ、女形のあたりは…皆やるのかは微妙ですが(笑)ディアッカさんは将来有望(且つ容姿端麗/笑)だからやらされたということにしておいてください。