変わることのない、単調な窓の外を見やる。
あるのはゾッとするようなの昏い闇で、星の瞬きなんて昔想像していたほどは見えない。
「・・・キラ」
その闇に吸い込まれる名前。
・・・やっと、出会えたのに。
もう決して離れない、と心に決めたのに。
それなのに自分は放してしまった。
やっと繋ぐことのできた、彼との接点を。
『――嫌だ!ザフトの艦になんか行くもんかっ!』

ダン
窓ガラスに映る自分の鏡像に向かって拳を振るう。
ジンジンと指が痛んだが、それでも胸を締め付けるモノからは逃れられない。
混線の中聴こえた懐かしい声。
その声で叫ばれた、辛い言葉。
耳に残る残酷な響き。
身体の痛みで心の苦しみを相殺できたらいいのに。
そんな馬鹿なことを考えて 自嘲した。

「・・・あれぇ?アスランじゃん」

フイにその場にそぐわない軽い声が聞こえた。
驚いて見上げると、見知った顔がこちらを見ていた。
燃え上がるような金髪。褐色の肌。ラヴェンダー色をしたややタレがちの眼。
「・・・・ディアッカ」
小さく呟く。少し気まずい思いをしながら。
「どうしたの?こんな時間に・・・」
言いかけてから急に彼の動きが止まる。そして
「・・・あー、そうか。この際アスランでも良いや。いやちょうど良かった」
「・・・何がだ?」
急に一人で納得したディアッカに怪訝な顔を向ける。・・・『この際』とか称されたのが気になる。
「ん、イヤちょっと頼みごとがあるんだけどさ〜アスラン」
「・・・なんだ?」
返事をすると、相手は口の端を歪めて言う。
「今夜ちょっとアンタの部屋に泊めて欲しいんだけど」
「・・・・・・・・・」
「・・・そこまで嫌な顔しなくったっていいだろ・・・・」
指摘されて初めて、俺は自分の眉間に盛大に皺がよっていることに気付いた。



「なんかさーイザークがすんごく機嫌悪くてさぁ、んで急に怒って俺のこと閉め出しやがったわけ。
ま、アイツの癇癪持ちにももう慣れたからイイんだけどね。それにしたって酷くない?俺だってさっきの戦闘で疲れてんのにさ。
仕方ないからいつもみたくニコルんとこ泊めて貰おうと思ったんだけどアイツの部屋って遠いじゃん?棟も違ってさ。
そんでかったりーなぁって思ってたとこにアンタがいたわけ。や、ホント助かったぜ。サンキュ」
「・・・・・・ああ」
ペラペラとよく喋る同僚に俺は曖昧に頷いた。
あの後、なんだかんだで巧く丸め込まれて、結局俺の部屋に2人でいる。
なんだか10年前からこの部屋の住人だったみたいにディアッカはラスティのベッドの上でくつろいでいる。
さりげなく飲み物まで催促されてしまい、俺は聞えないように嘆息しながらコーヒーを淹れた。

正直、俺は彼が苦手だ。
いつも彼と一緒にいるイザークが俺をライバル視しているせいか(はたまた、ただ単に面白がってノってきているのか)、ディアッカもよく俺に向かって辛辣な言葉を吐く。
今日の作戦後もイザークの肩を持ち、皮肉を言われたし。(アレは自分が悪かったと自覚はしているけれど)
でも彼がいないときは普通に話しかけてくることも有る。イザークほどこだわっている感はない…のかもしれない。
もともとニヒルでシニカルなのかもしれないが。
何を考えているか解らないところも苦手だ。
キラもいきなり考えていることが飛ぶ特殊な頭脳の持ち主で、一度脳味噌をかっ開いて中身見てみたいと思うことが何度もあったが、彼のはまた質の違う訳の解らなさを持っている。
本心、もしかしたら本性も見せないような、いつでも哂っているポーカーフェイス。
『気味が悪い』というのが一番適切なんだろうか?・・・それはそれで失礼な気がするが。
何に執着するふうでもなく、何に拘束されるでもない。


「・・・ねぇ、アスラン?」
いつの間にか相手は話をやめてこちらを見ていた。
「訊きたいことがあるんだけどイイ?」
紫苑の片目を猫のように細めて問われる。
「…答えられることなら」
ストローつきのカップを渡しながら応える。
断ったところでまたさっきのように軽くあしらわれるのは目に見えている。
俺の答えにクスッとディアッカは哂った。いつもの、本心の見えない含み笑い。
この笑い方は嫌いだ。
眉をひそめた俺に「悪い悪い」と取り成すように謝ってから向き直って彼は尋ねた。

