超高画質テレビの意外な欠点(2003/11/16)

 もう15年以上前になるが、ソニー プロフィールHG(KX-21HD1 21型。写真のカタログは '85/6のもの)というテレビを所有していた。この機種にはチューナすら付いておらず、外部から映像入力された信号を単純に写すだけのものであった。当時、外部入力にS端子はなく、映像入力はコンポジットが主流であった。映像は純粋なアナログ処理で、Y/C分離もアナログ式のクシ型フィルタだった。

 このテレビから学んだことが3つある。すなわち、一般に入手できる最もハイクオリティなソースは、生放送のアナログ地上波であること、Y/C分離、NR、プログレッシブといった機能や、デジタル処理技術は、見え方を向上させる事は出来ても、画質の向上には、なんの寄与もしないことである。3つ目は、最後に述べよう。

 このモニタが映し出す絵はソースにきわめて忠実で、質感が高く、CMが変わるたびにクオリティの違いがハッキリわかる恐ろしい描写力を持っていた。

 当時レーザーディスクが最もクオリティの高いソースとされていたが、私がこのテレビで比較した限りでは、生放送で送られてくるアナログ地上波が、最もクオリティが高かった(このテレビは、放送が生放送か、録画した物であるか、明確に区別できた)。ハイビジョン放送が始まり、DVDが普及した現代でも、これに変わりはないだろう。

 このモニタには現代のテレビでは決して見られない、特異な特徴があった。まず、Y/C分離が完全でないので、ドット妨害が出る。しかしそのドットがクッキリとした点に見えた為、相当目立つものだった。

 さらに、このモニタに映し出される走査線は、まるで定規を使って細いボールペンで線を引いたように、1本1本が非常に細く、ハッキリと見えた。従って、走査線と走査線の間の黒い隙間も、同じようにハッキリと見えため、これがかなり目立っていた※1。

 これらはいずれも、走査線のフォーカスが異様にシャープなために起こる現象であり、走査線がハッキリわからないほどボケて見える現代の安物テレビでは、決して見ることが出来ない。

※1 走査線の隙間を埋めるデジタルスキャンコンバータ(DSC-10)というオプションが別売りされていたが、それがまたテレビと同じくらい高価な物であった。


 最近のテレビでは、デジタル処理による高精度なY/C分離や、プログレッシブといった機能が付いているが、このテレビにはそういったたぐいの物はいっさい付いていない。そのため、ドット妨害や走査線は確かに目立つ。しかし、そこに映し出される絵は、現代ではとうてい望みえない、高いレベルの忠実度、質感を持っていた。
 このモニタの後継として、後にプロフィールPROが登場したが、基本的な映像の質感、クオリティは、プロフィールHGを超えるものではなかった。

 どうしてこのモニタの画質はこんなにいいのだろう? それはおそらく、電源や映像回路、ブラウン管といった、テレビの基本的な部分が、しっかりと作られ、アナログ技術により徹底的に画質が磨かれていたからだと、私は思う。
 このモニタの放熱隙間から内部を覗いたことがあるが、ブラウン管を中心とした上下左右の四方にプリント基板がギッチリと配置されていた。チューナも内蔵していないのに、どうしてこんなに回路が必要なのだろうかと、疑問に思ったほどである。

 このモニタは当時特異な存在で、チューナも付いていない21インチのこのテレビを、20万円近く出して買ったのを覚えている。現代の相場は、1インチ=2〜3千円であり、20インチを超えるテレビが4万円を切っていることを考えると、その価格差は5倍もある。私が買ったモニタが高価だったというより、20インチのテレビがどうやったら4万円を切るような価格で作れるのか、不思議である。現代のテレビも、ビデオデッキ同様、中身が相当手抜きしてあるように感じる。
 TV、ビデオなどのAV機器は、10年前と比較して、極端に価格が下がった。「高画質化」の名のもと、デジタル技術を画質向上のためでなく、コストダウンのために利用して、徹底的に手抜きしたのが、今時のAV機器である。


 最後に保留になっていた3つ目のポイントを披露しよう。それは、ソースに忠実、質感が高いというような、高性能テレビのこういった性質は、鑑賞に際し、マイナスに作用することが多い点である。

