ぐんま 神光寺の大カヤ
群馬県指定天然記念樹
じんこうじ
 所在地 群馬県邑楽郡邑楽町大字中野3015-06 神光寺 
 交通機関 東武小泉線・本中野駅 徒歩15分
 駐車場 あり
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2012.8.16
  神光寺の大カヤ       県指定天然記念物        指定 昭和五十四年十月二日
 文永二年(1265)、新田氏の一族である
大島時継の次男景継が、この地に中野館を構築した。その中野館の名残がこの大カヤであるといわれる。
 中野館は戦国時代、中野城に改修されたが、天正十八年(1590)、
豊臣秀吉の関東平定によって廃城となった。
 江戸時代に入って寛永二年(1625)、前原にあった中野山善正寺を中野城の本丸跡に移したのが現在の神光寺である。
 このカヤは推定樹齢約七百五十年、樹高21メートル、根回り15メートル、目通り周5.6メートル、枝張り東西20メートル、南北23メートルあり、
 地上六メートルのところで20枝に分かれている。
 永い歴史の風雪に耐えた樹容は壮観であり、邑楽地方における代表的な巨樹に数えられる。 平成五年十月 群馬県教育委員会
  中野城跡                                     所在 邑楽町大字中野字元宿地内      
中野城は鎌倉中期の文永二年(1265)新田義重の子孫、中野景継によって築城され以後同氏の居城となった。
景継の子
藤内左衛門が延元三年(1338)越前国(福井県)藤島において、主君新田義貞とともに戦死したため、築城後七十三年にして廃城となった。
戦国時代の永禄年間(1558−70)小泉城主富岡氏配下の
宝田和泉守は、中野氏の故城を修築本拠としたが、天正十八年(1590)廃城となった。
遺構は寺院境内を含めて、東西110m、南北140mに及ぶといわれ、わずかに南北に累濠跡を確認でき、その規模から中世の館跡とも考えられる。                                                  昭和五十九年三月  邑楽町教育委員会
神光寺の大カヤ