神経を刺激する

今回は、昨年受講させていただいた日本サッカー協会公認少年少女サッカー指導員の講習会の中で勉強した、「子どもの発育発達と一貫指導」に関する講義内容を振り返り紹介するとともに、少年少女サッカーの指導について最近考えていることを書いてみたいと思います。

     スキャモンの発育発達曲線

サッカー指導者の間では有名なスキャモンの発育発達曲線ですが、コーチにならなければ一生知ることもなかったと思います。1930年にスキャモンという学者によって発表されたといいますから、今から70年余も前の研究成果が現在の少年少女サッカー指導法の理論的根拠となっているということですね。

スキャモンの発育発達曲線は、ヒトの成長を一般系(骨や筋肉の発達)、神経系、リンパ系、生殖系の4つに分類し、これらはヒトが大人になるまでの間に一様に成長するわけではない、それぞれ発達する時期が違うということを表したものです。(詳細は各種ホームページ等でご確認下さい。Googleへ。)

スキャモンの4類型のうち、運動能力の習得には神経系と一般系の発達が関係してきます。神経系は9歳頃()までにほぼ完成に近づくとされていますので、9歳頃から第2次性徴で一時的にホルモンバランスが崩れる時期までの間は、「巧みな動き」「すばしっこさ」といった能力を身につけるのに最も適した時期(ゴールデンエイジ)となります。この時期に向け、9歳頃までの時期(プレ・ゴールデンエイジ)には様々な運動を経験することで神経を刺激し、神経回路を開いておくことが大切だとも言われています。一方、一般系(骨や筋肉の発達)は第2次性徴の頃(成長期)に発達していきます。いわゆる筋力トレーニングや持久力トレーニングは、この一般系の発達を待って行われる必要があります。従って、小学生年代での筋力トレーニングや持久力トレーニングは、全くナンセンスということになります。

     もちろんヒトの成長には個人差がありますので、9歳頃より早い人も遅い人もいます。

□脳・神経系の可塑性

次に脳・神経系の可塑性について考えてみます。指導者講習会のテキストには、脳・神経系の可塑性は幼少期が最大で大人になるに連れて低下してくると記されています。この脳・神経系の可塑性とは何か?「可塑(かそ)」という言葉は辞書を引いてみると「変形しやすい性質。外力を取り去っても歪み(ひずみ)が残り、変形する現象。」(広辞苑第4版)と出ています。子どもたちの脳は「可塑」性が高いので、一度受けた刺激は脳に刻み込まれて忘れないが、大人の脳は「可塑」性が低いために何回刺激を受けても脳に刻まれにくいということのようです。簡単に言えば子どもの頃に自転車に乗ることを覚えた人は一生忘れないが、大人になって練習した人はなかなか乗れないし、乗れたとしてもその能力を一生維持できないというようなことでしょうか。

□ゴールデンエイジとプレ・ゴールデンエイジ

9歳頃から第2次性徴を迎える12〜13歳頃(もちろん先述の通り個人差大)の間は、神経系が完成に近づくことにより様々な動きを即座に実現できるようになる一方、脳の可塑性も高い水準にあるため、この時期に習得した動き(技術)は脳に深く刻まれ、一生失うことのない財産となるのです。こうしたことからこの年代は「ゴールデンエイジ」と呼ばれ、この時期にサッカーに必要とされる様々な技術を習得することが望まれています。パワーやスピードは必要ありません。ターンやフェイント、様々なキックやストップ等を練習により身につけ、次の年代につなげていくことが必要です。

ゴールデンエイジの前の年代は、「プレ・ゴールデンエイジ」と呼ばれており、最近はこの年代の育成が注目を集めているように思います。日本サッカー協会では昨年、9歳以下よりさらに小さい6歳以下の年代に関し、「JFAキッズ(U−6)ハンドブック」を公表しました。このハンドブックの中にも、「いろいろな運動にチャレンジすることが、脳の発達を活発にする、・・・サッカーだけにこだわらず、ほかのいろいろなことにも積極的にチャレンジすべき」と記されています。来るべき「ゴールデンエイジ」に向けて、さまざまな運動により脳の発達を活発にすることが、ゴールデンエイジでの運動能力習得をより実りあるものにしていくのだと思います。

     神経を刺激する

人間の脳には約1,000億個の神経細胞(ニューロン)があると言われています。この神経細胞同士は複雑に結びついており、その接合部はシナプスと呼ばれています。人間の脳は刺激を受けることによって、シナプスを増やし神経細胞間のつながりをより複雑化・高度化していきます。そして複雑で高度な結びつきを持った神経(脳)の働きにより、人間の「考える力」も「運動する能力」もより複雑で高度な領域に達することができるのだと思います。

少々大げさで極端かもしれませんが、小学生のサッカーでは神経を刺激してシナプスを増やしてあげられるようなトレーニングの実施が最も重要なことなのではないかと考えています。

私自身の経験として、3年前の2学期から1年生の担当コーチとなり3年間一緒にサッカーをしてきた子たちが今は4年生になっています。これまでの3年間を振り返ると、「この子はもう神経系完成したな」と思うときがありました。個人差はありますが、概して言えば3年生のときに変化が現れはじめるのかなと思います。具体的には、「シザーズ」「ステップオーバー」「クライフターン」などといった少し複雑な動きを伴うフェイントやターンの練習をほぼ毎回の練習で実施してきましたが、3年生になってこういったテクニックを実戦で切れ味鋭く使える子が現れてきました。それからやはり継続課題としてリフティングに取り組んできましたが、多くの子が3年生の1年間で自己記録を急激に伸ばしています。

これは3年生(9歳)頃に神経系がほぼ完成し、頭で考えたこと、イメージしたことを、身体がその通りに実現できるようになってきたということだと思いますが、やはりそれまでに出来なくても出来るようにしようと努力してきた積み重ね、頭では分かっているんだけど思うように動かない身体を何とか動かそうと何回もチャレンジしてきたことが、脳・神経系への刺激となりシナプスが増えたことで、脳・神経系の一層の高度化が進んだ結果であるともいえます。

「ゴールデンエイジ」の子供たちは神経系がほぼ完成し、脳・神経系の可塑性が高い水準にあります。この時期に必ずしもサッカーの練習にとらわれない「体を巧みに動かす能力」を高めるトレーニング、すなわち「神経を刺激する」トレーニングをなるべく多く取り入れることは、その子のサッカー人生において非常に有意義なことであると、最近強く思っているところです。

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