 世の中、品質の良いソースばかりではない。生放送された地上波は非常に美しいが、それ以外のソース、例えば録画したソースを放送した物や、レンタルビデオについては、ソースのアラがもろに見えるので、映像ソースを楽しむ以前に、画質の方が気になってしまうのだ。性能の良すぎるオーディオ機器でも、同様の現象が起こる。

 結局このモニタが生きるのは、映像クオリティのモニタリングを目的とした場合である。一般ユーザよりも、画質マニアに向いているといえよう。あまり高画質でない一般のテレビの方が、画質が気にならず、純粋にソースを楽しむことができたのである。

 テレビを見る目的が鑑賞ということであれば、見え方を良くするだけだった高精度Y/C、NR、プログレッシブ、デジタル処理技術などが、今度は重要な役割を担ってくる。
 また、大画面という要素も重要である。4:3のソースが圧倒的に多い現代では、28インチのワイドより、29インチの4:3の方が、有利である。しかし、メーカの開発比重がワイドやプラズマに移っており、4:3のテレビでまともな物はほとんど無い。これについては、次回で述べよう。



サイクロン掃除機の現実(2003/10/19)

 現在掃除機は、おおきくわけてサイクロン式と紙パック式の2つの方式が流通している。サイクロン式はフィルタの目詰まりしやすい問題があり、シャープはセルフクリーニング機構を考案してこの問題を解決した。他社で同様の機構をもったものが存在しないことをみると、特許によって保護されているらしい。
 国内においてサイクロン式の掃除機でなんとか使い物になるのはシャープ製のものしか存在せず、他社のものはフィルタのメンテナンスに手を煩わす代物になっている。

 一方古くからある紙パック式掃除機は性能・機能的に成熟し、他社との差別化がしずらい状況になっている。紙パックはゴミのストックとフィルタの2つの機能を備えた重要部品で、その性能は極めて高くほぼ完成の域にある。そのためユーザーは紙パックがいっぱいになるまでほとんどノーメンテで運用でき、純粋に掃除に専念できる。

 掃除機の性能は仕事率で示されるが、実際のゴミをピックアップする能力はノズルの性能に依存し、仕事率は負荷の増大に対する余裕と考えるのが適当である。つまり、仕事率が大きい掃除機はフィルタが目詰まりしてきたときの吸引力の低下が少ない。これはクルマの排気量に相当するものと考えるとわかりやすい。つまり排気量の大きいクルマは、負荷に対して余裕があり乗員が増えたり坂道になってもパワーダウンが少ないのと同じである。掃除機の仕事率に関しては、一般家庭の実用では350Wもあれば十分である。

 最近二次電池が進歩したおかげでコードレスも登場しているが、実質上の仕事率がコードありのものに比べ1/5〜1/10程度と大幅に小さいため、ちょっとの目詰まりで大幅に吸引力が低下してしまい、メインの掃除機として使うのはムリがある。これは時々補助的に使える程度のものと考えておきたい。

2003年お勧めの掃除機はこれだ!

 ナショナルのMC-K2VM。これは上位機種からゴミセンサーとブルパック、バスケットといった余計な付帯装置を撤廃して大きさ、質量、コストの3つを大きく低減させたハイコストパフォーマンス機である。
 最も重要なノズルは上位機種とほぼ同じである為ゴミを取る能力は同等であり、カタログ上の仕事率と騒音の差はほとんど体感できないほど小さい。また上位機種についているブルパックはその振動振幅と周波数からみても効果が疑問であり、ゴミの詰まった紙パックを使って実験してみても実際の使用においてこの機能の有無で有意差なしと推測される。

 掃除機の本体の形状や構造、ノズルの機構は長年積み重ねてきた改良で熟成されており、使い勝手も抜群によくなっている。

 写真はMC-K2VMと東芝の小型コードレス掃除機(VC-M1X)を並べた写真。本機が意外に小さいことがわかるだろう。これだけ小さいと押入にしまわなくても部屋の隅に置いて邪魔にならないので、掃除嫌いな人は長めの延長コードを継ぎ足して、コンセントに繋ぎっぱなしの状態にしておくといい。これでコンセントを差し替えることなく、1フロアのほとんどをカバーすることができる。掃除嫌いな妻に掃除をさせるには、このように掃除の際に必要となる面倒な作業を少しでもなくすことが重要である。
 現在のほとんどの掃除機は、部屋に置いておくと違和感がある。部屋のインテリアにもマッチするような、シックな色合いのものが欲しいところだ。