「…『キラ』って誰?」




心臓が 止まるかと思った。

「……っ」
思わず言葉に詰まる。
口をつけようとしたカップが、無重力にしたがってゆっくり力の抜けた手から逃れた。
「ストライクのパイロットがコーディネーターなんて知らなかったよ、俺」
「・・・・っどうしてキラのこと・・・!」
唸る俺を見てまたディアッカはさも可笑しそうに笑む。
「カマかけただけだったんだけど ビンゴ?でもあんだけ戦闘中に名前くらい呼んでりゃ覚えるさ」
「・・・・・・・・!」
そうだ。
先程の戦闘でキラと接触した際、なんども彼に向かって叫んだ。
混線していたから俺たちの会話が聞かれたのかもしれない。
「・・・・・そう・・・・か・・・」
ソファーに糸が切れたように深く座りこむ。
「ま、イザークはあの調子じゃ気付いてないけどネ。アイツ馬鹿だから」
いつまでもナチュラルにやられた!とか言ってるし。でもニコルは微妙かも、と呟く彼をぼんやり見やる。
別に隠していたわけではないけれど。
ばれる、となると 何かとてもそれを秘密にしていなければならなかった気がする。
・・・ましてや今の彼と自分は敵同士なのだから。
俺は無意識に顔を両手で覆った。

「・・・友達・・・なんだ」

ふと言葉が漏れていた。
興味深そうにディアッカがこっちをみる。
「昔から・・・・4歳ごろから一緒に生活して・・・。ずっと一緒だと思って・・・
でも戦争が始まりそうだからってうちが引っ越すことになって・・・まさか、そのまま敵になるなんて・・・思いもよらなくて・・・」
「でもコーディネーターなんでしょ?『キラ』って」
指の隙間から彼を睨む。
かまわずディアッカは腕を組んで言う。
「なんで『コーディネーター』がナチュラルの味方なんかしなきゃならないの?」
「・・・知るもんか!」
思わず語調が荒くなる。
胸の奥になにか詰まって、ムカムカ胃を圧迫する。
不快。
彼の言葉への?知らないことへの?キラへの?
固く、瞳を閉じる。

瞼の裏に浮かぶ優しいキラの顔。
笑い、驚き、悲しみ、怒る さまざまな表情や仕種。
思い出すだけでこんなに胸が熱い。
きっとお前は
例え戦闘の途中でさえ、残酷な言葉でさえ、誰でもないお前の声が聴けたことに
どれほど俺が胸を震わせたか、知らないだろう?
その反面、お前の悲しみがどれほど俺を傷つける刃となったか
全然、知らないんだろう?

ない交ぜになって混乱する感情を吐き出すように、深くうなだれてもう一度言葉を紡ぐ。
「・・・・・・知るもんか・・・・」
同じ言葉の筈なのに、今度のは笑ってしまう程弱々しい声だった。

ギ、とソファーが揺れるのを感じた。
目を開けると、ディアッカが隣に座っていた。
彼は笑った。
「アンタ、、そのキラってヤツのトコ大好きなんだねぇ」
茶化すような口調。
しかし、今まで見たことないくらい 優しくて
そして、哀しそうな目。
何か言おう。
そう直感的に思ったが、言葉が零れる前に大きな手が伸びてきて
クシャリ、と俺の髪を混ぜた。
ひたすらに頭をなでるその手つきがあまりに優しくて、俺はその動きに身を任せたまま もう一度顔を伏せ

少し、泣いた。

「・・・ディアッカは・・・イザークと幼馴染なんだろう?」
電気は既に消えていて、お互いに別々のベッドに寝転がりながら問いかける。
もう最後の言葉を発してから大分時間がたってたけど、まだなんとなく起きてるんじゃないか、と思ったから。
「うん。すごい腐れ縁だけど」
案の定すこし眠そうな答えが返ってきて、俺は天井を見つめたまま微かに笑んだ。
「イザークのことは大切か?」
再び問うと、すこし間が空いてから布団越しに声が聞こえた。
「・・・・うーん・・・ま、他のヤツより優先するくらいには大切なんじゃない?」
今のところ一番、と小さく呟かれるのが聴こえ、思わず苦笑する。
そして一番訊きたかったことを、俺は搾り出すように尋ねた。

