そうやって、油断できるのも今のうち。



風が凪ぐ。
その気配に陽子は書類の山から顔を上げた。
「よっす」
きっと“ヒト”の姿ならにんまり笑っただろう、得意げな声を聞いて、陽子もにこり、と微笑み返した。
「いらっしゃいませ、延台輔」
麒麟姿の雁州国台輔は、ゆったりと慶東国国王の職務室に降り立った。


「今日は何をなさったのですか?」
陽子が笑いながら問いかけたその言葉を、額面どおりに受け取れるほど生憎自分は素直ではないし、幼くもない。
受け取った絹の衣を小さな手足に羽織ながら俺は応えた。
「ん〜…ちょっとね。成笙の大切にしてた香炉を割っちゃってさ〜」
「まあ、…成笙って確か・・・『酔狂』?」
「そうそう、怒ると意外に怖かったぜ」
堪らず吹き出す陽子を見て自分も笑う。
雁の王宮の、それも極一部でしか普及してないような字をこの娘が知っているのは、それだけ自分と彼女がたくさん逢って、話をしたって証拠。
「そうか…普段落ち着いてる奴ほど怒ると信じられないほど怖いんだよな」
景麒とか と付け足して、まだ喉を震わしている陽子に「そうそう」と相槌を打ちながら
「朱衝なんて恐ろしいなんてモンじゃないぞ」
と返すと相手はもう一度笑い出した。

こうやって笑う彼女を独り占めできるのも、きっと自分だけ。

「だからさ、また暫らく匿ってくれない?陽子」
確信犯の笑みで見る。
そう、確信犯。
毎回自ら事件を起こしては、助けを求めるふりをしてココにとどまる。
理由は簡単。
少しでも一緒に居たいから。
お陰で最近官には評判悪いけど。
(可愛いお前は気付いてないだろうけど)

「ふふ、どうしましょうか」
答えなんか決まっているくせにわざと焦らして問いかける陽子。
細められた翠の眼差しがゾクゾクくるほど綺麗だ。
初夏の雁国の田畑の色。
安らぎと希望の色。

思わず見惚れたが我に返る。
今回の滞在には野望があるから。
何が何でも泊めてもらわなければ。
気を取り直して何も無かったみたいに平然と話す。
「うーん、じゃあまた泊めてくれたら、蓬莱のモン買って来てやるぜ?頼むよ、陽子」
大げさな仕種で手を合わせる。
ウっとワザとらしく詰まる陽子。
コレが俺の奥の手、特権。
王が側にいなきゃ蓬莱で満足に形も保てない景麒や、一人じゃアッチに飛んで行けない尚隆には絶対できない。
俺だけが陽子にしてやれること。
…かっこ悪く言えば貢いでるってことになるんだろうけど。
まあ本人が全然かまわないんだから問題は無いわけで。
合わせた手の下でにんまり笑って陽子を見やる。
案の定、暫らく考え込むような素振りをしていた陽子が、悪戯っぽく俺を見て笑った。
「…3日だけですからね?」
「やりぃ!!恩にきるぜ陽子!」
『エイガ』の主人公みたいにパチンと指を鳴らす。
(これで詰み)
これで舞台は完成。
後は役者が踊るだけ。
喜ぶ俺を微笑ましそうに見つめる陽子。
それは今は確かに純粋にそう見てるのかもしれないけれど、でもそんな風に俺を見ていられるのもコレで終わり。

「陽子」
急に真面目な顔になった俺を不思議そうに見下ろす。
にっこり笑って手招きすると、彼女は腰を屈めてくれた。
その翠の視線を自分の紫暗の眼で絡めとって。

勝利の笑みで言の葉を紡ぐ。

「これが滞在の前払い」
「は?」

きょとんとする彼女の唇を
疾風の勢いで掠め取る。

「・・・・・・・・!?なんっ!」
顔を赤くし目を白黒させる愛しの我が君を尻目に、絹を翻し部屋から駆け出す。
(これで終わり)
弾む息と金色の髪がなびく音が聴こえる。
枷が外れたように脚が軽い。
自然に顔がほころんでくる。
500年生きてきて、きっと一、二を争う俺の大決心。
こればっかりは天帝にだって邪魔させやしない。

『お前を手に入れる』

タイムリミットは3日間。
まだまだ日暮れにも程遠い。
燦々と青空で存在を誇示する太陽を睨む。
(これが始まり)
誓ってみせよう。
きっと3日後には
俺がお前を好きなのと同じくらい、お前も俺を愛してる。


『こんな姿』と甘く見ていた奴らに、声高に言ってやる。

油断できるのも今のうち。







■十二国記の茨の中の茨、六太×陽子でーす(笑)
哀しいくらいにこのカップリングないのでとうとう自分で書きました…。
時期的には華夢の前…?まだ『六太君』じゃないんです。この微妙な距離が萌えです(萌えとか言うな)
子供の姿、と思ってつい警戒心が無い陽子と、きっちり500年分の強かさをお持ち且つその陽子の感情を利用する六太。
でも六太はきっとコンプレックス持ってるんでしょうね〜この容姿に。
ライバルは多そうですが、頑張れ!六太!
ディアミリにも少しは甘さを分けてくださいよ!(笑)