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「じゃあ明日から休暇ですから あとはよろしくお願いします」
「どちらまで旅行? 海外?」
「いやいや 東京都内ですよ」
と言って東京の会社を出たのが4月2日の午後。
行き先が東京と言うのは嘘では無い。これから向かうのは東京都小笠原村。
本土から南に1000キロ離れているが 一応東京都である。
「ぱしふぃっくびいなす」5泊6日のクルーズが いよいよ始まる。
「ぱしびい」は今回で2回目。
「今回はノンビリしようよ。 船内を走るのは禁止」
「そうだな 今回は5泊もあるし余裕だな」 前回は全てが珍しく船内探検に走りまわり、とても優雅とは言えない船旅であった。
そこで今回は優雅に旅するつもりで走らない約束となった。
横浜で乗船したのは17:20。
今回の船室は511号室。下層の真中。一番安いが一番揺れないとされている場所である。
勝手知ったる2度目の船。ロビーから真直ぐ船室に向かいドアを開ける。テーブルには今日の予定を書いた船内新聞が置いてある。
「まず展望風呂、夕食後はカジノに行って ショーに行って バーも行こう」
嬉しいことにキャビンのTVでは小笠原の観光ビデオが流れており、船旅気分を一段と盛り上げてくれる。
「夕食は1回目?」 事前のチェックでは定員690名のところ400名が乗船。ダイニングは2交代制となり我々は1回目の指定である。
「何時から? ええっ5時半? いま5時40分じゃん!」「急げ 急げ!」
結局ダイニングまで走る事になり、優雅に旅する約束は数分で破られた。
さて。初日のディナーは。
「イカの木の芽味噌和え・関東風すき煮鍋・フグのたたき・鰯の磯揚げ・吸い物香の物・ご飯」
なぜかこの小笠原クルーズは和食が多いと聞いていたが 噂通り初日から和食である。
客船のディナーは 合席にしてあり乗客どうしが会話を楽しめるように配慮されている。
隣には初老の紳士と向かいには若い男性が座っており 既に食事を始めている。
いつもなら軽く挨拶をして会話に入るのであるが 目の前の皿を見たとたん腹の虫が騒ぎ出した。
(そう言えば今日は忙しくてまともに昼食食べてない) と思い出したとたん周りが見えなくなり 定食屋に入った労働者の様に一気に飯をかきこみ始め、固形燃料のすき焼き鍋が煮える前に既に他の皿は空になってしまった。
「いかん 間が持たない」鍋が煮えるまでの間、窓の外を眺める。
『ゆったりと流れる青い海。氷川丸の横をかすめベイブリッジをくぐって船は沖に。遠くに光る横浜の夜景。遠ざかっていくのはランドマークタワーか。』
と、言う光景を想像したのであるが なぜか窓の外には工事中のビルが・・・・。
「海の上になぜビルが?」乗船受付は17時であったが 実は出航は21時の予定。
窓の外の工事中は「横浜客船ターミナル」 船はまだまだ停泊中である。
☆☆☆☆☆
空腹の為、料理を一気に食べ終え 皿の上にはもうなにも乗っていない。
すき焼きの固形燃料は 具が無くなっても健気にまだ燃えている。未練がましく鍋をのぞく。そうだ、タレがまだ残っているではないか。
「おい!ネエチャン。すき焼きの汁にうどん入れてくれや」と言いたかったのであるが 腹の虫も少しは落ちついて思考回路が定食屋から豪華客船のダイニングに戻ったようで、この場はなんとか思いとどまった。
先客に遅れて食事をスタートしたのであるが、いつのまにか追いついている。
「小笠原では何をされるのですか?」 今までの穴を埋めるように向かいの若い男性に話しかけた。
男性は結構な船マニアらしく、数年前より客船で旅をしており今回は1人で乗船との事。
「ぱしびい」以外の客船の名前や専門用語がバシバシ出てくる。
夕食を終え部屋に戻ると、宅配便で送っていた荷物が届いていた。
今回は5泊と長く小笠原は気候も違うので大荷物となってしまい、特大スーツケース1個を送ったのであるが、ここで1つの問題が発生した。
スーツケース発送の締め切りは乗船1週間前。
「船に乗るまで1週間 何着るの?」 そう、5泊分の着替えを全て送ってしまうと洋服ダンスが空になり、その後1週間の着替えが無い。
「ウチって着る物 無かったんだね」 仕方が無いので最小限の着替えだけ残し、前日に洗濯して旅行鞄で持ってきていた。
「5泊でこれだから100日の世界一周って大変だよな。」「そういう人達は 着替えは現地で好きな服を買うの」
船室には大きなクローゼットとタンスがあり ベッドの下にはスーツケースが入るようになっている。
食事も終え 荷物も片付けてもまだ出航まで1時間も有る。窓の外は相変わらず工事中であるが 目線が先ほどのダイニングよりかなり低い。
船は12階建。ここは5階なのであるが 当然3階あたりまでは海の中なので実質隣のビルの2階程度しかない。
5階が一番安いクラス。6階7階は少し値段が高くなり、8階もまた少し高くなり窓も大きくなるが部屋の大きさはほとんど変わらない。
9階はデラックスルーム 5階の2倍の料金。部屋も大きく贅沢な造りになっている。外国の客船では下のクラスの乗客が上の階に立ち入りできないようになっていたり食事にも差があるようだが、日本船の場合パブリックスペースや食事に大きな差は無い。
10階はスイートルームで、なんと値段は4倍。そして一番前方が4室あるロイヤルスイートルーム。お値段は5倍。実はこのロイヤルスイート。前回の航海で見学する機会があった。4室全てが空室だった為 特別に見学できたのだが今回はどうであろう。
ロイヤルスイートの広さは約20坪。「ウチと同じじゃん」 3LDKのマンションと同じ広さである。勿論、専用のバルコニーも付いている。
「ディナーの時、仲良くなった人が実はスイートで、『じゃあ私の部屋で飲みなおしましょう』なんて誘ってくれないかなあ」
甘い期待を抱いたのであるが 実はこのスイートとロイヤルスイートだけダイニングが別になっており、庶民と同じテーブルに付く事は無いのである。
「気になるなあ 特別ダイニングのメニューは何だ?」ディナーの時間に覗こうとしたのだが 残念ながら専用ダイニングの重厚なドアの前には常に黒服が立っており ドアの隙間から中をうかがい知る事は出来ない。