 サイクロンはもともとフィルタを使わないで粉塵を遠心分離する装置である。現行のサイクロン式掃除機でフィルタの目詰まりが頻繁に起こるということは、これがきちんと機能していない証拠であり、まったくお勧めできない。
 セルフクリーニング機能を付けたり、フィルタを多段にするなど様々な工夫がされているが、所詮吸引気流を利用した極小容器の「なんちゃってサイクロン」では、サイクロン本来の機能を実現することは難しいと考えている。

関連資料
間違いだらけの掃除機選び



デジタルカメラは作品の創作に使えるか(2003/7/29)

 デジタルカメラは登場以来急速に進歩し、近年では、COOLPIX5000のように、コンパクトタイプの機種でも作品の創作に使えるレベルのものが出てきた。

 もともとデジタルカメラは、銀塩よりも、創作意図を撮影結果に反映しやすいメリットがある。従って画質があるレベルを満たしていれば、銀塩よりも作品の創作に使える場合が多い。

 現像もプリントも他人が行うことが多い銀塩写真では、撮影後、作者が意図しない様々な補正をかけられてしまう。これを嫌って補正余地の少ないリバーサルを使うと、出来た作品を鑑賞する手軽な手段がない。

 たとえば、銀塩写真を撮る場合、通常、使うフィルムはネガフィルムとリバーサルの二通りの選択肢がある。

 ネガフィルムは最もお手軽だが、ラチチュードが±2EVと広大で、さらに少々の明るさの差はプリントの際に強力に補正されてしまう為、露出のコントロールを使った撮影者の創作意図はまったくといっていいほど無視されてしまう。

 また、同じネガでもプリントするたびに明るさや色が大きく異なってしまうことが多く、いい感じに仕上がった写真を焼き増ししたら、ホコリが付いていたり、全然違う雰囲気になってしまってガッカリ、という経験をした人も多いだろう。
 見本を添えて「これと同じに焼いてね」というと、かなり正確に合わせてもらえるが、最初から見本がない場合は創作意図を正確に伝えることは困難で、望み通りの結果をえることは至難である。

 ネガフィルムは結局、カメラによる露出精度の違いや、撮影技術の未熟を包容し、誰がどのように撮っても破綻無く仕上がるように作られたしくみではなかろうか。それは逆に撮影者の創作意図がほとんど反映されないことを意味している。クリエイティブな用途に全く使えないことはないが、自由にならない部分が多すぎて、使いづらい。

 次にリバーサルだが、これは最初からポジで仕上がることもあって撮影結果の予測が比較的容易であり、フィルムを現像した時点で、ほぼ撮影者の意図通りの仕上がりが得られる。これをそのまま印刷に使う場合はいいが、アマチュアが作品を鑑賞する場合は、ルーペで見るか、プロジェクターで投影するか、印画紙にプリントするかの、3つの選択肢しかない。
 しかし、印画紙にプリント(ダイレクトプリント)すると、ネガフィルムからプリントに出した場合よりも画質の劣化が大きいし、プロジェクターで投影する場合は準備が煩わしく、手軽とは言い難い。

 以上のような事情により、私は過去、写真の創作をあきらめた経緯がある。


 最近では手頃な価格でフィルムスキャナが入手できるから、銀塩リバーサルもつかえないわけではない。銀塩をどうしても使っていきたい人にとっては、これも一つの選択肢といえるだろう。最近のスキャナは解像度が高いから、この点は犠牲にならないが、デジタル化した時点でカラーバランスが崩れてしまうのはどうしようもない。

 一方、デジタルカメラの場合は、露出の影響はシビアに作品に反映されるし、色合いもホワイトバランスの調整や撮影後のレタッチによって望み通りに修正できる。印刷も結果をみながら色合いを校正することができる。すなわち、撮影からプリントまで、他人の手が入ることなく、完全に自分の思い通りに出来るのである。


 ただ、写真による作品作りにチャレンジしても、そのほとんどが、個人の自己満足で終わることも知っておいてほしい。

 写真は近代になってようやく芸術として認められる状況になったが、写真作品の芸術的価値は、絵画などに比べると非常に低く、資産価値においては、ゼロに等しいという現実がある。

