「…うーん、困った…なぁ…」
すっかり『ポンコツ』となったバスターの中で、一人ディアッカは呟いた。
地球軍、いや『ブルーコスモス』のMSの攻撃を真正面で貰ってしまい
その直後、バチリと赤くなってから沈黙したコックピット内の機器。
かろうじて生命維持装置系は動いているようだけれど、どのボタンを押そうが叩こうがウンともスンとも反応はない。
そうなった瞬間、ディアッカは宇宙の藻屑になることを覚悟した。
愛しい君の傷も癒せぬまま 自分はオホシサマになってしまうのだと。
しかし、いくら硬く目を瞑って次の衝撃に備えても
コックピットに穴が開くことも、爆撃で体が霧散することもなかった。。
それどころか戦闘の気配すらない。
その代わり感じている
前へ前へ、無重力空間でも嫌になるほど感じる推進力。
(もしかして…助かった…?)
オッサン一人であの化けモンみたいな3機相手に出来るはずはないから
アスランかキラが大慌てで飛び出してきてくれたのかもしれない。
それできっと、機体のどっか引っつかんでAAに帰還中なんだろう。
ディアッカは安堵の溜息をついて深く椅子に座りなおした。
それにしても
こんなに機動系の回路をめちゃくちゃにしてしまって、整備士たちはすごい悲鳴を上げるんだろう。
マードックさんに拳骨の一発や二発や三発位は覚悟した方がよさそうだ。
そんできっとしばらく自力の徹夜で修理を要請されることも容易に予想が付く。
…ああいやだ。
でもきっと、多分絶対 優しい『彼女』がそんな俺を見かねてお茶とか差し入れてくれるに違いない。
照れたように頬を膨らまして『自業自得よ!』なんてぶっきら棒に言いながら。
そう考えてディアッカはほくそ笑んだ。
今の自分の行く末が
一体どこであるかも知らずに。
犬失踪中 2
「…ばかばかばかばか!!!アスランのばかー!!!!」
一方、ディアッカがレイダーに捕らえられたという情報が駆け巡り、上へ下への大騒ぎとなったAA内。
その格納庫では一人の青年の怒声、いや罵声が響き渡っていた。
「どうするんだよ!アスラン!!
アスランが僕なんかに構って出撃しなかったせいでディアッカがドミニオンに連れてかれちゃったじゃないかー!」
子犬色のストレートの頭をぶんぶん千切れんばかりに左右に振り
ライラックの瞳に怒気を孕んで、目の前にいるもう一人の青年を睨みつける。
射すくめられた藍色の髪の青年は、嫌な汗を背に感じながら目線をあらぬ方向へ彷徨わせ「あー」とか「うー」とか呟いた。
その姿には 彼が元ザフトのエリートパイロットの中で更にエースだった、なんていう威厳は塵ほどにもない。
「ぼう…いや、キラ…」
黒山の野次馬を掻き分け、途方にくれるアスランを見かねてフラガが声をかけた。
ヘルメットを片手で弄び、苦笑を浮かべてやんわりと仲裁に入る。
「その、確かにディアッカがさらわれたことはアレだけどな?
こいつもお前が心配で残っててくれたんだぞ?あんまりそんな風に責めちゃ…」
「役立たずは黙っててください!!!!」
だが激昂した我らがキラ・ヤマトには焼け石に水だったようで
物凄い剣幕であんまりなお言葉が降ってきた。
「…ごめんなさい…」
思わず敬語で謝るフラガ。
その姿には対ザフト戦で輝かしい戦績を残したなんていう威厳は(以下略)。
肩を落としたエンデュミオンの鷹に鼻を鳴らし、キラはもう一度彼の幼馴染へ振り返る。
アスランはビクリと身をすくませた。
しかしキラから発せられたのは怒鳴り声ではなく、弱々しい呟きだった。
「…AAが宇宙に来て、段々オーブの人たちも皆も協力が出来るようになって…
僕もディアッカもちょっとだけど話しするようになって…
名前呼び捨てにしたりとか、一緒に食事とったりとか…
少しずつだけど、やっと、やっと…仲良くなれてきたのに…」
怒りの炎を消火するように、キラの瞳からホロホロこぼれる涙。
それは水の珠となって無重力空間に散らばる。
「き、キラ…!?」
アスランは目を見開き、そして微かに頬を赤らめながら短い悲鳴を上げた。
が、彼は意に介さず、さくらんぼのような唇で更に続けた。
…急にトーンを落としたドスのキいた声で。
「…それなのに…やっとここまで信頼関係を築いてきたって言うのに…
今更横取りなんてされてたまるもんか…っ!」
「…キラ…?」
幼馴染の言った真意がつかめず、不思議そうにザラ議長閣下御曹司は小首をかしげる。
涙の溜まった目でキラは高らかに宣言した。
「…っとにかく!!ディアッカが死んじゃったらアスランのせいだからね!?
