いつ目が覚めたんだろう。

もしかしたら、ずっと起きていたのかもしれない。

ただ、意識がついていかなかっただけで。



→→クレナイ



水面からゆっくり引き上げられるように、俺は段々覚醒を始める。

ヒューヒューと自分の喉から変な音がする。
熱いんだか冷たいんだかよくわからない。
じっとり汗ばんだ背中が気持ち悪い。
全身が重い。
意識を外に向けてみれば、どうやら計機器がファンファンとけたたましい音を立てているようだ。
もっと詳しく状況を確認したいのだが、なんだか頭の中を靄が覆っているみたいに
考えが巧くまとまらない。

不意に目に水が入る。
反射的に拭おうとして、上げた右手がカツンと固い感触に弾かれた。

そうか、ヘルメットを被っていたのだ。

唐突にここがバスターのコックピット内で、自分は今の今まで戦闘中だったことを思い出す。
そして、自分が被弾したことも。

そこまで思い出して、また脳裏が曇る。
顔にぬめりとした不快感は残っているが、なんだか身体がだるくてそれ以上腕を挙げる気にならなかった。
限られた空間は、妙に鉄サビ臭かった。



『…ディアッカ!』


耳につく警報音の中、急に澄んだ声が飛び込んできた。
聴いた瞬間、火花が散るように意識が浮上する。
重くなり始めていた瞼を押し上げ、首をめぐらす。
通信機能は音声のみだが、未だかろうじて繋がるようだ。
俺は荒れた画面を凝視する。

このディスプレイが映し出されたなら
そこにはきっと、冬の月みたいに綺麗な顔があるはずだ。


『ディアッカ!おい!応答しろ!!』

年齢のわりに高い声がコックピット内に跳ね返る。
俺は小さく口の端を上げた。
いつもは煩いと思っていたはずなのに、今は妙にその叫びが心地よかった。

「…ああ…イザー、ク」

返事をして驚く。
思った以上に自分の声は掠れていて、風の鳴るような音にしかならなかった。
イザークが安堵とも悲鳴ともつかない声を上げる。
やだな、心配させたかな。
もう一度、今度は元気な声を出そうと 唇を湿らせるつもりで舐めた。
唇にこびり付く、固い塊が舌に当たった。
それはキンとした味だった。


『…っ今行く!!動くなよ!?』

そう言い残し、通信機がブツンと沈黙する。
動くも何も、なんだか俺動きたくないし。
そう突っ込んで、薄笑いを浮かべた。
もう一度その場を、警報音と俺の浅い呼吸音だけが支配する。
赤暗いコックピットは、咽るような鉄の臭いだ。
…いつも、こんなだったろうか?


思考が泥のように溶けそうになった頃、鈍い衝撃が機体を揺らした。
一拍置いて振動とともにハッチが開く。
どこか歪んでいるのか、ギギっと軋む音がした。

「…ディアッカ!」

眩い光を背に、イザークが顔を覗かせた。
どうやら意識を失っているうちに、破棄されたコロニーの一つにでも不時着していたらしい。
赤いヘルメットは今は着けていなくて、代わりに絹みたいな銀髪が、彼の顔を縁取って零れていた。

なんて、綺麗。


通信機越しでない彼の声に、胸が締め付けられる想いがした。
俺はイザークに精一杯の笑顔を向ける。

「…イザーク」

今度は上手くいった。
笑顔も作れた。


そのはずなのに
イザークは一瞬、息を呑んで身を強張らせた。
唇を噛み、泣きそうな顔になる。

「…?イザぁ…?」
「っ話すな!!!」

俺の問いかけを遮り、急に彼は怒鳴り声を上げた。
俺は不思議に思って首を傾げた。
それは酷く緩慢な動作だったが。

「…話すな。いいかディアッカ、喋るんじゃない」

イザークは、氷色の瞳で俺を睨みながら言った。
そして軽い身のこなしで俺の元まで降りてくる。
頭の働かない状態で見詰める俺に、イザークは囁く。苦しげに。

「目を瞑っていろ」

言われるままに俺は瞼を閉じる。
すると、なにやら下半身の上に圧し掛かっていた重みが消えた。
消えるまで、何か乗っていることに気付かなかったが。
だから身体が動かなかったのか、と納得する。
少しの間、俺の上から次々に物が除けられる。

