戦闘兵器として育てられてきた俺だったが
この戦争で 多くの人間と関り
膨大な量の人間的感情というものを学んだ。
怒りや 悲しみや 喜びや 優しさ。
そして数多く教えてもらったものの中の一つに、こんなものがあった。
すなわち
『感情のままに行動することが 正しい人間の生き方』 というものが。
初めはそれの意味も価値もまったく理解できなかった。
だが最近になって、それがなんと大切なものであるか 大切なものであるかが判るような気がしてきた。
だから俺は今
感情のままに生きてみようと思ったのだ。
「…貴様の言い分はわかった、ヒイロ」
「そうか、それはよかった」
本心からそう言うと、相手は射抜くような眼で睨んできた。
黒曜の瞳が光を強める。
「…だが、納得いかないことがある」
「なんだ?」
説明が足りなかったのだろうか。
普段必要最低限しか話さない自分としては、充分すぎるほど言葉を使ったと思ったのだが。
相手はなおも眼光を緩めず答える。
「…何故、俺は 貴様に押し倒されているのだ?」
何だそんなことか。
俺は一人頷いて口を開いた。
「俺がお前を抱きたいと思ったからだ、五飛」
直後
簡潔な俺の返答に
五飛は全力を込めた拳を鳩尾に叩き込んでくれた。
→→JOY
「…痛いぞ、五飛…」
油断している所に 常人ならばそのまま昏倒するだろう一撃を喰らい
たっぷり30秒は悶絶してから俺は言葉を搾り出した。
気絶しなかったのは幼い頃からの名パイロットとなるための鍛錬の賜物か。
心の底からDr.Jのスパルタ教育に感謝したくなった。…脂汗はしっかり出ているが。
しかし、その殺人パンチを繰り出した張本人である黒髪の少年は
そのせいで苦しむ俺を気遣おうともせず、憮然とした表情で着衣の乱れを整えながら言った。
「当たり前だ。痛いように殴ったのだからな」
これで平然としているようなら 俺は貴様を人間とは認めん、などとまで言って
五飛は寝台から立ち上がろうとした。
が、瞬間 半ば執念で俺が彼の腕を引っつかむ。
不意の衝撃にバランスを崩し、再び五飛は白いシーツの上に転がった。
格闘の技術は互角。
体重は筋肉質な五飛の方が少々勝っているが、腕力は俺の方が上らしい。
もっとも、俺以上の力を持てといわれたら
鉄パイプどころではなく、砲丸くらい握りつぶせるようでなければならないが。
「…ヒイロ…貴様、自殺願望癖があるらしいな…」
俺の下から、五飛が地を這うような声を出す。
デュオ辺りならば即座に「ごめんなさい」といいそうな唸り声だったが
生憎 寝転がったこの状態では威力は半減だ。
怒りのためか、平時は白い頬を真っ赤に紅潮させているところも逆に愛らしい。
そのまま抱きすくめたい衝動に駆られたが
そんなことをしては逆上した五飛に 今度こそ本気で殺されかねない。
こういうときは感情よりも理論性で動いた方が効くのだ、と俺は自分に言い聞かせてから口を開いた。
「…聞け、五飛」
一拍置いてからもう一度言葉を紡ぐ。
「…俺達は今、戦争中で…明日も知れぬ命だ」
怪訝そうに俺を見ていた五飛の、顔色が変わった。
俺は目を伏せる。
コロニーの反逆で始まったこの戦争はいよいよ大詰めとなり
舞台はいつしか宇宙へと移った。
ノインやサリィ・ポゥのたゆまぬ努力の甲斐あり、ガンダムパイロットも無事5人全員が揃った。
そして今、ピースミリオン内は常に緊張に満たされている。
いつミサイルが打ち込まれるか
この瞬間、新型のモビルドールが開発されているのではないだろうか
艦のすぐ傍に敵が潜んでいるのではないだろうか
どこかにスパイが入り込んでいて、内情が敵に筒抜けなのではないだろうか
考えれば考えるほど
思えば思うほど、不安は募る。
そして、もし次に出撃したら
もう永遠にお互いの顔を見ることが出来なくなるかも知れない。
別に俺は、自分の命は惜しくは無い。
むしろ俺が死ぬことによって今までの罪が贖えるというのならば
俺は喜んで死を選ぼうと思う。
だが
(五飛に会えなくなるかもしれない)
今 自分を射抜く、切れ長の真っ直ぐに相手を見る瞳も
少しだけほつれた黒髪が落ちる白い首筋も
本を読む時だけ眼鏡をかけるあの姿も
しなやかで凛とした、美しい身のこなしも
それらが もう二度と、見れなくなるかもしれない。
それだけが、自分を取り巻くどんなことよりもひどく恐ろしく感じた。
それに気付いた瞬間
俺はもはや、居ても立ってもいられなくなったのだ。
「…だからせめて、俺の気持ちを一度でも伝えてから 死にたいと思ったんだ」
真剣に俺の顔を見詰める漆黒の瞳を見返す。
清潔なシーツの上には、綺麗なコントラストを描いて艶やかな黒髪が散っている。
これも好きなところだ と心の中で呟く。