そしてその上階、11階は展望浴場とスポーツジム。12階はバーになっている。復習の為 軽く船内探検をしても出航まで時間があったので 11階の展望風呂に行くことにした。航海中に浴室の大きな窓から大海原を眺めるのは格別であるが、今はまだ停泊中。
窓の外はビルの工事中である。工事現場の職人さんからは浴室が丸見えになっているはずである。
工事現場から風呂場が覗かれてしまうのではないか? もちろん男湯なら問題ないのだが 女湯の場合は困った事になってしまう。「ですから 男湯を岸壁に向けて停泊しています」本当かどうか 船長が言ったと言う噂もある。
工事現場を眺めながらの展望浴場から帰って、ようやく出航の時間となった。「セイルアウェイパーティー」 クルーズ客船にとっては大きなイベントである。デッキではシャンペンやドリンクが振舞われ紙テープを岸壁の見送りに投げる。昨年暮れ「飛鳥」に乗ったときには定員ギリギリの600人が乗船していた為かシャンペンのテーブルには乗客が殺到し大変なことになった。
テーブルの前には難民が食糧配給を待つがごとく列を作りだし、豪華客船から一転、難民輸送船に乗ってしまった様だった。
その時は結局飲み物にはありつけなかったのであるが、今回はトレイにシャンペングラスを乗せたお姉さんが「お代わりいかがですか?」と廻って来る。デッキに出ている乗客は今航海の半数である200名程度か。デッキから身を乗り出して岸壁を見送りに手を振る人たち。岸壁に知り合いがいる訳でも無いのだが、とりあえずテープを投げ手を振っている。
「おやっ? あの人・・・」 その中の一人。大柄な男性の顔に見覚えがあった。
「おい あの人作家の米山公啓さんじゃないか?」 内科の医師でユニークなエッセイや小説を書き 最近はクルーズ客船の紀行文なども書いている。
「一緒に写真撮ってもらえないかなあ」 今回の小笠原航海はクルーズの定番で 雑誌社の取材があってもおかしくない。「取材かなあ もなあ隣に女性がいるしプライベートだったら悪いよなあ」
結局この時は 写真は諦めたのであるが 実は翌日ひょんな事から一緒に写真を撮る事になる。
ジャンジャンジャン! デッキではドラが鳴らされ、船を繋いでいた複数のロープがすべて外される。
「ヴオーーーーーー」 長声一発 後進微速 船は岸壁から離れていく。
観光船ロイヤルウイングの脇をかすめ、ベイブリッジに向かう。東京湾の制限速度は12ノット。時速約20キロ。
横浜の夜景がゆっくりと遠ざかっていく。
セイルアウェイパーティーが終わり部屋に戻ると 早速「カジノ券」を握り締め、6階のカジノに向かう。この船は最初の1,000円分がサービスになっている。
前回の航海ではルーレットで20枚のコインが300枚になり オリジナルのトレーナーをゲットした。
今回も小笠原で着るTシャツくらいは欲しい。
前回成功した賭け方は数字4つに股をかける。当たれば9倍である。今回も同じ方式で賭けてみる。
カラカラカラカラ ルーレットが回る。チンチンチンチン ディーラーがベルを鳴らす。「ハイ そこまでです まもなく落ちます」 当たる確立も1/9。めったに出る訳ではない。
「船が揺れないと 調子が出ねえな」
Tシャツの夢は小笠原より遠く、捨てゼリフを残して虚しく部屋に帰る事になった。
寝るにはまだ早い 「12階に行って 船内を完全制覇するかあ」
実は前回の航海で行った事の無い場所が1箇所だけあった。12階のバー「トップラウンジ」である。
操舵室より高く 眺めは抜群で360度に近い展望がある。ここから遠ざかっていく本州に別れを告げようと言うわけだ。
「千葉の館山沖で東京湾から出ると 速力を18ノット 時速約32キロに上げ八丈島沖を目指す。出航して既に2時間。展望バーから後方を振り返るが視程が悪く街の明りは見えなくなっていた。
☆☆☆☆☆
午前6時。寝ぼけた目でベッドから体を起こし、ようやくここが船の上であることに気が付く。船は忘れた頃にかすかに揺れるだけ。室内のテレビを点けると横浜からここまでの航跡図が映し出されている。東京湾を抜け 大島・三宅島東を通り現在位置は八丈島の横である。船窓から外を見るが かすんでいて島影は見えない。
船の朝は早い。6時をまわると1周336メートルのデッキをジョギングする人も出てくる。
朝食は7時からであるが待ちきれない。昨夜は夜食まで食べにいったのだが デッキを散歩して少々お腹が空いてきた。
実はそんな人の為に 6時からオープンバーでティータイムのドリンクとパンが食べ放題。
「あんまり食べると朝飯食えねえぞ」と言いながらも焼きたてパンで一息つく。
7時になりダイニングに行くと フィリピン人スタッフが迎えてくれる。
「オハヨ ゴザイマス」彼等は日本語も上手く サービスも日本の下手なホテルマンよりよっぽど気が利いている。
「和食デスカ? 洋食ですか?」 和食と洋食が選べるのだが洋食はバイキングになっている為、和食を食べてからバイキングに立ってもまったく問題無い。
カマスの塩焼き・ごぼう天・佃煮・ちりめんキュウリ・焼き海苔。
乗客の平均年齢が高い為か品数は多いが量は少ない。
和食は5分で片付け 早速バイキングコーナーに立つ。
「洋食バイキングが無かったらどうするの?」「1回外に出て、もう1回知らん顔して入ればいいじゃん」 さすがにこれは反則である。
朝食後、船室に帰り今日の予定をチェックする。毎日届けられる船内新聞には 気象情報や当日の航海コース、イベントの情報がギッシリかかれている。
乗客は複数のイベントの中から行きたい場所を選んで自由に参加できる。お目当てが重なった場合選択に迷うほどで、航海中はまったく飽きることが無い。
「手始めにクイズ大会いくぞ」 これは商品が目当てであるため、予習が欠かせない
「大体出るのは船長の名前、船のトン数、小笠原までの距離だな。よし覚えとけよ」
その他 コック長の名前、1日で使う水の量 等と言うのもある。
さて結果は? カンニングペーパーまで準備して挑んだにもかかわらず たったの60点。問題は
1.小笠原に繁殖している植物で小笠原にしか無い物は?
