

| 所在地 山形県東村山郡中山町達磨寺2580 お達磨の 桜公園 交通機関 フルーツライン左沢線・羽前金沢駅 徒歩40分 駐車場 あり |
2014.04.22
| 満開 エドヒガン 樹齢700年 すばらしい 見事な公園。 ここは達磨寺が在ったところ。 移動した達磨寺にもいってみた 地震被害にあっていた。 |





| 生き達磨 昔、達磨寺村の名主市兵衛(史実では助左右衛門)のもとに見窄らしい僧が訪れた。心をこめてもてなしたが、その晩急に苦しみだし 「須川のほとりの桜の根元に埋め三十五日たったら掘り出してくれ」と言い残して息を引き取った。村人たちは手厚くほうむり、 遺言どおりに掘り返してみると芦の葉に身を託し、波濤を一気に乗り切ろうとしている「渡海達磨図」の掛け軸が一幅出てきた。 村人たちはありがたくまつっていたが、表具がいたんだので、修理に出すことになった。完成したとの知らせに、わざわざ都まで やってきた市兵衛は、表具師に同じ図柄の掛け軸を六本も並べてみせられ、ほとほと困り果ててしまった。宿に帰った市兵衛は、 床の中で「笹の葉で目をこすってくれ」とのお告げを聞く。翌日その通りにすると一幅だけがパチパチとまばたきをした。 それを持ち帰り、達磨大師の化身「生き達磨」とあがめ奉るようになったという。 中山町教育委員会 |


| 中山町の伝説 つんぷくだるま むかし、達磨寺の村とお寺が須川べりにあったころ、”達磨さま”は桜の下にまつられていた。村の子供達はいつも”達磨さま”のまわりで遊んでいたが、 ある時、須川に浮かべて遊んだまま帰ってしまった。”達磨さま”は「つんぷく、つんぷく」と酒田の河口まで流れつき、子供達が拾って遊んでいた。 それを庄屋が見つけて大切に祀っていた。 ある時夢枕に”達磨さま”が現れ、「わしは最上川のずーっと上流の彼岸桜のそばの寺の達磨だ。 村では今悪いはやり病で皆困っている。わしを元の村へつれていってくれい」 というのだった。 不思議な夢に庄屋は早速”達磨さま”を背負い最上川を上り、たずねたずねて須川をたどり、彼岸桜のある寺を見つけた。 村では、”達磨さま”が戻ってきたので大喜びで、早速村あげて祈願したところ、はやり病はたちまちにしておさまり、以前にもまして、豊かな村になったという。 それから”達磨さま”は「つんぷくだるま」と愛称されるようになった。 少林山 達磨寺 |