そして、急に身体が浮く。

「え」

抵抗する間もなく、俺はイザークに抱きかかえられてコックピットから連れ出された。
自分よりずっと華奢に見える彼にお姫様抱っこされている自分の姿が脳裏に浮かんだ。
それがどうしようもなく可笑しくて、俺は笑う。
イザークがヘルメットを叩いた衝撃があった。
俺は笑いを引っ込めて振動に身を任せる。

どうしようもない違和感に、気付かないふりをしながら。



地面に寝かされたらしい。
なんだかごつごつした感触が背を刺す。
不意に息苦しさが消え、視界が開けた気がした。
イザークが俺のヘルメットを外したのだ。
汗ばんでいた額に微かに当たる風が気持ちいい。

「もう大丈夫だ、ディアッカ」

間近から聞こえるイザークの声。
目を開ければ、予想通りの距離に彼の顔がある。
俺の脚には支給品の毛布がかけてあった。

「サンキュ…イザーク」

俺は笑んだ。
相変わらず声は弱々しいままだ。
何もしてないって言うのに息も上がっている。かっこ悪い。
顔についたままの血が、固まって肌を引きつらせた。

「…そんな事、言われる筋合いはない」

イザークが眉を寄せてそれを拭ってくれる。
ぶっきら棒に言われるその言葉が嬉しかった。
もう二度と
そんな事言ってもらえないんじゃないかと思っていたから。
今まで、お前を裏切った罪悪感でいっぱいだったから。

そう言って貰えるだけで、俺は。


俺が笑い声を漏らすと、イザークはまた睨んできた。
しかしすぐに目を逸らし、ソッポを向いた。
拭い終わった手だけは、そっと俺の右手に添えられた。

その彼に、俺はもう一度笑う。
キラやアスランは、ジェネシスを破壊できただろうか。
俺は赤銅色の空を見詰めたまま唇を動かした。

「…イザーク…これで、戦争…終わるかな?」

イザークは俺を凝視してから、妙に明るい声で返した。

「…ああ、そうとも!これで戦争は終結するぞ!」

俺を奮い立たそうとするような空元気な声。
それがわかってても、戦争が終わる、という肯定は嬉しかった。

「そうか…よかった。皆、もう泣かなくって…良いんだよな?」

俺は微笑み返す。
イザークは馬鹿みたいに首を縦に振る。

「ああ、大丈夫だ。もう誰も闘わなくていいんだ。大丈夫。大丈夫だから…ディアッカ」

呪文のようにイザークは『大丈夫』を繰り返す。
いや、それは本当に呪文だったのかもしれない。


俺が『大丈夫』になるように、という。


段々消え入りそうになる声に、俺は笑ったまま、空を見ていた。


「…イザーク」
俺は息切れの下、彼に呼びかける。
しかしイザークは目を逸らし、気付かないふりをして声を張り上げた。

「しかしまったく、この戦争でまさかお前が裏切り者になるとは思わなかったぞ。
この俺に逆らった罪は重い。
とりあえず今回は、プラントに帰ってから向こう3ヶ月間俺の奴隷ということで許してやる。
次はないぞ、覚えておけ」
「…イザー」
「まずはアレだ。あっちに帰ったら俺の気に入りの日舞を舞ってもらおうか。
リクエストには全部応えてもらう。女形も容赦なくやらせるから覚悟しておけ」
「…」
「それから欲しかった物全て買ってもらおうか。何、軍の給料がたくさん余ってるんだから大丈夫だろう?
古典文学の参考書と考古学の本をそれぞれ20冊程度。勿論荷物もち付きで勘弁して…」
「…イザーク!!」

俺の振り絞った声に、ビクンとイザークが静止する。
胸が痛い。
俺は表情を緩めて呟いた。

「…解ってるよ、イザーク」

イザークが肩を震わす。
右手を握っている彼の手に、力が入る。

「イザーク、俺は」
「…止めろ」

再び彼が遮ろうとする。
でも、今度は俺は言いなりにならない。

「俺は、イザーク」
「止めろ」

右手はもはや痛いほど握り締められている。

「もう」
「…駄目だ、言うな」

嫌々をするように、イザークが耳を押さえ首を振る。
銀の糸が乱れる。

「もう、俺は」

俺は見たんだ


「止めろと言ってる!!!ディアッカ!!!」

金切り声が宙を裂く。


俺は見たんだ。
お前が『見るな』と言ったのに
引き上げられたあの瞬間

自分の脚を。


真っ赤なパイロットスーツの中で

ぐるんと『一回転』した

ありえない長さで『垂れ下がった』



俺の脚を。





「俺は、死ぬよ」



イザークは絶望的な表情で俺を見た。




そう、今なら解る。
背をグチャグチャと湿らせているのが、汗なんかじゃなくて 俺の両足から流れ出た血液なんだと。
さっきから俺の周りにたちこめている鉄サビの臭いは、それなのだと。
感覚がないのも当たり前だ。
既に俺の脚たちは
そんなものからは切り離されている。


