むかしむかしの その昔・・・
メルギトスという、それはそれは狡賢い悪魔がおりました。
メルギトスは嘘をつくのが何より大好きで
人間を騙したり、困らせたりしてはそのたびに大喜びしていました。
けれどもメルギトスと人間は住む世界が違うので、そうそういつも一緒にいられるわけではありません。
メルギトスは考えました。
“どうしたら好きなだけ人間と遊ぶことができるだろう?”
考えて考えて
そしてとうとうメルギトスは思いつきました。
“そうだ、私が人間の世界で暮らせばいいんだ”
しかし、そうするためには色々準備が必要です。
そこでメルギトスは―――・・・


ねがい


「もっと強大な力が欲しくはありませんか?クレスメントのお嬢さん」

その『クレスメントのお嬢さん』と呼ばれた少女は酷く驚いていた。
無理もない。
時計の針は既に深夜を廻り、玄関の鍵はおろか 部屋の鍵さえもしっかりかけておいたにも関わらず
突如として自分の目の前に、痩身の美しい青年が立っていたのだから。
しかし、少女はすぐに落ち着きを取り戻し、私に冷たい一言を投げかけた。

「・・・私に何か用?悪魔さん」

彼女の視線の先――私の背には、蝙蝠のそれに似た大きな漆黒の羽が生えていた。
全ての悪魔がそうではないが、私のように位の高い『者』なら、人間の部屋に忍び込むことなぞ
造作もないことを彼女は知っているのだろう。

(思ったよりも聡明だったな…)

そう思ってから私は人当たりの良い笑みを浮かべ、もう一度繰り返す。
「ですから、貴女がもっと強い魔力が欲しくないかどうかお尋ねしているんですよ。お嬢さん」
その言葉に、少女は綺麗な形にそろえられている眉をひそめる。
「・・・何故そんなことを」
「訊くのかと?」
言葉の先を取られ、少女はまた不機嫌そうな顔をするが 私はかまわず続ける。
「周囲の召喚師達に『平民どもと変わらない』と馬鹿にされている一族のために
日夜こんな研究室にこもって、休まず研究を続けている貴女が可哀想になったのですよ」
大げさな素振りで肩をすくめながら少女を見ると、彼女は目を見開いて真っ赤になっている。
何でそんなこと知っているのかという驚愕と
プライベートを侵されたという怒りとで。
それを見て、意地悪くにやりと笑ってやる。
「・・・と、いうのでは答えになりませんか?」
「ならないわ」
少女はギラギラとして目で私を睨みつけながら言い捨てた。
おお、怖い怖い。
女のヒステリーが一番恐ろしいですねぇ なんて心の隅でせせら笑って。

「冗談はそのくらいにしまして、まあ簡単なことでしょう?」
私はわざとらしい猫撫ぜ声を出す。

「ここで私に『ネガイゴト』をして、その者たちを見返したくありませんか?」

三度目の問い。
暫くその場を静寂が支配した。
長い思案の後、少女は短い髪をゆっくりと掻き揚げながら言った。
「・・・それで?貴女は何が望みなの?」
その顔には さっきまでの怒りや困惑など微塵もなかった。
「話が早くて助かりますよ」
嫌味ではなく、本心からそう言った。

悪魔が人間の前に姿を現し、何か願いを聞くというときは それ相応の見返りを求める時だ。

それは契約。
互いが与え合い、幸福になるという誓い
共に堕落し、共犯となるという誓い

確かにたまにそれを求めぬ悪魔も居る。
しかし私に云わせれば、ソンナモノ悪魔ではない。
悪魔は利己主義で、計算高いモノなのだから。

「私がいつでもリィンバウムに行き来できるよう、祭壇を建てていただきたいのです」
それが私の『契約』だった。

「わかったわ、商談成立よ」

口元に笑みを浮かべ、少女が手を差し伸べて握手を求める。
手をとれば、心地の良い慢心と強欲と…エゴイズムの感情が伝わってきた。
これから約束された、輝かしい未来への。

「ありがとうございますお嬢さん。私の名はメルギトスですよ」
「よろしく、メルギトス」
そして少女は思い出したように付け加える。

「それから、『お嬢さん』はやめてくれる?」

少女は笑う。

「私の名前は―――よ」


むかしむかしのその昔・・・

今ではもう
少女の名前も思い出せない。



END・・・?

■あー・・ちゃんと書き取っとけばよかったなぁ、レイムの台詞。
好きなんだけどうろ覚えって良くないです。

宿業EDの話をみて思いつき。
完全創作ですよ。ごめんなさい。
私設定ではこのお嬢さん、トリスとそっくりってことで!


そして一人の愚者により犯されし過ちは
呪詛のごとく現世の子らに還らんと