ケーキも食べた。
プレゼントも貰った。
唄も歌ってもらった。

8月8日。
記念すべき、のちのZAFTエリート兵の10歳の誕生日。
しかしながらテーブルの真ん中に陣取った今日の主役は

なんだかとっても仏頂面。




清し この夜。




「…くそ!」

銀髪の貴公子、氷の王子の異名を持つイザーク・ジュールは彼の自室にて
その名と容貌を見事裏切るような悪態をついた。

イライラした様子で二三、クッションを壁に投げつける。
4回目に投げた際に、跳ね返ったクッションが顔面を直撃した。
肉体よりも心理的ダメージを喰らった少年はもう一度悪態をついてから、憎き羽毛の塊をドスン!と音を立てて殴る。
哀れ、内臓を大破させ残骸と成り果てるクッション。
イザークはそこでやっと落ち着き、息を切らしながらベッドの上にへたり込む。


せっかく両親が主催して、友人(と言う名の下僕ども)が揃って祝いに来たパーティーも予定より早々に切り上げられた。
理由は勿論、イザークの機嫌が大荒れだったこと。
始終眉にきつく皺を寄せ、誰が話しかけても返事をしない。
しても、『黙れ××野郎』などと放送禁止用語を投げかける始末。
これでは、と思ってイザークの母エザリア・ジュールが半ば強制的に彼らを解散させた。
その後勿論イザークはこってりエザリアに絞られたが
それでも頑なに床を見詰める息子に 彼女は溜息をついて自室へ戻るよう言った。
彼が何をそんなに不満に思っているのか、気づいてしまったからということもあった。



「…クソ…!」
イザークはまた小さく呟き、膝を抱える。
そしてまた突然立ち上がると、椅子を蹴り飛ばしてから乱暴に窓を開けた。
嫌味なまでに完璧に管理されているプラントでは
夏と呼ばれるこの季節にも、ほとんど温度の変化はない。
確かに常温よりも2.3度くらいは高く設定されているのだろうが、それを感じ取るにはいささか困難である。

しかし今のイザークにはこの多少の熱を持った夜風も不快で、憎々しげに星の瞬く空を睨んだ。
そして呟く。

「ディアッカの…馬鹿野郎…!」

イザークの一番の親友であり、彼がほのかに恋心を寄せる人物・・・ディアッカ。
彼の不機嫌の原因は彼にあった。

正確には、彼の不在に。


いくら人間が進化しようとも、病気を撲滅させようと励んでも
その努力を嘲笑うかのように新種の病は現れる。
それは今も昔も同じ、ウイルスと人間のイタチゴッコで。

そして今回、最近コーディネーターの間で流行っている悪性の風邪があり

先日 これに ものの見事にディアッカが罹ってしまったのである。

その症状は咳、鼻水、喉の痛み。
そして意識の保てないほどの高熱。
当然彼はイザークの誕生会に来ることが出来なかった。


(…分かっている)

誰も罹りたくて病気になるわけじゃない。
今だって彼は病床で辛い思いをしている。
起きていることですら、苦痛であると聞いている。
仕方ないことだ。
分かっている。
心配もしている。
早く治って欲しいと思っている。
理解しては、いるが。


「・・・馬鹿め・・・!」
どうしてもそう言いたくなってくる。
よりにもよって、自分の誕生日の3日前に罹らなくたっていいだろう。
腹立たしい。
彼に怒るのは理不尽だ、と知っていてもフツフツ怒りがこみ上げてくる。

別に、彼が来たからといって何か劇的に変わるということもない。
彼が来ない、ということも 事実だけ見てしまえばたったそれだけのことだ。

でも

一週間前 招待カードを渡す際、自分がどれだけ緊張して彼に声をかけたか
自分がどれだけ声が上ずらないよう、普段通りに見えるよう努力したか
彼が笑って『楽しみにしてる』と応えた時、自分がどれだけ舞い上がりそうだったか

