わたしの好きな教会音楽(管弦楽つき)



 私の好きな教会音楽を紹介していこうと思います
   

スターバト・マーテル作品58/ドヴォルザーク
Stabat Mater op.58 / Dvorak

「スターバト・マーテル」と題される詩は2種類あり、Stabat mater speciosa(輝かしき母は佇んでいた)で始まるものと、Stabat Mater dolorosa(悲しみに沈む母は佇んでいた)で始まるものがあります。多くの有名な作曲家が音楽をつけた「スターバト・マーテル」は「悲しみに暮れる」ほうで、これらが有名になったことからStabat Materを「悲しみの聖母」と訳す向きもあります。一般的にもStabat Materというと後者を指すといわれます。
"Stabat Mater dolorosa..."を作詞したのはフランシスコ会の修道士ヤコポ・ダ・トディ(1228年頃〜1306年)と伝えられています。聖母マリアの7つの悲しみの記念日、と題されるミサにおいて続唱として用いられます。
この詩は聖母マリアの悲しみをしのび、苦しみを共感することでマリアの恵みを受けよう、救われようと祈るものです。多くの作曲家がこの詩に曲を付けており、。パレストリーナ、ヴィヴァルディ、ペルゴレージ、ロッシーニ、ドヴォルザーク、シマノフスキ、プーランク、ペンデレツキの作品が有名です。特にロッシーニ、ドヴォルザーク、ペルゴレージ、プーランクの作品は上演機会も多く名作と言われています。。

さて、今回ご紹介したいのはドヴォルザークの「スターバト・マーテル」です。第一子の長女をわずか生後2日で亡くしたドヴォルザークは、その悲しみを動機としてこの曲の作曲を始めました。一時は他の仕事に追われて中断していましたが、さらに次女・長男を次々と亡くす悲運に見舞われて再びこの曲の作曲作業に戻ってきました。完成は1877年11月で、深い悲しみの中で書き上げられたこの曲には他の「スターバト・マーテル」をはるかに凌ぐ切実な祈りが込められています。胸に迫る旋律・和声の多い名曲であり、多くの方に聴いて頂きたくお勧めします。


曲は全10曲から成り、第1曲から第3曲までは悲しみと憐れみの歌、第4曲から第10曲までは慰めと祈りの歌になっています。


○第1曲:悲しみに沈む聖母は/Stabat Mater dolorosa
全10曲の中で最もウェイトの高い曲です。四重唱と合唱による構成で、序奏の管弦楽で示されるオクターブの上行型はゴルゴタの丘に立っている十字架を象徴すると言われています。次に現れる特徴的な半音階的下行型の動機は、全10曲の柱ともなるものです。
Stabat Mater dolorosa ... 悲しみに沈む聖母は
Juxta crucem lacrimosa ... 涙にむせんで御子のかかっている
dum pendebat fillius ... 十字架の元に立っていた
歌い出されるこのフレーズが、何度も第1曲の中で繰り返されます。

○第2曲:涙を流さない者があるだろうか/Quis est homo
四重唱のみで歌われ、悲しみのフレーズが切々と歌い上げられます。
ハマると泣けるかもしれません(?)

○第3曲:いざ、愛の泉である聖母よ/Eja Mater, fons amoris
混声4部合唱によって歌われ、第7曲と1、2を争う美しい曲です。この曲だけが単独で演奏される機会も多く、合唱コンクールの課題曲・自由曲として取り上げられることもあるそうです。
特に曲の締めくくり部分はゾクゾクするほどの美しさです。

○第4曲:わが心をして/Fac, ut ardeat cor meum
バリトンソロで劇的に歌い出され、独唱の合間に合唱が2度入る構成となっています。独唱のあと直ぐに歌われる女声合唱が、天から降って来るようなハーモニーに聞こえます。バリトンソロと女声合唱の低音→高音の対比もドラマティックです。バリトンソロはとても堂々として格好よく、息の長いフレーズをどっしりと歌いきられると拍手したくなりますね。息切れしちゃってる演奏に接したこともありますけど(笑)。