2.小笠原の植物「ハカラメ」ってどんなの?
3.ザトウクジラの背ビレは次の内どれ?
結構難しいのである。「は〜い 皆さんどうでしたか? お部屋のテレビで小笠原のビデオを流してますそれに答えが出てましたね〜」たしかにスタッフの言う通りだった。商品はもらえなかったものの このビデオは自分のテープにコピーして自宅に持ち帰える事は忘れなかった。
☆☆☆☆☆
「乗客の皆様。救命胴衣を着用して下さい」 船内に緊急放送が響き渡る。
「係員の指示に従って救命ボートまでお急ぎ下さい」 ロッカーからオレンジの救命胴衣を出して首から被る。
「10階のかたボートデッキへ・・・9階のかたボートデッキへ・・・」放送は流れているが、ここ5階はなかなか呼ばれない。
最初のアナウンスからすでに3分。
呼ばれるのを待っていたら浸水するのではないか。いつなんどきドアの下からドッと海水が流れてくるか分からない。ボートデッキは8階にある為 ここから3階分登らなくてはならない。このままここで死ぬのは御免である。
映画「タイタニック」を思い出す。海水が迫る中 上へ上へと走る2人。
「これ以上待ってらんねえ。行くぞ!」 待ちきれずにドアを開け廊下に出る。廊下はまだ浸水していないようだ。
「よし 走れ!」 デカプリオになった気分で妻の手を引き 走り出そうとした時。 「#$・&%@*・・・」 突然タガログ語で呼びとめられた。
振り返ると客室係のフィリピン人スタッフが、なぜか笑顔で立っている。どうやら案内があるまで待ってくれと言っているらしい。 「避難訓練だから良いが 本番だったらとっくに飛び出してるぞ」

通称「ボートドリル」長距離航海では乗客の全員参加が義務付けられている。
2泊程度の沿岸航海なら訓練が免除になるらしく 我が家にとって今回が初めての経験である。
ようやく5階が呼ばれたようだ。8階までゾロゾロと階段を上っていく。まるでオレンジの甲羅を背負った亀の集団のように見える。
5分後ボートデッキの「救命艇3号」の前に集合する。
サンダーバード3号には遠くおよばないが、この救命艇、ただのボートではない。エンジン付き屋根付きの立派な船である。救命艇はケンカにならないように、自分の部屋から一番近い艇が指定されている。では自分の艇が壊れていたらどうするのか?
「ご安心下さい。この他にも大型ゴムボートもあり定員以上の人数が収容できます」 タイタニックの様な事にはならないらしい。
「この位大きな船は 仮に浸水してもすぐには沈みません。落ちついて行動することが大事です」 なるほど、考えてみれば映画の中のタイタニックも浸水し始めてからが長かったではないか。映画の中であれだけ長いのだから 実際はもっと長かっただろう。
しかし浸水が予想以上に急だった場合どうするか。
「その時は部屋のすぐ近くのホールに行けばシャンデリアのあるフキヌケがある。救命胴衣で体が浮くので 海水に乗って上昇しシャンデリアをつかんで這い上がり甲板に出て・・・・・・」ここまで考えている乗客は他にはいないであろう。
3号艇の責任者は説明を続ける。「では皆さん、食堂の場所は忘れても この場所は忘れないようにして下さ〜い」
ボートドリルが終わるともう昼食である。
11時半から1時半まで自由に行けるのだが 今日は午後から楽しみにしていた操舵室公開があるので早目にランチを済ませる事に。
『アワビのシソ風味・チラシ寿司・小田巻き蒸し・和風サラダ・吸い物』
「では いただきます」 チラシ寿司の桶に箸を立てる。コツン! 軽い音で箸が底に付く。
ご飯の厚さ2センチ3ミリ。「ご飯少ないね」 勿論、普通の人にとっては充分な量である。これがお茶碗のご飯なら 「オカワリ イカガ デスカ?」となるのだがこの場合お代わりはどうなるのであろうか。
まさか酢飯だけ持ってくるのだろうか。気になったのだが妻の分を横取りしたので お代わりは頼まなかった。
☆☆☆☆☆
操舵室。通称ブリッジから双眼鏡を借りて前方を眺める。
レーダーでは約10マイル(18キロ)前方に鳥島が映っているが 肉眼では何も見えない。スピード計を見る。 現在16ノット。 鳥島まで40分である。
ブリッジに立って2時間半。もっと居たいのであるが次のイベント「タガログ語講座」が控えている。
前回の航海で大勢のフィリピン人スタッフにお世話になり、「次に乗るまで タガログ語を覚えるぞ」と誓ったものの 自宅に帰ってすっかり忘れ、今回乗船して改めて思い出したのだった。