死んじゃわなくったってきっと寂しくって泣いてるに決まってるよ!
そんなことになったら僕、アスランとは絶交だから!!!」
誰が泣くんだ、誰が。
一体彼の中でディアッカのイメージはどんなモンなんだ。
っていうかそれに対する処置が『絶交』っていうのはなんだかどうなんだ。
その場にいたギャラリー全員が心中でそう突っ込んだが、言われた本人にはクリティカルヒットにも相当する衝撃だったようで
先ほどとはまた意味合いの違う驚愕に目を見開いた。
「きき、きら…!そ、それだけは…っ!!」
顔面を今度は蒼白にし、手を伸ばして今にも泣き出しそうな表情を浮かべるアスランをしっかり無視して
キラはギャラリーの方へ向き直る。
「…マリューさん!」
少し高い声が格納庫に響き渡り、一拍遅れて黒山の中から
「は、はい!」と緊張を含んだ女性の声がした。
おずおずと顔を出したマリューに、キラは歩み寄る。
そして息を吸って、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「…ディアッカを助けに行く 出撃許可をください」
瞬間、野次馬がどよめく。
マリューは険しい表情でキラを見詰めた。
「…キラ君、わかってる?
彼は…ディアッカ君は今は敵艦のど真ん中にいるのよ?
それだけじゃないわ。彼の生死すらも明確じゃない。
…哀しいけれど、どちらかといえば死の可能性方が圧倒的に高いのよ?それを…」
「わかっています」
女艦長の言葉をさえぎり、キラは真摯な目でマリューを見返す。
「確かにディアッカがまだ生きている保障はありません。
もしかしたら1%くらいしか望みはないかもしれません。
でも…それでも僕は…
たった1%の可能性でも信じて、彼を救い出したいんです!」
凛とMSの間に響き渡る声。
一瞬の沈黙がその場を支配し、マリューが何か言おうと口を開きかける。
すると、背後の人垣から声が上がった。
「艦長!俺からもお願いです!キラに、ディアッカを助けにいかせてやってください!」
「…サイ君…」
「あたしからも頼む!…あいつにまだこの間のシューティングゲームの借りを返していないんだ!」
「カガリさん…」
「俺達も、頑張ってフリーダムの故障直しますから!お願いします!」
「…皆」
口々に頼むギャラリーを呆けたように見詰めながらマリューは呟く。
その目の前に、ふわりと桃色に染まった髪を揺らしながら半重力で少女が降り立つ。
「…ラクス…さん…」
「マリュー様」
花のような笑みを浮かべ、ラクスは穏やかにマリューに向かい言う。
「艦長というのは冷静な判断力も大切でしょうが、クルーの意思を尊重してさしあげてこそ
良い戦闘が、そして平和を築くことが出来るのだと…わたくしは思いますわ」
ピンと張り詰めたように静かになる艦内。
皆が緊迫した表情で、マリューの次の言葉を待った。
彼女はしばらく口を一文字に結び、自分よりも一回り幼い『艦長』を見詰めていたが
急に フ、と口元を緩めた。
「…解っています、ラクスさん。