 それはボタン一つで作品が作れること、たくさん撮して選別するなど、偶然や確率に依存する度合いが高いこと、できた作品が大量にコピーできてしまうこと、などが関係している。毎日大量に雑誌や広告用途に量産されており、メディアとして日常的なものになっていることも、関係あるだろう。写真は記録に使ってこそ、その特性を最大限に発揮できるメディアなのである。






デジタルカメラの解像度は銀塩を超えたか(2003/7/28)

 デジタルカメラの画素が500万画素に到達したことで、コストバランスを考えたCCDの光学的性能はすでに物理的限界に達しており、画素を増やしてもCCDのサイズを大きくしないことには、これ以上画質の向上が望めない状況になってきた。

そこで今一度、銀塩カメラを持ち出して、500万画素が銀塩の解像度に対してどの程度追いついているか、検証してみたいと思う。

 銀塩写真で使われる一般的なカラーフィルムの解像度は、2400万画素相当といわれている。しかしこれはフィルムの粒子サイズから求めた理論解像度であって、実際は撮影に使うレンズの解像度や収差によって制限を受ける為、必ずしも理論値通りにはならない。

 さらに、フィルムに記録した映像がどんなにハイクオリティでも、フィルムに写された映像を人間が見るときは、必ず何らかの拡大手段が使われるから、この拡大手段によって劣化が起きる。
 たとえば、最も一般的な拡大手段は、印画紙への転写(プリント)といえる。この場合、引き延ばしに使うレンズの解像度や収差、光源の品質や光の回折、印画紙表面の光の散乱など、様々な要因により解像度が劣化してしまう。

 この劣化がどの程度の物か、もっとも身近な例であるサービスサイズにプリントした場合で見てみよう。

 下の例は、デジタルカメラ(ニコン COOLPIX5000 500万画素)と、銀塩写真(フィジフィルム SUPER400)を使って、下記のようなサンプルをほぼ同一の画角で撮影し、四角の部分を切り出して比較したものである。
 COOLPIX5000の方は未加工、銀塩の方は一般的なスピード仕上げのDPEを利用してサービスサイズにプリント後、スキャナ(800dpi)で読み込んだ。

 解像度比較サンプル



ニコン COOLPIX5000 (F4.8) Normal,150%フィルム:FUJI SUPER400
撮影:タムロンSP90(F5.6)
プリント:サービスサイズ


 この例から察するに、銀塩写真も一般のDPEでサービスサイズにプリントした場合は、デジタル500万画素と、解像度に関して、ほぼ同等のようである(ぼけているのと解像しているのとは違うので注意して欲しい)。
 しかしネガをルーペで見ると、ネガの方が遙かに解像度が高く、文字もクッキリと見える。したがってこの解像度の劣化は、プリントの際に発生していると見られ、もっと大きな印画紙に焼いたときは、逆転する可能性もある。


 銀塩写真では、フィルムの理論解像度がいくらであろうが、人間が肉眼で見る最終結果の解像度が一番問題だろう。この最終結果を得るための方法は、次のものがあり、それぞれクオリティの異なる結果が得られる。

(1)引き延ばして印画紙にプリントする。
(2)ルーペで拡大してみる
(3)プロジェクターで投影する
(4)透過印刷する(リバーサルフィルム)
(5)フィルムスキャナで取り込む。
 (1)は最も一般的方法だが解像度やDレンジの劣化が著しい。サービスサイズで500万画素相当。
 (2)は鑑賞を目的として見た場合、現実的でない。
 (3)はかなり劣化の少ない結果が得られるが、準備等が煩わしく、手軽でない。
 (4)はアマチュアは無縁である。
 (5)はファイルサイズさえ気にしなければ、現状で画質的に最も期待できる手段である。

 このようなプロセスによって得られる最終的な解像度を、実質解像度と呼ぶことにする。これは、(5)を除くと、フィルムの解像度がいくら高くても、その性能を十分生かすことができないことを意味している。銀塩写真の解像度を、単純にフィルムの理論解像度で論じるのは、適当でない。





ニコン coolpix5000 透明な画質の秘密(2003/6/14)

 すでに生産終了しているが、coolpix5000(E5000)というデジタルカメラがある。

 このカメラの画質を言葉で表現すると、「抜けがよい」「透明」「クリアー」である。まるで、CCDと被写体との間に何も存在しないかのようである。逆光気味、もしくは完全な逆光で撮っても、ゴースト、フレアがほとんどなく、コントラストも損なわれない。太陽や照明の位置とは無関係に、自由な方向を向いて撮影することが可能である。他のデジカメ※では、ちょっと逆光気味になるだけで、まるでカスミがかかったような、間にすりガラスを挟んだような感じになってしまう。