「しまった〜 テキスト買ってくれば良かった〜」と思っても出航してからではもう遅い。思いっきり後悔していたところに 船内新聞で講座の案内。今になって考えれば船内には立派な図書館もあり タガログ語の辞書くらい置いていたはずだが、その場では気付かずブリッジ見学を中断して参加する。
「マガンダン ハーポン」(こんにちは)「ハイ皆さん 御一緒に〜」タガログ語を習いながらも 実は窓の外が気になって仕方が無い。
先ほどブリッジのレーダーで確認した鳥島が目前に迫っている。
この鳥島。八丈島からもさらに南に300キロ。江戸時代に船が難破しこの島にたどり着き、実に12年もの間アホウドリや貝や魚を食べて耐えぬいた男が、船を作って脱出する実話小説。吉村昭の「漂流」に出てくる無人島。

船は速度を落とし ギリギリまで近づく。天然記念物のアホウドリが舞っている。お椀をふせたような岩だらけの島で所々に洞窟のような穴が見える。「主人公の『長平』が住んでいた洞窟ってどれだろう?」
「コムスタカ?」(ごきげんいかが?)「はっ?・・・ええ〜・・・」よそ見をしていて 不意に先生に指された。しかし答えられなくても大丈夫。廊下に立たされる事は無い。
今日は17時からウエルカムパーティーがある。ドレスコードはインフォーマル。つまりこの時間以降はネクタイ無しでは船内を歩けなくなる。 もちろん乗船前に連絡があり、それに合わせた洋服を準備する。「フォーマル指定だったら 着る物無いよね。ディナーは出前になっちゃうぞ?」
フォーマルは3段階で一番厳しく、男性はタキシードとなる。
「5泊だと1泊くらいフォーマルになるぞ 喪服に蝶ネクタイしてごまかすか?」 しかし案内が来たのは 中間のインフォーマル2回と、楽なカジュアル3回。おかげで蝶ネクタイは買わずにすんだ。
もっともカジュアルと言っても、GパンにTシャツと言う訳にはいかない。
海外クルーズだと、ブラックアンドホワイトデー、アジアンデー 等と言う日もあるらしく、たかが5日分のパンツが無いと大騒ぎしている我家にとってはもうお手上げである。
船の乗客は時間に正確である。船側も心得ていて17時と言えば17時ちょうどに式は始まる。
その5分前。インフォーマルに着替えた我々は8回のメインホールに向かう。700人収容の大ホールであるが 今回の乗客は400人。椅子の間隔にも余裕がある。
ちょうど時間になった。ステージには船長以下オフィサーがずらりと並ぶ。
「皆様 ぱしふぃっくびいなすへ ようこそ」客船マニアの間では有名な船長が挨拶する。
「今ここに航海士も機関士も私も居ます。じゃあ誰が船を動かしているんでしょうねえ」ユーモアたっぷりである。
パーティーも終わり そのままディナー会場に移ろうとした時であった。
「チョットすみません 雑誌社の者ですが写真撮らせて下さい」良く見るとカメラマンの横には 出航の時から気になっていた作家の米山氏が立っている。
「もしかして米山先生ですか? 本当? 2人ともファンなんですよ」どうやらクルーズ案内の本を出すのでインフォーマルの参考に写真を撮らせてくれとの事らしい。確かに初心者にとってドレスコードは怖いもので 何を着ていったら良いのか分からない。そこで案内本の写真を参考に持っていく服を決めることになる。
「と言うことは 我々の格好は模範回答って訳だ」
自慢気に2人でカメラの前に立ったが、実際は今回平均年齢が高く30歳代のモデルが他にあまりいなかったからでは無いだろうか。 写真を撮り終え帰ろうとすると「すいません こちらも撮らせて下さい」もう一社のカメラマンが寄ってきた。
今度は車の雑誌で これまた客船特集の取材だと言う。並んで立とうとすると
「あっ 旦那さんは結構です」「・・・・・・・・」
「読者が男性なんで 女性だけ撮らせて下さい」 妻は勝ち誇ったような顔をして カメラの前に立った。
思わぬ寄り道で遅れてしまい、ディナーの時間は既に始まっていた。
昨日と違い、やはりインフォーマルの日はダイニングも華やかである。前回のインフォーマルデーは緊張したのだが、今回は取材も受けた事だし、堂々とテーブルに着く。
メニューは
プチシューのファルス (プチシューの中に何かが入っていたが一口で食べてしまい思い出せない)
鴨胸肉のソースサルミ (オレンジソース 前菜にしては結構なボリュームである)
フカヒレ入りコンソメ (フカヒレが無い!と思ったら底に沈んでいた)
オマール海老とホタテのポアレ (ゴルゴンゾーラ風味と書いてあったが何?)
