| Gifu長楽寺のイチョウ |
| 所在地 岐阜県中津川市阿木(あぎ)5864−3 交通機関 明知鉄道・阿木駅 徒歩 30分 駐車場 スペースあり Link |
| 木の保護資金に化成肥料の無人販売 100円で |
| 長楽寺大銀杏について 長楽寺大銀杏の樹齢はおよそ1100年と言われています。昔より銀杏の葉は薬用として用いられ種子はギンナンで食用に愛されています。 銀杏は雄木と雌木がありますが長楽寺の大銀杏は雄木なので実はつきません。 地上約3bのところから幹が4本に分かれ、太い所は周囲が4bあります。 樹の高さは30bを超え、幹の周囲は9bもあり昭和42年に岐阜県の天然記念物に指定されました。この大銀杏は幹の途中で大木の部分と、そこから生えた幹の部分とにわかれています。 いまから約250年前、阿木川に架けられた橋が流失したため幹の途中で切り落としては橋桁に使用し、その切り口には腐らないように炭火を焚いて切り口を焦がしたとの言い伝えがあります。 今から約450年前、甲斐の武田勝頼軍が岩村城主 森蘭丸を攻めた時、迎え撃った織田信長軍に敗れて敗走する折 長楽寺を焼き払ったため、 その時の大火で大銀杏が焼け焦げたという跡が残っています。 このように大火や風雪に耐え、地域の歴史を静かに見つめてきた大銀杏を後世に残していくことが私たち地域住民の務めであり希望です。 平成22年 大根木地区 住民一同 長楽寺の由来について 長楽寺は今から約1280年前(弘仁年間)三諦上人というお坊さんが仏法僧と鳴く鳥を訪ねてこの地にやって来た時に不思議な十一面観音と出会い、この地に寺院を建て開基したという、 言い伝えのある天台宗のお寺です。その後本堂を中心に大鐘楼など多くの伽藍が建てられ寺院は栄えて壮大を極めました。 その様子は木版画に残されているように大変立派で、梅本坊や左大坊など各地に十二坊も建てられました。 今から約450年前の永禄年間に武田信玄、天正三年に武田勝頼軍の二度に亘って攻められ寺院のほとんどが焼き尽くされましたが、その大火にもかかわらず長楽寺の大銀杏は生き続け、 現在に至っています。その後、住職と村人達によって本堂が再建され十一面観音様をお守りして現在に至っています。 (現在の本堂は老朽化により昭和五十二年に二宮三郎様と地元の住民の協力で立て直しされました。) 平成二十二年二月 |