 この画質は、巷で話題になっている極小画素の弊害とは別のところにある。極小画素の弊害は、某辛口カメラライターが熱心に布教活動を続けてきたおかげで、いまではすっかり世間で認知されたデジカメ固有の問題である。

 E5000に積んでいるCCDは2/3インチと大きいが、画素数もまた500万と大きい。そのため、白飛びしやすい、暗部のノイズが目立つなどの、いわゆる極小画素の弊害が確認できる。しかし、そのような弊害があっても、このカメラが写す絵は、どこまでもクリアーで透明である。

 いったい、この透明な絵はどこから出てくるものだろう。彩度や明るさといった画像処理の違いだろうか。実際、撮影した原画を後からどのようにいじってみても、他のデジカメに見られるような、曇った感じは再現できなかった。白っぽくしてみても、透明感のある、クオリティの高い絵はしっかりと維持されているのだ。

 では、CCDやローパスフィルタの違いだろうか。しかし、ほぼ同じCCDを積んだE5700の絵は、噂によるとE5000のようにクリアーでないらしい。そうすると、あとはレンズくらいしかない。

 レンズの画質は、レンズ構成や明るさのほかにも、コーティングや鏡筒の内部処理等、様々な要因が絡んでくる。デジタルカメラの場合、レンズの透明度や表面反射、鏡筒による画質の影響が銀塩カメラより大きく、銀塩のレンズより数倍ハイクオリティの設計をしなければならない。しかし、市販の多くのレンズがコストの関係から、このような配慮がされていないように見受けられる。デジカメで撮った絵が白っぽい、コントラストの低い絵になりやすいのは、このような原因による物だと推測する。


 銀塩カメラの画質は、レンズで決まるのが常識だった。デジタルカメラの場合、画素(解像度)がどうとか、暗部ノイズがどうとか、いろいろ議論されてきたが、画質の最終的なカギを握っているのは、レンズであることをE5000が教えている。結局、カメラの画質はレンズで決まるのである。

 レンズ交換できないカメラの画質は、通常一代きりで、同系列の機種でもモデルチェンジで構成が変わってしまい、もう二度と同じ画質にはならない。だから、優秀なレンズを持つカメラは、貴重である。このE5000は、そんな貴重なカメラの一つといえる。

 レンズの画質は、ズーム倍率が高いほど悪くなるというのが昔からの定説である。最近では8倍、10倍ズームを搭載するカメラも出てきたが、画質を犠牲にしないズーム倍率の限界は、非球面レンズが実用化される以前は2倍まで、非球面レンズを使っても3倍までではなかろうか。実際、画質に定評あるレンズのほとんどが、この倍率の中に収まっている。それに、レンズ構成の多い高倍率ズームでは、コントラストの高い絵を得ることは難しいと思われる。E5000のズーム倍率は3倍で、ロースペックに見えるが、それだけ無理のない設計をしていることが伺える。


 いずれにしても、デジタルカメラはレンズ一体型タイプを買っておくのが賢明である。奮発してデジ一眼を買ってみても、ピンボケで泣きを見ることが多いようだ。これは35mmカメラを対象に作られたレンズの精度が、デジカメが要求する精度に対してかなり劣るのが原因らしい。このような問題が起こらないであろうデジ一眼専用のレンズも市販されているが、それ1本でハイエンドコンパクトが買えてしまうほど高価である。


※coolpix990,4500,C-2020Zとの撮影比較による




ビデオライブラリのデジタル化とTBCの必要性(2003/6/13)

15年前に録画したβのテープを、DVD レコーダ(RD-X3)にダビングする作業をしている。 過去、いろんなテープを使ったが、一番優秀ながスコッチのEG、EXGで、日時の異なるタイミングで細切れに記録してきたソースも、ほとんど劣化なく現在でもかなり安定再生できる。マクセルや他のメーカー製のテープに記録したものは、上端にスキューが発生したりトラッキングがズレるなど、再生に問題が生じているものが多い。