柚子シャーベット
牛ヒレのステーキ (本当は脂の乗った部位が好きなのだが これもまた美味い)
サラダ・パン・デザート
実はここでも窓の外が気になる。先ほどの鳥島からさらに南に80キロ。間もなく「そうふ岩」を通過する。
先刻の鳥島とこの「そうふ岩」は小笠原行きの定期航路から大きく逸れている為なかなか見ることが出来ない。
寄り道はクルーズ客船ならではの特典で、ここに寄る為に数時間遠回りをしている。島ではなく岩と名付けたように 本当に小さな島らしい。
漫画で見た「無人島」を想像する。クジラの背中のような島に椰子の木が1本。その下にひざを抱えて座る漂流者。
「間もなく そうふ岩に接近します。本日は大サービスで岩の周りを1周します」船長のアナウンスでダイニングには拍手が起きる。
船はゆっくりと岩の周りを旋回する。「ん〜 これは一体なんなんだ?」この「そうふ岩」。海面から100メートル近い高さの岩がニョッキリと立っているだけ。まるでクジラが直立したような姿である。周りは1000メートルの深海。
「こんな島に漂流しても登れないなあ。鳥も通わぬ絶海の孤島だ」
「鳥いるよ。アホウドリ飛んでるよ」「・・・・・・・・・・」
やはりどの世界に物好きはいる様で、八丈島から漁船をチャーターしここまでやってきて、ロッククライミングに挑戦した人もいるらしい。 デッキに出てじっくり眺めたかったのであるが、まだメインの肉が出てこない。帰りも寄る予定なので それまでお預けである。時計を見ると食事開始から1時間。岩に見とれて手が止まっていたようだ。このあとはメインホールでショーがあるので 食後のコーヒーもそこそこに引き上げる。
本日のショーは「ジェリー藤尾」『知〜らない ま〜あ〜ちを 旅してみ〜た〜あい』のジェリー藤尾である。食事の時間に合わせて 2回のステージが行われる。
☆☆☆☆☆
3日目の早朝。恒例のデッキ散歩をする。
船の前方には 小笠原の島々が既に見えている。あと1時間もすれば父島の港に入港する予定だ。
「右側にクジラがいますよ!」ブリッジから航海士が身を乗り出して教えてくれる。指差す方向を見ると、海面から白い霧が吹きあがっている。クジラの潮吹きである。
今日の予定は ホエールウォッチングとシュノーケル。8時半の集合時間までに、島のダイビングショップに行かなくてはならないのだが実はこの「ぱしびい」大きすぎて岸壁には接岸できない。そこで地元の漁船をチャーターしてハシケとして、沖に停めた本船と岸壁の間をピストン輸送する事になっている。
船内新聞によれば第1便のハシケは8時発。これに遅れる訳にはいかない。
下船の準備を済ませてから、ダイニングに向かう。「うっ・・ 混んでるじゃん」みんな考える事は同じらしく、7時の開場前にダイニングの前には長い列が出来ている。「どうする? オープンバーでパンだけ食べる?」「ダメだよ これだって船賃に2、000円位含まれてんだから」こんなときでも考える事は貧乏臭い。
「開いた開いた 急ぐぞ!」「オハヨゴザイマス 洋食デスカ 和食・・・」「こっち和食ね和食」「あたし洋食だけ」あまりの勢いに驚いたボーイさんは あわてて和食を持ってくる。
『出し巻き玉子・明太子・佃煮・なめこおろし・大根とツナのサラダ・焼き海苔』
「このツナサラダ美味いぞ」『大根とツナ』とネーミングが控えめで、ツナが後に来ているものの実はツナのほうが多い。
「玉ねぎが七割入っているのに、堂々とツナサラダと呼んでる我家の誇大広告とは違うな」
時間がないと言っていた割には更にバイキングコーナーへ立ってガンガンお代わりする。ついつい元を取らなきゃと食べてしまったのだが、これがあとで大いに後悔する事になる。
本船から岸壁までハシケで5分。第1便が早目に出たのでダイビングショップには余裕で間に合った。ショップでウエットスーツとシュノーケル・足ヒレを借り いよいよクルーザーは沖に出る。
最初の行き先は隣の小島「南島」父島本島自体が東洋のガラパゴスと言われ自然保護には力を入れているが、この南島はそれ以上で、石原東京都知事が「全面立入禁止にしろ!」と言ったほど貴重な自然が多い。
我々も父島から植物の種を持ちこまないように靴の裏をタワシでこすって上陸する。
「次はクジラを追って沖に出ま〜す」クルーザーは沖に向かってグングンスピードを上げる。外洋はさすがにうねりが高い。大型のクルーザーであるが波の上でオモチャのように揺れる。
「マズイ・・・船酔いだ・・・」 と思ったら本当にまずくなるもので 段々気分が悪くなってきた。堪えきれず窮屈なウエットスーツを脱ぐ。幾分気が楽になったがしかし揺れはまだまだ序の口であった。
「クジラだ! 右 2時の方向!」クジラの潮吹きである。ボートは加速して近づいていく。
ドドドドーーーーン! クジラのジャンプである。こんな近くで見られるとは思ってもいなかった。荒天の為 他のボートが追跡を諦め港に戻るのを横目で見ながら 我々のボートはさらに沖に出ていく。
母と子のクジラを 他のオスクジラが追っているようで動きが激しい。「どうもあの母クジラは オスを嫌っているようだなあ」さすがである。ガイドには分かるらしい。
シッポが立って見える。「潜ったかな」潮吹きは段々遠くなる。
それから2時間。船酔いと戦った長い追跡は終わった。手すりを握っていた手は感覚が無くなり意識はモウロウとしていたが ここまで来て元は取った。 ボートは島に戻って 次は珊瑚の海でシュノーケルである。海水はまだ冷たく ウエットスーツ無しでは辛いのであるが「ここで泳がないと 2000円分損するよ」のガイドのアドバイスで 意を決して冷たい海に飛びこんだ。
珊瑚の上で戯れる黄色や緑の小魚。いや小魚ではない。ヒラメやサバぐらいの魚が群れを作って泳いでいる。餌を手に持ち 深く潜ると寄って来た魚に指まで食われそうになる。海水の透明度は高くいつまでもいたいのだが そろそろ時間である。 「まあいいや 明日はここでまたスキューバだ」翌日また来るつもりであったのであるが、実は大型の低気圧が西から迫っていた。
ダイビングショップから船にもどってとりあえず展望風呂で塩を流す。今日のディナーは船のデッキでバイキングの予定になっていたのだが、船に戻ると無情な案内が流れていた。 「お知らせ致します。本日のデッキディナーは強風の為中止とさせていただきます」「ええ〜中止?」中止と言っても食事自体が無くなる訳ではないのだが、楽しみにしていただけにショックは大きい。あれだけ船酔いで苦しんだのに、終わってみればケロリとし、昼食を抜いた分だけ余計に空腹になっているようだ。