私だって、ディアッカ君のことは心配なんですよ?」
「じゃあ…!」
期待に満ちたように、キラが目を輝かせる。
マリューはにこり、と彼に笑いかけ 周囲を見回し『艦長』の声をあげた。
「総員、第二戦闘配備!ドミニオンに向けて発進します!」
瞬間、彼女を中心に大きな歓声があった。
そしてその頃。
AAから大分離れたザフト艦のブリーティングルームからも甲高い声が発されていた。
「なにぃぃっ!?それはどういうことだ貴様ぁ!もう一度言ってみろ!!」
AAにいる最強のコーディネーターにも負けず劣らずの形相で イザーク・ジュールは下士官の報告に噛み付いた。
怒鳴られた下士官はちょうどアスランがそうされたときのように身を強張らせ、おそるおそるといった調子で話す。
「ええ…その、先ほどの足つきと地球軍の戦闘にて
出撃した一機…GAT-X103が理由は不明ですが地球軍の新型MSによって捕獲・収容されたのが確認されましたと…」
「なんだと貴様…!ソレは本当か!?」
「は、はい!モニターからはきちんと判別されています!」
完璧なまでの美形であるが故に繰り出される迫力に、下士官はほとんど泣きそうになって答える。
イザークはその言葉に絶句し、綺麗にそろえられた銀髪に片手を無造作に突っ込んだ。
(…なんていうことだ)
イザークは眉間に力を入れて床を見詰める。
脳裏にはずっと傍らにいたはずの友人の顔が甦る。
揺れる柔らかい金髪や紅茶色の肌
晴れた日の朝焼けのような瞳
終始笑顔で、時にその軽薄さに怒鳴ったこともあったが それでもずっと一番近くにいてくれる奴だと思っていた。
それが急転して、奴がMIAに認定されて
振り返っても語りかけても彼がいない事実に、その虚無感に
自分の本当の彼への想いを知ってしまった。
愕然として、諦めかけて
でももう一度メンデルで出会えて
それなのに、彼は自分の元には帰ってこなくて。
(…っこんなことなら…!)
イザークは唇を噛み締める。
こんなことになるのなら、なにがあっても繋ぎとめておくべきだったのだ。
無理矢理にでも引き摺ってでも…たとえその脚を銃で打ち抜いてでも
ZAFTに連れ戻すべきだったのだ。
ナチュラルども…特にブルーコスモス盟主が乗っているという艦『ドミニオン』。
そんなとことに連れ去られて、捕虜として扱ってもらえるなどとは到底思えない。
一度取り留めたはずの命を、彼は再び落としかねないのだ。
いや、殺されるならまだマシかも知れない。
入ってくる情報の中には、奴らは様々な薬物を使って青少年らを言いなりにして『道具』にしているという不穏なものもある。
もし奴らがディアッカのその容姿に心奪われ、薬漬けにした奴を良いように弄んだりなどしたら。
薬を盾に ディアッカにアンナコトを強いたりコンナコトをさせたり、あまつさえソンナコトをしていたら…!
ダン!と拳を壁に叩きつける。
目の前の下士官が、小さく悲鳴を上げて目を瞑った。
(…そんなこと、この俺が許すものか!!!!)