五飛は視線を揺らさぬまま、おもむろに言葉を吐き出した。
「…俺は死なん。…貴様も、死なない」
言った後「殺したって死ぬものか」とソッポを向く。
その毒付く姿が愛しい。
「…お前の、そういうところが好きだ」
「…そうか」
呟くと、極短い返事が返ってきた。
俺は頬を僅かに綻ばせ、思わず程よく筋肉の付いたその細い肩を抱きしめた。
しばらく五飛は俺のその行動にもされるがままになっていた。
が、俺がそのまま紺色のタンクトップに手を突っ込むと
「待て貴様」
と言って、再び拳を握った。
「…どうした?」
そ知らぬふりをして、俺が言うと 五飛は少しうろたえたように問いかける。
「…気持ちを伝えればよかったのではなかったのか?」
「誰がそんなことを言った?」
絶句する五飛に、俺は意地悪くニヤリと笑うと
彼が我に返る前にと 唇を塞いだ。
そして20分後。
初めのうちは酷く嫌がり
それこそ手負いの獣だろうとこんなに抵抗しないだろう という勢いで暴れ、罵詈雑言を浴びせていた五飛だったが
コツを掴んで、俺が繰り出される手足をヒラリヒラリとかわすようになると諦めたのか
仏頂面で俺の好きなようにさせるようになった。
…なったのだが
「…………」
おかしい。
抵抗もなくなり、一生懸命彼の身体のあちこちを 舐めたりさすったりしているというのに
肝心の五飛には、息の乱れ一つも無い。
俺の予備知識が確かならば、そろそろ『あんv』とか『やだvv』とか
そういう艶っぽい声が発されていても良い頃だ。
「…五飛」
堪らず俺は尋ねる。
「…もしかして不感症か?」
「本気で殺すぞ貴様」
眉間に皺を寄せて、即座に返された。
そして呆れたように彼は続ける。
「こんな幼稚な奉仕の、一体どこに感じろというのだ。ベタベタ気持ち悪いだけだ、下手糞め」
哀れみさえ含んだあんまりな切り捨て方に、今度はこちらが顔をしかめる。
…確かに俺はこういった行為が初めてだが、それでもそれなりに頑張ってはいるのだ。
(しかし、実際に効かないのでは仕方ないな)
経験が足らないのならば、他のもので補うしかない。
俺は作戦を変えることにした。
デュオから(誰に使うのか知られたら、おそらく絶対に口を割らなかっただろうが)
入手した、いわゆる『言葉責め』という奴である。
俺は白い肌に唇を落としながら不敵に笑って彼を見る。
「…声を出してもいいんだぞ?」
「俺に大声で笑い出せというのか」
2秒で作戦失敗。
俺は思わず項垂れる。
どうやら俺の行為は彼にとってくすぐったいだけらしく、快感や喘ぎなどは微塵も呼び覚まさないものらしい。
…いや、大声で笑う五飛も 至極見てみたい気もしないでもないが、それとこれとではまた話が別物だろう。
それでもまだ諦めきれず、モゾモゾと身体を撫で回す俺に
五飛は視線を投げかけてから、小さく溜息をついた。
瞬間
スクランブルを知らせるサイレンが艦内に響き渡った。
「…っ!?」
驚いて俺は顔をあげたが
五飛は薄々感づいていたらしく、俺をのけてさっさと立ち上がった。
「あ」
口を開き、引きとめようとした俺を 五飛が厳しい眼で睨む。
「『任務』だ、ヒイロ」
「……」
その単語に何もいえなくなってしまう自分が悲しい。
そんな俺を尻目に、五飛は黙々と服を正し
何事も無かったように部屋を出て行こうとする。
(…情けない)
俺は彼の背を見詰めながら思った。
ほんの一瞬だって、彼を悦ばすことが出来なかったのだ。
満足とは言えないまでも、それなりはいけるだろうとシュミレーションもしていたのに。
本来の目的が『気持ちを伝える』だったとしても、あまりに情けなさ過ぎる。
悶々とそんなことを考えていると、ドアに手を掛けていた五飛が
思い出したように振り返った。
そして
「…ヒイロ」
名前を呼ばれて、下を向いていた首を 勢い良く上げる。
一瞬、淡い希望が胸をいっぱいにする。
そうとも、五飛はこうみえて優しいのだ。
しかし
桜色の唇から発された言葉は、その容貌と期待を完膚なきまでに破壊するものだった。
「ヒイロ、下手な奴がヤろうなどと思うな」
俺がその戦闘で、過去最多の敵機撃破数をたたき出したことは
いうまでもない。
合掌。
■私のマイナー根性は真髄か?
ただでさえ少ない五飛受けの中で更に希少な苺でした。
…いいんです、ほっといてください、好きなんですぅぅ!(涙)
その昔、235は経験済みなのよ♪という情報を得て書いたものです。
それとなく13題の『戦争(ニコディア)』と似ているような感じがするのは、こっちが元にあったからです。
それなのにここまで結末が変わってしまうのは
受け側の男らしさか攻め側のヘタレっぷりか…
…ヒイロが下手そうなのがいけないんですね!
ヒイロ?大好きですよ?勿論。(逃)