天気が悪くなったと聞いて 翌日のスキューバを心配しなければいけないのだが空腹の為 今は食事の事しか頭に無い。
ディナー会場はいつものダイニング。室内は南国ムード満点に装飾されておりメニューも豊富である。フードコーナーの近くに陣取ってお皿を持って往復する。
「マサラップ」前日習ったタガログ語で「美味しい」の意味。サーモンのパスタが美味しかったのでお代わりに立ち 料理をついでくれるフィリピンのお姉さんに話しかける。「マサラップ?」 お姉さんは笑顔でパスタを大盛りについでくれる。「サラマト」(有難う)と言って戻ろうとしたら、そのお姉さん「マダマダ」と言って最後にサーモンも大きな切り身を乗せてくれた。「マラミン サラマト」(どうも有難う)
ようやくお腹も落ちつき、ふと隣のテーブルを見るとバーベキューらしき物が。「あれ何?食べてないよ」もう満腹なのだが見てしまったら食べない訳にはいかない。見落としたか?そんな訳は無い。お皿を持って歩いている人を観察する。「ん。どうやらあそこらしい」人の動きを目で追うと 出口から一旦デッキに出てバーベキューを貰って来ているようだ。 行ってみるとデッキでは炭火でカニや海老を焼いている。
原価の高い物は満腹でも不思議と食べられてしまう。それだけではない デザートのコーナーでケーキを発見。一体どこに入るのか4種類のケーキ全てを食べる。 「もう食えねえよ 帰るか」「当然でしょう」
席を立っても視線は料理に。「ん? あれは?」そこには『島寿司』の張り紙が。島寿司は父島の名物で カラシ醤油で食べる不思議な寿司である。ここに来て食べない訳にはいかない。しかし。「申し訳ありません 島寿司は終わってしまいました」「・・・・・・・・・・・」なぜもっと早く気が付かなかったのか。これだけは今でも悔いが残る。 胃袋は既に満タン。「じゃあ腹ごなしに フラダンス大会行くか」このあと ホールでフラダンス大会があり飛び入り大歓迎との事である。
☆☆☆☆☆
「鮭も食べたいんだがなあ〜」ダイニングの入り口に置いてある和食メニューを見てつぶやいた。和食にもひかれるのだが 前日食べ過ぎで失敗した為 今日は軽く洋食だけにする。
「ご案内申し上げます」 まだ7時だと言うのに船内アナウンスが流れる。嫌な予感がする。
「本日予定しておりましたホエールウォッチングは 強風の為中止とさせていただきます」
やはりそうか。 昨日も限界ギリギリの波だったが、今日はさらに風が強い。
「俺ら昨日行っといて良かったなあ」今回の航海「クジラ探しツアー」とサブタイトルが付くだけあってほとんどの乗客がクジラ目当てである。「可哀想に」と思ったのだが、我々もこれからボートでスキューバダイビングに挑戦する。大丈夫だろうか。
ハシケの時間になり 昨日より揺れる漁船で岸壁に向かいダイビングショップへ。昨日のシュノーケルは自信があったのだが スキューバは初めてである。どんな訓練をして潜るのであろうか。
「おはようございま〜す。」インストラクターがやってきた。
「じゃ ボートに行きましょうか」詳しい説明は? 訓練は? いきなり潜って大丈夫なのか?
心配は無用だった。天気が悪く昨日のシュノーケルポイントには行けなかったもの 湾内にも珊瑚がある。最初は怖々と息をしていたものの、魚達に見とれている間に自然に動けるようになった。インストラクターと一緒に水深5メートルまで潜ってみる。ツーンと水圧で耳が痛くなり鼻をつまんで息を抜く。手に持ったソーセージを目当てに 鮮やかなカラーの魚がドンドン寄ってくる。 「よ〜し 帰ったらライセンスに挑戦するぞ」体験ダイビングと言う事で短時間であったが、新しい世界をのぞいて充分満足であった。
ボンベも空になりボートに上がる。岸壁に帰るにはまだ時間があるとのことで 湾内をボートで遊覧する。湾内には「ぱしびい」が停泊しており 接近して写真を撮ることにする。
「乗客は何人ですか?」 インストラクターが聞いてきた。
「26000トンで400人? ゆったりしてるねえ。『おが丸』なんかあの大きさで1000人だよ」
岸壁には定期船の『おがさわら丸』が接岸している。7000トンなので並べるとかなり小さく見える。
ボートは「ぱしびい」にさらに近づく。水面近いアングルから近くで見ると さすがに迫力がある。「あの四角い窓が客室? 下のほうの小さい丸窓は何?倉庫? あんな下に客室ないよねえ」「・・・私達の部屋です・・・」
船に帰るハシケの最終便は16時半。飛行場の無い島であり、これに遅れたらしばらく本土に帰る手は無い。
最後の1時間、駆け足で島内を散策する。今は定期船の「おがさわら丸」が入港中なので島の中は活気がある。と言うのも 島には土曜日曜が無い。定期船が入港している4日間程度が平日となり、船が東京に帰ってしまえば次に来るまでが休日である。村役場の公務員も同じである。
生鮮食料品はこの「おが丸」に頼るしかなく 週に1度船が着くと店先は大賑わい。物が無くなると次の便まで仕入れの手段は無く、賞味期限の切れた品物も堂々と売られている。
船に帰ってしまえば おそらく今後数年は来る機会が無い。「思い残すことはないか 忘れ物はないか」 ハシケは岸壁を離れ船に戻る。岸壁では島の人が手を振って見送ってくれる。「また来いよお〜」たった2日間の父島ではあったが 手を振り返すと涙が出そうになる。
しかし本当に涙が出てきたのは、このあとの事であった。
船に戻ったら すぐにデッキに出る。デッキから下を見ると ブイに繋いだロープを外して出航間近である。 ヴオオオオーーーーーーー船はゆっくりと湾の外に向かって動き出す。 と、その時であった。
今まで湾内にいた漁船やボートが一斉に こちらの船を追いかけてきたではないか。
漁船もボートも大勢が立ちあがって手を振っている。
「おお〜い。また来いよお〜」船は速度を上げ湾の外に向かう。
「おお〜い」だんだん波が高くなり、小型のボートは飛魚のようになりながらもついて来る。
いったいどこまでついて来るのか。 「おお〜い また帰って来るぞ〜」こちらの船からも大勢がデッキに集まり手を振っている。 これが噂に聞いた父島名物のお見送りであった。