 このような再生に問題のあるテープを綺麗にダビングするにはTBCが欠かせない。しかしX3内蔵のTBCは簡易的なものでスキューはとれない。またソースによっては誤動作して画面が上下にブレたり、大幅に乱れてしまうことがある。これは再生側でNRをかけたり画質の輪郭を甘くすることで改善することがあるが、それでダメなときはどうしようもない。

 一度S-VHSに落として再生してみたが結果はほぼ同じであった。これは、X3と相性の悪い同期ズレがのまま記録再生されてしまう為と思われる。やはりTBCは録画時にかけないとダメで、録画後、デッキに付いている再生TBCをかけてみたら、もっとひどい結果になってしまった。

 TBCはうまく働いているときはいいが、破綻したときは入れない方がかえって良い結果になる。X3のTBCもオフに出来るといいのだが、残念ながらそのような設定は用意されていない。

 そこで導入したのが外付けのTBC(DVE773V2)である。これの表向きの用途は画質安定化装置であり、10bitADCのおかげで階調がつぶれず、かなり元ソースに忠実な出力が得られる。ローコストなS-VHS機に搭載されているTBCや他社の類似機種では8bitADCを使っている為、階調が失われたり暗部の色が薄くなるなどの弊害がある。電源をOFFにすると元ソースを直出力してくれる点もありがたい。

 実際、DVE773V2を挟むと、スキューひずみがほぼ完全に除去され、X3のTBCが誤動作することもほとんどなくなる。しかし、スキューのひどいソースでは小刻みに画面がブレてしまうし、ソースによってはDVE773V2を介さない方がブレが少なく、画面が安定することもある。

 これも万能ではないのだが、X3直入力で破綻してしまうソースを救済できる点のメリットは大きい。この価格ではこの程度が限界かもしれないが、ローコストなビデオデッキに搭載されているTBCを使うとどんな入力ソースも安定化するようなTBCは、存在しないのかもしれない。

 あと使用していて気がついたことだが、DVE773V2は本体がかなり熱くなる。これに伴い、画像が上下にブレるなど動作が不安定になるようだ。これはファンで風をあててやれば改善することを確認している。ただこの症状はメーカでは不良として扱ってくれるので、メーカに返送すれば基盤交換してくれる。交換された基盤を外から覗くと、プリント板の表面にあった補修用ジャンパがなくなっていたので、新しく基盤を起こしたもののようである。電源を入れるとやはり熱くなるので、ファンで冷却しながら使うのが精神的にも安心である。

 コンポジットのソースをX3にダビングする場合はY/C変換できるビデオデッキなどを通してS端子から入力した方がよい。これはX3のY/C変換器とNRは排他動作になっているためで、X3の入力にはNRをかけた方がTBCの誤動作を防いだりビットレートを節約する上で効果がある。DVE773V2のほうはコンポジットでもSでも動作に違いは無いようだが、Sに統一することで、いちいち裏の切り替えスイッチをいじらなくても済む。

 DVE773V2は画質の安定化と引き替えにコピーガード情報を除去する副作用がある。この機能を重宝する人もいるかもしれないが、あくまで画質安定機としての機能を評価したい。




整圧ふとん&ムアツまくら(2003/5/20)

 今回購入したのは西川の整圧敷きふとんムアツ枕である。

 この整圧敷きふとん、わたが入った通常の布団とは別次元の感触がある。整形自在なウレタン素材を加工することで、従来の綿布団では得られない機能を実現できることをこれが証明している。

 実際に寝てみた感触は、突起にやや違和感を感じるものの、寝心地自体は悪くない。もうしばらく使ってみようと思う。この突起、もう少し小さくしてピッチを細かくすれば突起の違和感も軽減されるだろう。

 ただウレタン素材の耐久性が気になる。メーカでは平均8年というが、これはおそらくエーテル系のウレタンを使っている為だろう。いすれにしても整圧敷きふとんは3分割されていてローテーションできるので、ヘタりを均等にでき、一般のウレタンマットレスより長持ちさせることができるのは確かだ。8万円以上もする高価な布団が数年でパーになったのでは困るので、メーカが言う寿命をひとまず信用ておきたい。
 ムアツ枕のほうは形状が扁平に変わってニューリアルしたものだ。過去ムアツ枕を購入したことがあるが、これは数ヶ月でへたってしまう粗悪な代物だった。扁平だが裏側にパイプが入れてあり、枕を傾けるなどしてこれを前後に寄せることで、若干の形状と高さの調整が可能である。ムアツの意味がなくなるが、夏はパイプ側を上にして寝た方が気持ちがいいかもしれない。

