キスをして
抱きしめて

それで終わり。


『×××』



「おい」
不意の呼びかけに熱中していた本から顔を上げて、ギョッとする。
アクアマリンの瞳。
それが後5センチ、というような至近距離できつくこちらを見据えていた。
「…何?イザーク」
何を言いたいのかなんて判ってるけど。
せっかくのクライマックスから引き離されてちょっとムッとしたからワザと訊く。
…そんな事間違ったって口には出さないし、読みかけのハードカバーの本は腰掛けたソファーにきちんと置くけど。
話をするとき、きちんと彼を見ていないと怒り狂う、ということも長年のお守りのおかげでよーっく知ってるから。
とりあえず興味の対象が自分に移ったことが満足なのか、ほんの少し表情を和らげイザークが宣言する。
…いや、命令する。
「退屈だ。遊べ、ディアッカ」
やっぱり、と胸中でため息をついて
俺は読書の続きを諦めた。

   キスをする。
   お互いの色素の違う 瞼や首筋や手や髪
   そして唇に。
   お互いの体をまさぐって
   それ以上は求めずに。

それがイザークの求める『遊び』だった。

彼とのこんな奇妙な関係が始まったのはいったいいつの頃だったろう。
きっかけが何だったかも思い出せない。
ただ、イザークが提案してきた、ということだけは覚えている。
もともと寂しがり屋のかまわれたがりで、その上独占欲も人一倍強いこの少年は、昔からよく(多分)親友と呼べる間柄の俺に対し乱暴なスキンシップ(例えば殴ったり嫌がらせ)をしてきた。
後に考えれば、必要以上に母親を始めとする周囲の期待に応えようという使命感かなんかにより、抑制されたモンを全部矛先を俺に向けていたんじゃないかと思う。(こっちにしちゃとても堪ったもんじゃないが。)

それがいつからか、少しずつスキンシップの方法が変わってきた。
キスをして抱きしめる、というものに。
今のようについばむようなくすぐったいキスの時もあれば、互いを貪り尽くすような激しいモノの時もある。
この『遊び』はいつも彼の第一声から始まり、彼の意思で終わった。
本来潔癖症で通っている彼が自分にだけにこんな事をしてくれる、ということには多少の優越感があったし、何より殴られるよりかは(例え男同士だろうと)気持ちイイことの方が良いに決まっている。しかも背徳的なスリルも合わさって、この行為は別に嫌いではなかった。
そうして俺も提案されれば何の反論もなく『遊び』を行った。
しかし、どれほど気分が高揚しようと、タマっていようと、俺たちはそれ以上の行為に進むことはない。
別に口に出して取り決めたことはない。だけれどもそれ以上はなかった。
暫らくのキスの最後にお互いを強く抱きしめて
それで俺たちの過剰な『スキンシップ』は終わるのだった。


   キスをする。
   喉に、鎖骨に 噛み付くように吸い上げる。
   痛みに眉をひそめながらも、それでも静かに
   一言も睦言は囁かれず
   黙々と 『遊び』は進む。


いつか聞いた話があった。
ネズミが何らかの原因で大繁殖して、それが天敵も何もいない状況下でも自然に減っていくというモノが。
ネズミ達は一体何が作用してるのだか知らないが、まるで自分たちの数を調整しようとしてるかのように 急に交尾をしなくなるのだという。
…いや、訂正。
性格には雄同士での交尾を始めるのだ。
そうして性欲を発散させ、暫らくして数が落ち着いてくるとまた雌雄間での交尾に戻る。
理由なんて知らない。
本能に組み込まれた仕組みによってネズミ達はそう行動するのかもしれない。

(俺たちも そうなのかな)
思い出して、漠然とそう思った。
コーディネーターをネズミなんかと一緒に考える気もないし、考えられるのもごめんだけど
遺伝子を意図的に操作されていて、ナチュラルどもなんかより全然能力が優れている『俺たち』は
もしかしたらどっか生殖面で異常なところなんかがあって
もしかしたらアイジョウとかコイとか…SEXとか、普通に感じられないのかな、と。
もしかしたら目の前のこの潔癖症な少年も 俺とこんなことしてるのは
そうだからなのかな、と。

考えてちょっと悲しくなった。

ガリ
「…った!?」
想い耽っていたところにイキナリ首筋に歯を立てられて思わず声を上げる。
「手が止まっている、ディアッカ」
歯を立てた張本人はフンと鼻を鳴らさんばかりに女王然ととして不機嫌さも露わにこちらを睨んでいる。
まるで噛み付いたのは俺のほうだ、というような態度だ。
「はいはい」
怒る気も失せて、投げやりな口調になって応えると 今度は手の甲に思いっきり爪を立てられた。
「イタ!ちょ…イザーク何すんだよ!」
今度こそ本気で痛くて声を荒げてしまう。
ちくしょう、猫かこいつは。
しかしながら相手は動じず、もう一度強く見据えてきた。
「余所見をするな、物思いにも耽るな、ディアッカ」
一呼吸おいて
強い、強い言葉。


「俺といる時は 俺のことだけ考えろ」


一瞬、何を言われたか解らなくってただ馬鹿みたいに相手を見てしまった。
その言葉は
いつもの独占欲の延長線だったのかもしれないし
彼お得意の気まぐれだったのかもしれない。
でも
それを聞いた俺の胸にたっぷり3秒ほどしてから
何かがジワジワと広がってきた。
イザークの表情は変わらない。
ただ、白い頬に赤みが差したけど
そんなこと言ったら、殴られるのは目に見えている。

なによりきっと俺の顔もいつもより赤い。

「…了解、イザーク閣下。」
「忘れるなよ。ってか何だそれ」

照れ隠しをするようにお互い吹き出し、軽口を2、3交わす。
イザークが俺の背にゆっくりと手を這わせ、ゆっくりと終わりを知らせた。
俺もしっかりと、相手の身体の形を確かめるように抱きしめた。
彼の腕が いつもより力を込めてることに気づかない振りをしながら。


   今はこれで終わり。
   彼の真意もわからない。
   ジワジワしたものが何かも知らない。

   ただ今日の小さな会話が
   この先の二人を変えていく予感だけを
   淡く胸に秘めながら

   今日もまた

   キスをする。











■どっちが受けだか…(大笑)
いいんです。私はプラトニックなイザッカスキーなんですから!
思いつきは怒涛だったのに難産でうっかり水子に為るかと思いました。ディアの口調わかんないです…カマってことし(以下略)
ネズミの話は本当だった
はず(・・・)何かで読んだことあるんですが何の経緯で読むことになったかは不明です(笑)
そしてうっかりディアさん遺伝子論を深読みすると

コーディネーターは全員ホモってことになります。
きっと二世代目から危ないと思います。(例:A.Z氏、N.A氏)
うわぁ!出生率低下の意外な真相、恐るべし遺伝子操作…コーディネーター!!!(綺麗に終れよ!!!)