港を遠く離れ ついに最後のボートもひき返してしまった。ほとんどの乗客も大感激で 船室に戻ろうとはしない。しばらく手すりにつかまり 離れていく島を見つめている。
しかし。
「うおおおおおおお〜〜〜」湾の外に出て 船は大きく揺れ始めた。半端じゃない。
まともに廊下を歩けない。船が持ちあがるときは Gがかかり体重が重くなる。そんな時は足を止め 手すりにつかまりじっと耐える。船が下がり出すと体重が軽くなる。この瞬間を逃さず月の上を歩くように大またで距離を稼ぐ。そしてまた手すりで耐える。 この繰り返しである。
しかしそれでも夕食は食べる。メニューは和食。
『しめじのピーナッツあえ・手毬寿司・刺身(ホタテ、海老、蛸)・ぶり照り焼き・煮物・ カニ酢・うなぎご飯』 ダイニングの窓の外は 空になったり海になったりすごい揺れだ。
船酔いの乗客が多いのか空席が目立つ。「船酔いになると困るから 今のうちに酔っちゃえ」と、ビールのあとは熱燗で早めに酔うことにする。
昼間の疲れと熱燗が効いたのか、夕食後部屋に戻るといきなり爆睡し、気がついたら5日目の朝だった。
船は大きく揺れている。5階の中央部でこれだから 上の階はすごい事になっているだろう。
テレビの航跡図を点ける。白い線が父島から北に延び 小さな点に近づいている。
「ああっ!いけねえ そうふ岩だ」往路に食事中だった為 写真が撮れなかった「そうふ岩」が目前に迫っている。あわてて着替えてカメラを持ってデッキに駆け上がる。
今日は風はあるが天気は良い。強風の為 波が砕ける大岩は迫力満点である。 今日は終日航海日なので 船内のイベントが盛沢山に控えている。手始めに朝食後「ウォークラリー」に出かける。
これはあらかじめ船内の目立たない場所に問題を書いた張り紙がしてあり。参加者はポイントの地図を貰って問題を探し、その答えを考えて時間内に戻らなくてはならない。
5日目ともなれば船の中は任せておけである。しかし早々とポイントをまわって帰ったものの肝心の回答が間違っていた。欲しかった商品のマグカップは結局貰えず、船内ショップで買うことになった。
船の揺れは少しおさまったような気がする。「もう少し揺れてくれれば競争率が下がるのになあ」 実はこれからビンゴ大会がある。商品は高価なものが多いだけに競争率も激しい。「大揺れになって みんな出ないようにお祈りしよう」
しかし会場に入り、ぐるりと見渡すとかなりの人数である。「結構いるぞ。全員出てきたんじゃないかなあ」 なぜか私は船の上だけビンゴに強い。以前も商品をゲットした事がある。そして今回も当りそうな予感は的中。「来たー リーチ一発!」1等は無理であったが、おそらく5等ぐらいの商品をゲット。真鋳の名刺入れであったが、帰りにショップで見たら定価4000円になっていた。
ちなみに気になる最高商品は5万円のクルーズ券であった。
午後からはブリッジ見学がある予定になっているが、先ほどの祈りが遅れて効いてきたのかまた船は大きく揺れ出した。心配していたら案の定、見学は中止になってしまた。
「しかたがない とりあえず飯行くか」こう長時間揺られていると 力が入るためか体力的に疲れてくる。ジョギングした直後のように食欲はないのであるが メニューだけでも確認したい。必死で歩いていった今日の昼食は
『白魚の黄金合え・ベビーロブスターのマヨネーズ合え・南京のそぼろ煮・鮪やまかけ・鯛ご飯・デザート』
ガシャーン! 「おおお〜〜」大きな揺れでお皿が落ちたのか スタッフも大変である。
勿体無いの精神で必死に食べていたのだが、同じテーブルの御婦人は平気な顔で食べている。「これくらい揺れなきゃ 船に乗った気がしないわ」よく聞けば相当なベテランで 過去に多くのクルーズに参加しているとの事。
「アラスカ行ったときはこんなもんじゃなかったわよ」冬場の太平洋はもっとすごいらしい。
遠い将来でも海外クルーズにと思っていたのであるが 自信が無くなってくる。
ブリッジ見学が中止になってしまい。17時のパーティーまで もう何もすることが無くなった。
「あたし 美容室行きたい」妻はそう言って美容室に予約の電話をかけていたが、反応がおかしい。
「どうした?」「なんか 電話に出た美容師さん元気無い声で予約がイッパイだって言ってるけど・・・」「それ違うよ 美容師さんが酔って仕事にならないんだよ」
聞いた話では フラダンスのダンサーも船酔いでダウン。バックバンドもダウンして結局ショーは中止になっていた。
急に暇になり思いついたのが展望浴場。大揺れの風呂もオツなものではないか。着替えを持って 例の「ムーンウォーク」で廊下を歩き 11階の浴室に向かう。5階と違い11階は揺れが大きい。さすがに浴室には誰もいない。 今のうちに湯船を独り占めしようと片足を入れたら、「おやっ?」 お湯が無い。いや正確には半分以下になったお湯が、右に左にしぶきを上げて動いている。しかたが無いので仰向けになり 寝る格好で首まで浸かるドドドドーーーー 「痛てててて・・・・」お湯が動くと体も動き湯船の底でお尻をこすってしまう。これは参った。
☆☆☆☆☆
残念であるが今日が最後の夜。17時からは「フェアウエルパーティー」つまりお別れ会。
この時間からはドレスコードがインフォーマルとなる。
船はお昼から針路を西に変え、低気圧を避けるコースをとっている。パーティーやショーの時間に揺れないようにと船長の配慮である。こんなことは定期船では考えられない。「船は大きく西に針路を変えてます。このまま進むと九州まで行ってしまいますが、ご心配は要りません。夜にはちゃんとコースを戻し定刻に横浜に入港します」パーティーの初めに船長の説明があった。
ウエルカムパーティーの時と違い 今回ステージには非番のスタッフ全員が上がる。400名の乗客の為に 200名近いスタッフが乗っており、今ここに集まったのは150人程度。
毎日顔を合わせたフィリピン人のスタッフや イベント担当のスタッフ、今まで会う事の無かった機関部のクルーもステージに上がっている。そして蛍の光の大合唱。
今にも下船しそうな雰囲気だが、まだまだ先は長い。横浜入港まで遊ぶ時間はたっぷりあるし、これからディナーが待っている。
最後になってしまったディナーの洋食メニュー
トマトとモッツアレラチーズのメルバ(トマトビザトーストの小さいやつ?)