 ふとんにしてもまくらにしても、西川の商品は値段が高い。スポンジでできた布団がなんで8万円以上もするのか、何の変哲もないその専用カバーがどうして7千円もするのか、理解に苦しむ。材料にしても整形にしても、カネがかかていると思われる部分はない。製造原価は販売価格の1/5程度ではなかろうか。




目覚まし時計選び−狂いまくる電波時計の恐怖(2003/1/13)

 最近目覚まし時計を新調しようと思ってリサーチしてみたら、困ったことにデジタル表示のものは電波時計ばかりで、従来多く見られたスタンドアロンで動くデジタル式の時計がほとんどない。電波時計は信頼性に問題があって、目覚まし時計には適さないのである。

 目覚まし時計として必要な要件をまとめると、次のようである。
  1. 時計の狂いが少ないこと
  2. 設定したら必ず鳴ること
  3. アラームのセットがしやすいこと
 1,2は信頼性に関するもので、現代社会では朝の目覚めの遅れは自己の社会的立場に深刻なダメージをもたらす。したがって、目覚まし時計はそのリスクに見合うだけの信頼性の高いものを準備しなければならない。

 最近電波時計が多いが、電波時計の最大の問題は、全くデタラメな時刻を表示することがある点である。これは、鉄筋の集合住宅等受信の悪い環境で起こりやすい。M社の初期の電波時計を使っていた頃、散々これに悩まされた。最近ではかなり改良されているが、電波状況の悪い売場に並んでいる電波時計をみると、時刻や日付がバラバラである(単に初期設定してないだけかも知れないが)。電波時計は通常、電波を受信できないときはスタンドアロンで動作するのだが、電波状況が中途半端なときは誤認する可能性があるのだ。

 この問題を改善するには、受信前の時刻を記憶しておき、受信後の時刻と比較して大幅にずれている場合は時刻の更新をやめるようにすればいい。強制受信のときは、この機能は働かなくすることで初期設定が可能である。そのほか、クオーツ時計を2個内蔵していて、片方を完全なスタンドアロン動作とし、これを基準に大きなずれのチェックをすれば、より確実である。しかし、残念ながら、このような時計はないようだ。

 誤動作の少ない電波時計を見つける方法がある。バラバラの時刻が表示が出ている売り場の商品の中から、正しい時刻を刻んでいるものを選ぶのだ。このような電波状況が悪い売り場で誤動作していないものは、家庭でもマトモに動くことが多い。

 電波時計の精度は確かに高いが、目覚まし時計として見たとき、時刻表示を電波に依存している点が問題である。置き時計としてはさして問題ないが、時刻の妥当性をあらかじめ確認できない朝の目覚しには、使うことができない。
 そもそも、目覚まし時計に電波時計のほどの絶対精度は不要である。時刻の精度は、スタンドアロンで動くクオーツ式時計で十分だし、電池交換さえ気を付けていれば、大幅に狂うこともない。

 電波時計でなくても、アラームセットが機械式、すなわち指針式や回転ドラム式のものや、モータ駆動でベルを叩くような機構は、数年で接点や駆動モータが劣化して、所定の時刻になっても時々鳴らないという事故が起こる。

 たとえアラーム機能が正常でも、針で表示するアナログ式のものは、針を駆動するためのステッピングモータが、やはり数年でイカれてしまい、長持ちしないように作られていることが多い。カレンダーのようにペラペラ数字がめくれるような機構の時計も、カレンダーをめくる為の機構が次第にダメになって時刻が合わなくなってしまう。

 目覚まし時計の信頼性を求める場合、機械的な可動部の出来るだけないものを選ぶことがポイントとなる。液晶表示のオールデジタル式時計を使えば、このようなトラブルとは無縁であり、目覚まし時計にはこのようなものがふさわしい。

 そのほかのポイントとしては、アラームの表示が見やすく、アラームセットのボタンが大きく前面に出ていて、これを上下するだけでアラームの時刻が合わせられるものが使いやすい。
 スライドスイッチをアラームセットの位置にしないと設定できなかったり、時と分の桁を別々にあわせないといけないようなものは使いにくいし、スイッチの故障が心配される。






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