MIDIのお話




コンピュータの世界では、MIDIといえばmidという拡張子が付いた音楽ファイルだということになっている。 しかし、MIDIの本来の意味はそうではなくて、"Musical Instrument Digital Interface"(電子楽器のデジタルインターフェース) という規格のことなんだ。つまり、エレクトーンや電子ピアノ等の電子楽器を演奏させたり演奏データを 取り込んだりする方法に関する規格なんだ。 そして、一般的にMIDIと言われている(midという拡張子の付いた)ファイルには、音のデータ自体が書き込んであるのではなくて、 MIDIという規格に基づいて音楽楽器に曲を演奏させる演奏手順が書き込まれているんだ。 最近のコンピュータには仮想的な楽器が内蔵されており、コンピュータでMIDIファイルを再生する時は、 MIDIファイルに書き込まれている演奏手順に従って“内蔵されている楽器”を演奏させているんだ。だから、 音そのものの情報を記録したwavファイルや、それを圧縮したMP3ファイル等とは根本的に異なっているんだ。

では、MIDIという規格はどのようにして誕生したんだろう。それを知るために、 ここでちょっと電子楽器の歴史を見てみよう。

電子楽器が注目されるきっかけとなったのは、やはり1960年代のビートルズの世界的なヒットだろう。 ビートルズによってエレキギターが世界的に広まり、エレクトロニクスを楽器に応用する動きが一気に高まった。 日本でもスパイダーズを始めとして多くのグループサウンズが現れ、エレキギターが大ヒットした。 また、既存の楽器にエレクトロニクスを使うだけでなく、電気的に色々な音を作り出して、 それを音楽に応用することが始まった。そして、キーボードやエレクトーン、各種シンセサイザーなど、 合成音を使った楽器もどんどん広がっていった。

第二の転換期はデスクトップコンピュータの出現だろう。 1979年、日立がLevel3というコンピュータセットを日本で初めて売り出したのをきっかけに、 1980年にはNECのPC8000、富士通のFM7を始め、シャープや東芝からもデスクトップ コンピュータが次々と発売された。当時のコンピュータはアルファベットしか使えず、ソフトも皆無に 近い状態であり、自分でプログラムを作って使うのが当たり前の状況であった。 また、ハードディスクやマウスは付いておらず、コマンドラインからキーボードで操作をするものであり、 スピードも非常に遅く、今のコンピュータとは比べものにならないほど使い難いものであった。 しかし、時とともに少しずつ性能が上がり、色々なソフトが作られ、日本語も 使えるようになって、ワープロ等のビジネス分野とゲームの分野での普及が進んでいった。 結果的には、ソフトの拡充に最も力を入れたNECがどんどんシェアを広げ、1980年代後半には NECが日本の市場をほぼ独占するようになった。

このようなコンピュータの出現と平行して、電子楽器の世界でもデジタル化の動きが急速に進み始めた。 そして、ヤマハ、ローランド、コルグ、カワイを始めとする主要な楽器メーカーの間で、デジタル信号によって 電子楽器を制御する規格についての協議が進められ、統一規格"MIDI1.0 Specification"が作られ、 1982年10月にアメリカのKEYBORD誌上で一般公表された。 これがMIDIの誕生である。 そして、この時を境にして、MIDIインターフェースを備えた電子楽器が続々と登場してきた。

MIDIインターフェースを備えた電子楽器とともに、それらを制御するためのシンセサイザーやシーケンサーも 次々と登場し、主としてスタジオでの録音や再生に利用された。 一方、電子ピアノやエレクトーンなどでは、個々の楽器専用の録音再生装置が発売された。 これを使うと、演奏データを一旦フロッピーディスクに記録し、それを再生することにより 全く同じ演奏を再現できるようになった。また、演奏データの販売も行われ、 自分の楽器を“プロの演奏家に演奏させる”ことも可能になった。

その後、MIDIインターフェースを備えた電子楽器やコントローラは色々な形でどんどん発展していった。 例えば、キーボードではシンセサイザーとシーケンサーの両方の機能を持つものが作られ、 さらにエフェクターやミキサーの機能やハードディスク等の録音機能も付け加えられた “ワークステーション”へと発展していった。

また、1990年代に入り、マッキントッシュでMIDIの録音、再生、編集を行えるソフト(Vision)が発売された。 このソフトの発売によって、電子楽器による演奏データの録音や再生だけでなく、音量、テンポ、音色等の 詳細な編集が可能になった。また、色々な楽器の音色だけを収録した音源が発売され、これを用いることにより 実際に楽器を演奏しなくてもコンピュータ上だけで音楽を作り上げることができるようになった。

1995年になると、IntelからPentium Processorが発売され、ほぼ同じ頃にWindows95が発売されて、コンピュータの 性能が急速に向上した。そして、それに伴ってコンピュータの機能も大きく拡張された。その拡張機能の一つとして、 色々な楽器の音色データを持った音源カード(MIDI音源カード)が安い価格(数千円程度)で販売されるようになり、 コンピュータ自信が“MIDIデータを演奏できる楽器”を内蔵するようになった。また、MIDIデータの編集ソフトも 色々なメーカから発売され、これらのソフトをインストールするだけで誰でも気軽に音楽を作れるようになった。 そして、それ以降、コンピュータの性能はめざましく進歩し、今ではソフトにだけによる“楽器”も 作られている。

このようにして、MIDIを利用した音楽が多くの人に楽しまれるようになったのであるが、 同時にいくつかの問題も発生している。MIDI音源カードやソフトMIDIシンセサイザーはあくまでも楽器であるが、 この楽器の音色がメーカによって異なっているのである。 例えば、同じピアノという楽器でも、ヤマハ系の音源、ローランド系の音源、クリエイティブ系の音源では 音色がずいぶん異なっている。このため、例えばヤマハ系の音源を使ってMIDIファイルを作り、 これをローランド系の音源を用いて再生すると、音色とともに曲の感じも大きく変化してしまう。

一つのコンピュータでMIDI音源を使って音楽を作り、再生をして楽しむ限りはこのような問題は生じないが、 MIDIファイルをHP等で公開し、多くの人に聴いてもらおうとすると、コンピュータによって音源(楽器)が 異なっていることが大きな問題になる。

まあ、そうはいっても、MIDIファイルはあくまでも楽器の演奏方法を示すものであるから、 “楽器”が異なれば演奏される音色も異なるのは当たり前だ。だから、MIDIファイルによって音楽を楽しむのであれば、 むしろ“楽器”の方を合わせるべきだろう。

私が残念に思うのは、現在売られているコンピュータでは音源(楽器)の種類がわかり易く示されていないことだ。 MIDIファイルを再生する場合はこの音源の影響を強く受けるのだから、コンピュータの色々な性能と同様に 搭載されている音源の種類もちゃんと明示してほしいよ。


(つづく)





Background by HANDMADE