カニとリンゴのカクテル
ブイヤベース (魚介の具がタップリ)
シャーベット
牛ヒレのロースト (ポルト酒のソースが絶品)
サラダ パン・デザート・コーヒー
今回のテーブルは 初日に一緒だった船マニアのF氏とスキューバで一緒になった新婚さんと一緒である。新婚さんは船酔いでダウンしていたのだが、医務室で注射をしてもらってカムバックしたそうだ。
最後の夜だし記念だからとベテランのF氏がスタッフに交渉し、どこから探して来たのか赤い大きなハート型の飾り物を持ってきた。「じゃあ ハートを持って並んで下さい」 船専属のカメラマンも呼んで撮影会である。突然の出来事にダイニングの視線が集まる。普通なら真赤なハートマークは恥ずかしいのだが、これでテレないところはやはり新婚さんである。
もっと遊んでいたいのだが 2回目の人の為にテーブルを空けなくてはならないし今日もまたジェリー藤尾のショーが待っている。ジェリー藤尾さん。船でのコンサートは初めてだと言っていたが 昨夜からの揺れは大丈夫だっただろうか。
「いや〜 もう俺 船酔いで参ったよ」 幕が開いたとたんにこの一言。どうやら本当に参ったらしい。
ゲストは上の階の客室に入るので揺れは5階より大きい。
「ゲーム室に行ったら。床見たら日本庭園のように玉砂利がひいてあるんだ。変だと思って良く見たら 碁石が散らばってたんだ」
昨夜は夕食後 カジノに行く予定が熱燗で酔って寝てしまい 一番大揺れの時間はすっかり夢の中であった。そんなにハプニングが多かったなら 大揺れの中での船内探検もやってみたかったのにと大いに後悔した。
最終日の朝。日課になっている航跡チェックをする為テレビを点ける。「アレッ? 地上波が入ってるぞ」今まではビデオと衛星しか放送していなかったが 本土に近寄り地上波が入るようになったようだ。
航跡をみると大きく西にそれたコースが 伊豆半島でもとに戻っている。
「あ〜あ 戻って来ちゃったなあ〜」 入港まであと4時間。ノンビリしようと思っていたところに 妻の声。「ちょっとちょっと なにノンビリしてるのよ 宅急便の受付8時までよ」
スーツケース1個。旅行バック2個。そしてダンボール箱1個。バックはともかく スーツケースとダンボールは送らない訳にはいかない。
「準備できないと 朝ごはん無しよ」という妻の声にあおられて、慌てて着替え荷造りを急ぐ。本来なら前夜に済ましておくべきであったが、深夜まで遊んでしまい部屋に帰ったらコロッと寝てしまった自分が悪いので仕方が無い。
ギリギリで荷物の集荷に間に合い 汗を吹きながら朝食に向かう。「マガンダン ウマガ」(おはよう)タガログ語も段々さまになってきた。 朝から働いたので お腹はペコペコで、悔いの無いように食べまくる。これで豪華な食事ともしばらくお別れである。
「忘れ物は無いな。思い残す事は無いな」父島を発つ時に言ったセリフと同じである。5階から12階まで立ち入り可能なところは全てチェックした。
「そうだ 4階行ってなかった」4階は診療室があり「法医学教室の午後」を書いた有名な西丸ドクターが診察を行っている。
「話の種に1回位 行っておけば良かった」
船は東京湾の入り口、浦賀水道に入って速力を12ノットに落す。デッキに上がると風が冷たい。小笠原で泳いでいたのが嘘のようだ。
船は更に速力を落としベイブリッジをくぐる。工事中の客船ターミナルもはっきり見えてきた。
「じゃあ 帰るか・・・・」部屋に帰って 下船の準備をする。
荷物を持ち もう1度部屋を振り返って下船口に向かう。
「マタ オアイシマショー!」下船口のホールには 顔なじみのフィリピン人スタッフやクルーが大集合。陽気な笑顔を浮かべている。「マラミン サラマト!」 握手をして階段を降りる。
コンピューターのセンサーに乗船票のバーコードをかざす。「ピッ!」と音を確認し画面を見る。「あ〜あ 下船って出ちゃったよ」画面には 『4月7日 10:10 下船』の文字。113時間ぶりに本土の土を踏む。
そして、その2時間後・・・・・
昼食に食べているのは カップラーメンとコンビニの弁当。場所は会社のデスク。
横浜から会社に直行したのであるが、あまりのギャップに既に2時間前の記憶は薄れかかっている。
「あの優雅な生活は夢だったのだろうか・・・・」
夢かと思ったのだが 立ち上がると地面が揺れている気がする。
「体が覚えている内に 航海記でも書くか」そう思って仕事のファイルを閉じ、パソコンの電源を入れた。
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