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初のアメリカジャンプ。しかも初海外。
サンフランシスコまでは 一番安い「中国民航] 当時の「中国民航」はスッチーは作業服ズボンはいてるし、機内食は中華丼だし,コーヒーはインスタントだし・・・
そんなことより心配なのは入国審査。 英語わかんねーぞ!機内でマニュアル見て「さいとしーいんぐ」「すりーういーくす」
試験前の一夜漬け。
9時間でシスコに到着。そして入管。「Next」と言われカウンターに 「ええ・・・ アイ・・アイム う・・・」
「カンコー デスカ?」 「・・・えっ?」
「イツマデ イマスカ?」 「・・・日本語じゃん・・・」
いつの間にか そこは映画の中のような空港ロビー。
サンフランシスコからドロップゾーンの「ローダイ」までレンタカーで2時間程。
飛行機はセスナ182(3〜4人)206(6〜7人) ビーチ (8〜12人) DC−3(30人)それでも1日7回ジャンプ。
食事は安く 肉・肉・ビール・肉・ビール。
「天国じゃー!!」 「こんな日が3週間もあるのか!」しかし・・・・
そんな天国はたった4日間でおしまいでした。
4日目のサンセットジャンプ。当日7回目。
上昇中のセスナの中では 夕食のメニューとビールで頭がいっぱいです。
「カットー」 6WAY。と言ってもみんな100回前後バラバラのままブレイク。
ちょっとスポットも遠い。本日のラストジャンプ。
全員色気を出してパックエリアに向かってアプローチ。
追い風だが とどきそうもありません。
そう追い風です。当然ファイナルに入るには180度ターンが必要。
あのときなぜ 早めにあきらめターンしなかったのか。
なぜ 他のキャノピーの位置を把握しなかったのか。
左180度ターンをするつもりで 左下に意識が集中。
そのとき右前にいた1機のキャノピーをすっかり忘れていました。
(そのキャノピーも左ターンでファイナルに入るのは当然。先に自分がターンしてやらなければ)と思うのは今だから。
経験74回の私には自分のことしか、ビールを早く飲むことしか頭になく・・・・・
「よしっ そろそろだ!」 フックターンは怖いのでハーフトグルで回ろうと左を引いた瞬間。
目の前に・・・
左ターンを始めた自分の前に 先にターンしたキャノピーが右から接近。
「いか〜ん ぶつかる〜」
そのまま左トグルいっぱい。
なんとか衝突は避けられたものの結果的にフックターンになり、そのまま身体が横になったまま畑の中に。
「いっ いかん! 受け身だ!」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その瞬間。意識を失ったようで 気が付いた時にはタンカを持って走ってきたドロップゾーンのオーナーと6WAYのメンバーが まるで死体でも見るような顔つきで見下ろしています。
「何でみんな集まってるの?」本当に冗談抜きでそう思いました。
そのままタンカに乗せられて 救急病院へ。全身打撲で身体は動かず、右足はだんだん腫れてくるし。
ここでの天国のような生活が夢ならば これも夢ではないか?
しかしレントゲンを撮られ一言 「BROKEN」
これは現実でした。 そして現実だとわかったとたん右足が猛烈に痛み出しました。
時間はそろそろ20時。 手術は明日するとのことでそのままベッドへ。
それにしても痛い 「ぺいん!!」と言っても「***********」(麻酔は打ちすぎると良くないと言っているようです)
翌朝 意識もうろうのまま手術室へ。
麻酔医が全身麻酔か半身麻酔か聞いてきました。全身麻酔だとそのまま死にそうな気がしたので半身麻酔を希望。
腰に麻酔を打たれ横になったら意識不明に。
そして手術後。 意識が戻ると 顔には酸素マスクがありナースが手をさすっているではありませんか。
聞くところによると 「麻酔が効きすぎて呼吸が止まりかけた」とのこと。
その後 肺の機能が麻痺したせいで肺炎になり40度の高熱が出る羽目に。
当時はアメリカ人との体格のせいか? と思っていたのですが渡辺淳一の「麻酔」と言う小説を読んで ドキリとしました。
手術中の姿勢によって麻酔が延髄や脳まで行き 呼吸が止まる事故があるんだそうです。
生きててよかった。
熱と痛みがおさまると 病院生活は快適そのもの。
食事のメニューもチョイスできるのでデザートの選択肢の全て(アイス・フルーツ・ケーキ)にチェックしたら なんと全部持ってきてくれました。
TVで「セサミストリート」を見ながら 「英語の勉強にもなるし 良い経験だ」と また天国かと思っていた入院4日目。
いきなり言われた一言。
「保険の限度いっぱいなので退院して下さい」 「・・・・・・・・・」
出発直前で入ったスカイダイビング特約の旅行保険。 限度額は100万円なのに もう使い切ったか。
金が無いのはしょうがない。 熱と痛みが続くなか 病院を追い出され飛行場の格納庫にビーチベッドを置いてもらい 帰国までの2週間以上を過ごすことに。
乗れない飛行機の爆音を聞き 他のジャンパーが腕を上げるのを見ているのはこんなに辛い物か。
せめてもの楽しみは ギプスの足で車に乗ってドライブと買い物。
肉・肉・ビール・牛乳・チーズ (カルシュウム補給のため)
気分が腐りきってた所にドロップゾーンのオーナーが持ってきたのは なんと1・5人前くらいの大きさのパラシュート。
そして 「You jump」
手術から1週間 まだ抜糸もしてないのにギプスのままで飛べってか?
オーナーは このまま帰国したら こいつはジャンプをやめると思ったのでしょう。
もうやけくそです。「おっけえい」
廻りの日本人が止めるなか セスナに乗り込み 2度と見れないと思ったカリフォルニアの大空へ。
後はまた夢の中。 ソロで飛び360度ターン。眼下のブドウ畑とまっすぐなフリーウェイを目に焼き付ける。そして プル。
「痛てえーーーーー!!!!」
ショックでギプスがずれ 脳天まで激痛が走りました。そして現実。
「どうやって降りよう・・・・」
うかつでした 降り方を考えていませんでした・・・
どうやって降りよう?いつまでも浮かんでいるわけにはいきません。両足でも下手なのに 片足で しかも抜糸もまだなのに・・・
今度は廻りに注意 無理をせず オーナーが待っている場所にゆっくりアプローチ。
大きく四角にトラフィックパターンを回る。
そう。 これ以来 私の降り方は変わっていません。遠くからファイナルに入って、そして緊張の。「フレアー!」
高めのフレアーで左足を着けた後 失速気味にお尻からランディング。100点満点でした。
座り込んだままの私の周りに みんなが集まって来ました。1週間前と同じです。あの時も倒れている私の周りに今と同じ顔が並んでいました。しかし 私を見下ろすみんなの表情はあの時とは違います。
「OK、大丈夫」肩を借りて格納庫に引き上げ、定位置のビーチベッドの上に。
ログブックには大きく 「ギプスジャンプ!」
さあ あと2週間で帰国です。当然 中華丼の「中国民航」。「帰りは餃子がでると嬉しいんだけど・・・」
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