彼と知り合って初めての誕生日会に
…自分がどれだけ、期待してたか。


彼は、知らないんだろうけれど。


「…馬鹿め……」

再度呟く。
そのままイザークは手すりにもたれた。
惨めな気分だ。
こんなに侘しい誕生日は、初めてかもしれない。
そんなことを思って目を閉じる。
いつもと変わらぬ星空が憎たらしかった。
夜風がもう一度吹いた。

瞬間


「…イザーク!」


イザークは目を見開いた。
おそるおそる顔をあげる。
首をめぐらせるが 誰もいない。
(…幻聴か…?)
落胆して、溜息を落としたとき

「こっちだよ、イザーク」

もう一度声。
ギョッとしてその方向を見ると、待ち望んだ声の主――ディアッカ・エルスマンが庭に立っていた。


「…な、き、さま…」
突然のことに、イザークはまるで金魚のように口をパクパクさせた。
その様子にディアッカはクスリと笑って言う。

「よかった、もう寝ちゃったかと思った」

驚きと戸惑いも束の間
彼の態度を見て、イザークは一瞬にして沸騰した。

「…っ貴様!!!よくも俺の誕生日会に来なかったな!!?」

大音量で怒鳴りつける。
ディアッカは首をすくめた。
かまわずイザークは声を張り上げた。

「貴様のせいで俺の今日の機嫌は最悪だ!!風邪なんか罹りやがってこの軟弱者!!
お前それでもコーディネーターか!?新種だか悪性だか知らないが風邪くらい根性で倒してだな…」

はた、とイザークは自分の言葉で我に返った。
そして

「…ディアッカ…お前、風邪は…?」

尋ねると、彼は笑顔で答えを返した。

「ん、まだちょっとある。でももう大丈夫だよ。ほら、これ渡したくってさ」

ディアッカは変わらずニコニコと、まるで熱に浮かされたように…
いや正しく熱に浮かされた状態で笑って、プレゼントらしき綺麗にラッピングされた小包を掲げた。
暗がりを目を凝らして見てみれば、確かに彼はほんのり赤い顔をしている。

イザークは怒りボルテージが一気に下がるのを感じた。
は〜〜〜〜…っと肺の中の酸素が出尽くすまで溜息をつく。
脱力し、手すりに持たれかかってディアッカに向かって言う。

「…お前は馬鹿だ」
「そう?」
「そうだとも。そもそも夏風邪は馬鹿がひくもんだ」
「ふーん…じゃ、そうかも」

クスクス、何が可笑しいのか笑うディアッカ。
イザークはもう一度深い溜息をつく。
でも、こうして出歩けるようにはなったのだ。
彼の病状はよくなっているのだと思うと、自分が安堵していることもまた イザークは自覚していた。
照れくさいから、そんなこと絶対言ってやらないが。

「ほら、イザーク。プレゼント受け取ってよ」

嬉しそうな声音で呼ばれて、彼を見る。
「仕方ないな」と呟いてバルコニーから身を乗り出す。
包みを受け取ると、ディアッカはイザークに向かって優しく微笑んだ。



「お誕生日、おめでとう」



トロンとした笑顔のまま
呂律のいまいち回っていない口調だったけれども


それでも
それこそが

イザークが待ち望んだ最高の言葉で。



「…あり、が とう・・・」



彼は 自分の顔の火照りと
至上の歓びを感じて

小さく返事をした。





そして翌日
ディアッカが治りかけの風邪を悪化させたり
イザークが風邪に罹っていたりして
両家族の親を苦笑させた、というのは

また別の話。






END










■と、言うわけでイザーク誕生日小説でした。
ふふふ!ラブラブですな。少女漫画ですな!(言っちゃった)
大人バージョンよりも子供の時の話のほうが何のためらいもなくラブラブに出来ます。
どうして風邪がうつったかなんていうのは私からは言えません(待ちなさい)

てなわけで
Happy Birthday Yzak!



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