蒼く燃え上がる瞳でイザークは虚空を睨んだ後、踵を返して廊下に出た。
「じゅ、ジュール隊長!?」
慌てた下士官がすぐさま後を付いてくる。
それを横目で見やってから、イザークは憎々しげに言葉を吐き出した。
「…デュエルで出る!俺一人で良い、すぐに用意しろ!」
「え!?そ、そんな…急に何故ですか…?」
面食らって聞き返す下士官。
イザークは再び牙を剥くように彼を睨んだ。そしてイライラと声を張り上げる。
「うるさいっ!つべこべ言わずとにかく準備しろ!」
「あら…物騒なことを言っているわね、イザーク」
背後から投げかけられた声に、ハッとしてイザークと下士官は振り返る。
そしてその姿を認め、思わず呟いた。
「…母、上…」
「ひさしぶりね、イザーク」
エザリア・ジュールはそう言って、氷のような印象の美貌に笑みを添えた。
「それで?…一体どこに行こうというの?イザーク」
彼女の問いに、イザークは少しばつが悪そうに俯く。
が、それは一瞬で すぐに意を決したようにエザリアに視線を戻した。
強く、射抜くような瞳で。
「…母上…実は、ディアッカがナチュラルどもの艦に捕らえられたようなのです」
「バスターのことね?」
報告を聞いていたのか、エザリアは神妙な顔つきで頷いた。
イザークは大きく肯定してから自分によく似た顔を見詰める。
「…今、確かにあいつはAAで…私達の敵として戦っています…
でも、俺は…俺はあいつをナチュラルどもなんかに殺させたくはないのです!」
息を軽く吸い込んでから、イザークは言い放つ。
「俺はあいつを助けに行きます」
イザークの熱い瞳とは裏腹に、冷たい目でエザリアは見返した。
互いを凝視しあう、アイスブルーの目線。
しばらくして、エザリアの方が口を開いた。
「わかったわ、可愛いイザーク。
でも一つだけ約束して。ディアッカちゃんを連れて帰ってきた暁には…
結婚式の段取りはママに組ませてね?」
『…え?』
イザークと、その後ろで事の顛末を見守らざるえなかった下士官が同時に声を上げる。
エザリアは満足げに、綺麗なラインで引かれた唇の端をあげた。
「あなたが前からディアッカちゃんのことを好きなのなんて、ママ ちゃーんとお見通しなんですからねv
嗚呼楽しみだわ!前からディアッカちゃんに絶対に似合うと思ってたウエディングドレスがあったのよv
大丈夫!心配しなくても良いわ。ママがちょっと口挟めば、結婚制度なんてチョチョイのチョイなんだから♪」
「…母上…!」
とんでもないセリフをペロリと吐きながらお茶目にウインクする最高評議議員と、感極まったように呟くその息子。
今にも手を繋ぎあいそうなその異様な雰囲気に、どこまでも可哀想な下士官が突っ込めるはずもなかった。
更に一方
そのバスターを足にぶら下げた状態で帰還する、ドミニオンの3機。
「…ねぇ…どうしてあのおじさん…こんなのほしがったのかなぁ…」
眠たげに尋ねるシャニに、オルガはめんどくさそうに答える。
「あんな変態野郎の考えることなんか知るかよ。機体はケンキューだろうけど
『中身』は大方、薬漬けにして奴隷かペットあつかいじゃねーの?」
「え〜マジ!?それ面白そうじゃん!僕たちも貸してもらえないのかな〜」
オルガの言葉に、クロトが楽しげな声を上げる。
一瞬考えた後、それもそうか、とオルガがニンマリと笑みを作る。
「貸してもらう?ハ!そんなもん盗めば良いんじゃねぇか。…確かに欲しいな…オモチャ」
「おれがいちばんにあそぶ〜」
「シャニ、てめーはぜってぇ壊すまで離さないから駄目だっつーの!一番最後!」
「くろとのけち…」
「うっせーんだよ、おめーら!」
口々に罵り、しかし楽しげに3機は宇宙空間を突っ切る。
数々の思惑を、自分の状況すらまったく知らぬままの
当の本人を連れたまま。
TO BE CONTINUE?
■『犬失踪中』における私の中の取り決め。
1、登場人物はアスランのみを例外とし、ことごとくディアッカにメロメロである。
2、1にもかかわらず、ディアッカ本人はミリィに首っ丈である。
3、2を知ってか知らずか、ミリィのディアッカへの愛情はこれでもかというくらい歪んでいる。
4、真面目さを装う文の中にも少しずつおかしなところを入れる。
5、登場人物はことごとく(ディアッカ)馬鹿である。
…今回もしっかり守れてますね!!!(笑顔)(すな)
キンパチ先生かってくらいエセ爽やかなAAの面々もそうですが(書いていて鳥肌が立ちそうでした…!/笑)
とくに被害者、イザーク。
むしろジュール親子!
どんだけあなたは馬鹿な子に仕立て上げられてるんでしょうか…私に。
あ!イザークファンの方、あの、アルミ缶も結構痛いんで!;
そんなわけでお前は虚空の戦場か!と突っ込みたくなる気も重々にしていますが
まだ続きます…。
…次は一体いつになることやら。
本当に私が失踪すべきかも知れません…(遠い目)