○第5曲:わがために、このように傷つけられて/Tui Nati vulnerati
バリトンソロが前曲を粛々と締めたあと、そこから目の前が開けるような明るい前奏が展開します。合唱のみで波打つように歌われ、中間に対照的な短調の部分を挟んでいます。

○第6曲:あなたと共に涙を流させ/Fac me vere tecum flere
明るく優しいロ長調の曲です。テノールソロが歌い出し、同じ旋律を男声合唱が歌っていく構成です。温かく清らかに曲は進みますが、途中で曲想が変化し暗く激しい情感も表現されます。後半にはどちらも変形して繰り返されます。

○第7曲:処女のうち最も輝ける処女/Virgo, virginum praeclara
第3曲と並び、とても美しい曲として知られます。清澄な女声合唱が無伴奏で歌い出され、やがてオーケストラや男性合唱も加わります。「願わくば、ともに嘆くことを許してください」の歌詞の部分で強奏となるのはドヴォルザークの祈りの表現とも取れます。この歌詞で祈るように締めくくられるのも印象的です。

○第8曲:キリストの死に思いをめぐらし/Fac, ut portem Christi mortem
ソプラノ独唱とテノール独唱による2重唱です。対位法的に展開していきます。調性の変化を経てニ長調に落ち着いた時、その部分の明るさがとても印象的です。

○第9曲:焼かれて、焚かれるとしても/Inflammatus et accentus
他の曲とは色合いが違い、バロック風の曲調です。アルトの落ち着いた艶やかな独唱です。作曲家の生前より、アルト歌手の公演でも取り上げられていたとか。深い祈りを表現しつつ、どこか決然とした佇まいの曲です。

○第10曲:肉体は死して朽ち果てるとも/Quand corpus morietur
アルト独唱とバリトン独唱が歌い出し、そこから四重唱になります。ここのバリトン独唱に示される動機が前半部の中心楽想となります。次に合唱も加わって大きな盛り上がりに至り、そこから波のような移行部が始まります。無伴奏の厚みのあるコラール風の合唱があり、次に静かに「アーメン」が唱えられて曲が閉じられます。



もとの詩はラテン語の強弱四歩格で書かれています。

Stabat mater dolorosa
juxta Crucem lacrimosa,
dum pendebat Filius.

Cuius animam gementem,
contristatam et dolentem
pertransivit gladius.

O quam tristis et afflicta
fuit illa benedicta,
mater Unigeniti!

Quae maerebat et dolebat,
pia Mater, dum videbat
nati poenas inclyti.

Quis est homo qui non fleret,
matrem Christi si videret
in tanto supplicio?

Quis non posset contristari
Christi Matrem contemplari
dolentem cum Filio?

Pro peccatis suae gentis
vidit Iesum in tormentis,
et flagellis subditum.

Vidit suum dulcem Natum
moriendo desolatum,
dum emisit spiritum.

Eia, Mater, fons amoris
me sentire vim doloris
fac, ut tecum lugeam.

Fac, ut ardeat cor meum
in amando Christum Deum
ut sibi complaceam.

Sancta Mater, istud agas,
crucifixi fige plagas
cordi meo valide.

Tui Nati vulnerati,
tam dignati pro me pati,
poenas mecum divide.

Fac me tecum pie flere,
crucifixo condolere,
donec ego vixero.

Iuxta Crucem tecum stare,
et me tibi sociare
in planctu desidero.

Virgo virginum praeclara,
mihi iam non sis amara,
fac me tecum plangere.

Fac, ut portem Christi mortem,
passionis fac consortem,
et plagas recolere.

Fac me plagis vulnerari,
fac me Cruce inebriari,
et cruore Filii.

Flammis ne urar succensus,
per te, Virgo, sim defensus
in die iudicii.

Christe, cum sit hinc exire,
da per Matrem me venire
ad palmam victoriae.

Quando corpus morietur,
fac, ut animae donetur
paradisi gloria. Amen.

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