| 板碑 [いたび] (台東区有形文化財) 死者の菩提を弔うため、あるいは生前に自らの死後に備えて供養を行う(逆修「ぎゃくしゅう」という) ために建立した、塔婆の一種。 板石塔婆「いたいし」・青石塔婆「あおいし」ともいう。関東地方では、秩父地方産の緑泥変岩「りょくでいへんがん」を用い、 鎌倉時代から室町時代まで盛んに造られた。頂上を山形にし、その下に二段の切り込み(二条線)を造る。 身部には供養の対象となる本尊を、仏像、または梵字の種子「しゅじ」(阿弥陀如来の種子[キリーク]が多い)で表し、碑文・年号等を刻んだ。 −−−−−− 種子[しゅじ]: 梵字「ぼんじ」の事を 悉曇「しっだんsiddham」または 種子「しゅじ」(種字)とも言い、 曼陀羅「まんだら」を文字で表現したものが種子曼荼羅です。すなわち各々の仏・菩薩を表示した文字なのです。 その中で生まれ年(干支)によってきまる守護尊を表したものが守護梵字です。 阿弥陀如来の種子 はキリークといいます。Link−−−−−−− 長安寺には鎌倉時代の板碑三基・室町時代の板碑一基がある。 一、建治二年(1276)四月 円内にキリーク種子を刻む。 二、弘安八年(1285)八月 上部にキリーク種子を刻む。 三、正安二年(1300)二月 『比丘尼妙阿』と刻む。 四、応永三年(1396)正月 上部に阿弥陀三尊の種子を刻む。 { 阿弥陀如来の種子は ・サク }*挿入shimasan長安寺の開基は、寛文九年(1669)とされ、同寺に残る板碑は、開基をさかのぼることおよそ400年も前である。 長安寺開基以前、この地には真言宗の寺があったと伝えられ、これらの板碑と何らかの関連があったと思われる。 平成三年台東区有形文化財として区民文化財台帳に登録された。 平成八年七月 台東区教育委員会 「案内板より」 |
| Tokyo長安寺 |
| 所在地 東京都台東区谷中5−2−22 交通機関 JR線・日暮里駅 徒歩8分 駐車場 なし Link 2010.01.26 |



狩野芳崖墓 妻ヨシとともに眠る
