車椅子 |
ある日男が道をとびだして車に轢かれた 車は男の腰から下と右腕をもっていった 器用な老人が彼のために車椅子をくれた それから 食べ物に困らないように 右の腕には獲物を撃つ鉄砲を 上手に物を食べられるように 左の腕にはナイフとフォークをつけてくれた 車椅子は三つ 彼はそのうちの二つに名前をつけた 一つには虚無 もう一つには自滅 三つめには名前はつけずにどこかへしまった 名前をつけた車椅子を 毎日かわるがわるに乗り継いで 男は鳥や獣を追いまわった 便利な男はどこへ行ってもあてにされた あてにされるのは好きだった あてにされてそのうち好かれた 好かれるのは嫌いだった 馴染みの相手に会ったなら まずは握手がつきものだ けれども人が右手を差し出すと 男は首を振ってこう言うのだ これは手に見えるだけ それなら左手でと目を移せば 車輪を掴んで放そうとしない 少しの間くらいいいじゃないかと言われても 手を放したら勝手に滑り出す と答えるばかり 誰彼いつの間にやら気をつけをしているありさまだ 弱り顔の人々に 男は黙って撃ち落した獲物を渡して また自分の部屋へ帰っていった 男の部屋にはゆりかごがあった ゆりかごの名前はヒルダといった あの日 車に轢かれた日 男が両手に抱えていた いっしょに轢かれて形は砕けた 赤い涙に染められて白いレースを被っている |