「ディアッカはもし・・・イザークと戦うことになったらどうする?」

耳を澄ます。
天井は見つめたまま。
上手く平静を装えたか、気にかけながら。
身体を動かしていない分、自分の血流を感じる。

ディアッカは静かに答えた。


「・・・・その時はそのときになったら考えるよ」


きっといつもの表情。
あの笑ったままのポーカーフェイス。
でもなんだか
このときばかりは痛いほど彼の気持ちが解って。

「・・・そうだな」
相槌を打つ。
それから誤魔化すように
「冷たいヤツだな」
と言ってやる。
すると
「そうそう、俺ってば冷血男だから」
笑いを含んだ声。
ひとしきり2人で笑ってから、どちらともなく「お休み」と言った。

暫らくして来客の安らかな寝息が聴こえてきた。
俺もゆっくりと目を閉じる。

ずいぶんと優しく温かい
『冷血』もあったものだと思いながら。



「・・・アンタって目覚ましかけないの?」
「うるさい!いつもは自然に普通に一時間前には目が覚めるんだ!」
「でも会議まで後10分じゃない。立派な寝坊だよ」
「昨日遅くまでお前と話していたからだ!」
「お寝坊アスラ〜ン♪」
「うるさい!!」
なんてことだ。寝過ごして朝食を食いはぐれるなんて一体何年ぶりだろう。
朝パチリ、と覚醒して時計を見て、昨日とは別の意味で心臓が止まるかと思った。
激しく口げんかをしながら急いで身支度を整える。
口は忙しく受け答えしながらも、器用に間違えることなく手は動いていく。
こんなとき心底コーディネーターで良かったと思う。

「あら、可愛くないなぁ。アンタ昨晩あーんなに可愛らしく泣いてたのにさぁ」
軽い音を立ててドアが開く瞬間、クスクス笑いながらディアッカが言った。
「な!い、言うな!」
俺は激しく反論した。
今思い出しても顔から火が出そうだ。
そうだ、昨晩はどうかしていたんだ。そう思い込もう。
ニヤニヤと楽しそうに笑う相手を見て絶対に今後このようなことがないように、と心に固く誓う。

するとそのとき
「・・・げ」
急にディアッカが視線を固定させたまま顔を引きつらせた。
その方向に俺も視線をめぐらせて
「・・・・・・・・・げ」
同じ台詞を呟いた。
そこには
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どういうことだ・・・・今のは・・・・・!」
唇と、白くなるまで握り締められたコブシをわななかせる青年が一人。
いつもは色が白く端正な顔は、いまやその面影を残さないほどに真っ赤に、そして悪鬼のような形相で。
顔を引きつらせたままディアッカがその相手に呼びかける。
「・・・イザー・・・」
「・・・・・・・どうして貴様がこの男の部屋から出てくるんだ・・・・!!!」
取り繕おうとしたらしいディアッカの必死の努力も空しく、地を這うような声に遮られる。
ツカツカとワザと硬い音を立てて俺達のほうに寄ってきて、イザークはギロ!と擬音がしそうなほどに俺をにらんで言った。

「・・・・・・・アスラン、貴様・・・・・・・覚えていろ・・・・!!」

何故俺。
ツッコム暇もなく、今度はイザークはディアッカのほうを振り向く。
ディアッカの肩が面白いくらいに強張った。
そしてもう一度呪詛を含んだイザークの声。
「ディアッカ。今夜はお仕置きだ」

ヒクっと凍りつく俺とディアッカ。
満足したのか、そのまま彼は俺達の真ん中を割くようにしてドカドカと足音も荒く歩いていった。

呆然と遠くなっていく彼の後姿を見送った後、お互いに顔を見合わせる。
そして乾いた笑いを交し合った後、2人で肺の空気を出し尽くすまでため息をついた。

とりあえず俺は
これから確実に強くなると予想される銀色の風当たりに
うんざりと額を押さえたのだった。


終。



■ははは!なんで最初と最後がギャグなのかしら!(爽)
本当はもっと色黒が鬼畜で短い話の予定だったのになぁ・・・

これがイザークさんのアスラン敵対視の理由のひとつなんですよ(大嘘)
アスランとディアッカのコンビはなんだか普通に友情臭くて好きです。うっふふ。
でもアスキラだったはずなのになんだかディアス!(笑)ディア→アスってとこかしら!
アスランは弱肉強食ピラミッドでキラの次に下層だと思ってます(ちなみに頂点はフラガと黒にコルとラクス←え)
つーか『さも可笑しそうに』というふうに打とうとしたら一発変換が『犯しそうに』だった。
うちのディア兄さんどんな感じよ・・・!(笑)