「…ごめん、イザーク」


顔面を両手で覆って俯く彼に言う。

もう日舞なんて踊れない。
買い物にだって付き合えない。

もう、一緒に居られない。


「…っ貴様…ぁっ!!!」


顔をあげたイザークが、俺の胸倉を掴んだ。
勢いで頭を地面に打ち付けられる。
俺怪我人なのに、と頭の隅で 妙に冷静に思った。


「…貴様は…馬鹿だ…!!」

首を締め付けたまま、イザークが苦しげに言葉を紡ぐ。

「…俺とお前は敵だったろうが…それを…っ」


「…貴様が…俺なんか庇わなければ、こんなことにはならなかったのに!!!」


茶色の世界に響く声。
その体勢のまま、二人で口を閉ざす。




だって どうしようもなかったんだ。

お前の機体の背に向けられた銃口が見えて
銃を構えるのにも時間は足りなくて
お前が死ぬイメージが浮かんだ瞬間

俺の目の前で何かが弾けて

自分でも驚くくらいに素早く動けて


そして、俺は撃たれて


でも、コロニーの弱い重力に導かれて落ちていく時

俺は確かに嬉しくて。





「…また、貴様は裏切るつもりか」

不意にイザークが口を開いた。
俺以上に擦れた、弱々しい声だった。
俺は彼の顔を見詰める。

「…二度も俺を裏切るんだ。…そんなヤツは、いらない」

彼の眉間には、痛みを感じるほど 強く皺が刻まれていて

「お前なんて嫌いだ。お前が死ぬことなんて…どうも思わない」

その濡れた眼差しは、俺だけを見ていて


「…貴様が、死んでも…俺は泣かない」


その言葉とは裏腹に、彼は。




(…ああ)


本当に、なんて美しいんだろう 彼は。


俺は次第に細くなっていく呼吸の中、思う。


落ちてきそうな真っ赤な空を背景に
真っ白な雰囲気を持つ彼。


遺伝子操作なんていうまがい物じゃなくて、人口物でもなくて
まるで神話に出てくる神々のように
壊してはいけないような

純粋な、美しさ



強く、気高く
そして 脆く。



自分と正反対の色素を持つ頬に手を伸ばす。
一瞬、彼は顔を強張らせた。
俺は構わず触れる。

最後に触れた時から、まだ3ヶ月しか経っていないのに
その頃が、物凄く懐かしいように思えた。

白磁の肌に指を滑らす。
俺は目を細める。
手袋が邪魔だ。

もう、脱ぐ気力もないけれど。



「…ディア…っか・・・!」


イザークが俺の手の上に彼の震えるそれを重ねる。
スイッチが入ったように、ボロボロと彼の目から雫が零れた。
泣かないって言ったくせに。
そう言おうと思ったのに、舌がもつれて動かなかった。

だから俺は、精一杯口の端を上げた。

段々腕も痺れてくる。
力の無くなりかけた俺の手を、イザークが握り締めた。

これだけは言いたい。
これだけいえれば、もうどうなってもいいから。


全身が鉛みたいだ。
血の味のする咥内。
必死で舌を持ち上げる。
声をふりしぼって、俺は言った。



「…ありがとう」





霞んでいく世界の中で、最期に見えたのがお前でよかった。
お前が無事で

お前を『守れて』
本当によかった





イザークが口を動かした。


でももう何も聞こえない。


俺の目はまだ開いている?









ねぇ、イザーク









でもどうか



そんな顔は。




































■…だったらどうしよう!!!!!(自分で書いておいて)

と、最終回直前に自分虐めとして日記に書いていた色黒死にネタ。
ディアイザぽいですが、いつものごとく気分だけはイザッカで(笑)

なんかね…るいるさんが某所の噂の一つに
白黒のどっちかが相手を庇って被弾!
半身不全か死亡!てのがあるよ☆とか言うもんですから。
絶望気分を味わう前に、自分で落とすとこまで落としとこうかな♪っと…(マゾがいる)
勢いで種まで割らせてみました。

結局はネタですんでよかったです…!
ああもう本当踊らされました!(笑)