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 ふくしま高瀬の大木(ケヤキ)
国指定天然記念樹
たかせ
  所在地  福島県会津若松市~指町高瀬 ~指城跡(こうざし)
 交通機関 JR磐越西線・会津若松駅 徒歩50分
 駐車場 なし  西側に広場(工事中?)
 Link                        2012.04.13 
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~指城趾 
~指城は、蒲生秀行が宇都宮に移封となった後、慶長3年(1598)に会津の領主となった上杉景勝が、重臣の直江兼続に命じて築城させた城です。
慶長5年(1600)3月から工事が開始され、同年6月には一応形が整ったと言われています。縄張りは、本城と二の丸からなる輪郭式の平城で、それぞれ壕と土塁が取り囲む構造となっています。
このような縄張りを持つ城は、身近なところでは山形県の米沢城が代表的です。面積は、本丸だけでも約56.000u、二の丸を含む全域では約500.000uもあり、若松城を遙かに凌ぐ規模の壮大な城でした。
現在のこの場所は二の丸土塁の北東側にあたります。当時この地が城郭建設地として選ばれたのは、若松城が会津盆地の東南隅に位置することから 城や城下町の拡張が難しかったのに対し、
ここが盆地の中心で平坦なため、築城地として適していたと考えられています。
しかし、築城半ばであった~指城も、徳川家康による会津征伐の情報を得るなどの情勢の変化により工事は中止されます。そして、関ヶ原の合戦後の慶長6年(1601)には上杉家は米沢30万石に転封となり、
~指城は完成をみないままは廃城となりました。 このように、築城時期と廃城時期が特定できる城郭として貴重な存在となっています。
 高瀬の大木(ケヤキ)  国指定天然記念樹    
 会津若松市~指町高瀬 ~指城跡(こうざしじょうあと)にある。25年度NHK大河ドラマ「八重の桜」決定で、観光客増を見込み周りに木道を整備しました。
 慶長年間に上杉景勝が築城した~指城跡の東北隅の土塁上にある。築城前からすでに大木であったことが知られ、根元の周囲12.55b、目通り周囲10.45b、
 樹高24.64bある。大枝の折損が相次ぎ、幹部に亀裂が生じてきたが、樹姿はなお堂々としてすぐれ、ケヤキの巨樹として有数のものである。