死がふたりを
 結婚式にいってきた。
 そう、結婚『式』。それも教会だから、基本的には自由参加。
 もし、時間があれば、顔を出すだけでもお願いできますか?と、フジミでの長い付き合いの彼女に控えめにお願いされて、しかも、場所は、富士見町にある教会だったら、行くしかないだろう。
 本当なら、披露宴に、所属するオケ代表として世話人と常任指揮者とコンマスを呼びたかったらしいけれど、僕ならともかく、売れっ子指揮者になって久しい圭には、よほどの幸運に恵まれない限り、そんなヒマはない。
 だから、せめて、時間さえあれば結婚式にはいってあげたいと思うのは、長い付き合いだから。いや、違うな、圭が常任としてやってこなかったら、僕はきっと、フジミのみんなとは、そんな深い付き合いをしてなかっただろう。いまだって、結婚式に声をかけられたか、どうか。
 そう思うと、圭に影響されたってのは、僕の音楽人生だけじゃなくって、人生そのものもなんだな。

 
 その帰り、すでに三丁目にはいり、あともう少しで我が家に帰り着くというのに、昼間の住宅街の人通りの少なさに気が緩んで、隣を歩く男の不気味な呟きを聞き咎めてしまった。
「きみは、結婚式は教会がいいってわけ?」
 五十嵐くんが、女性にプロポーズするなら、友達の結婚式直後が絶好のタイミングだっていってたよな。なんでも、無意識の領域の結婚願望が揺すぶられる、らしい。かなり成功率の高いプロポーズだって話ですよって。どこかで仕入れてきたネタらしくって。どうも、出所は、飯田さんくさいんだけど、しかも、酒の席の与太話っぽいし。聞いたからには、どうしても、誰かに話したくって、うずうずしてたらしい。
 けど、川島さんや春山さんには、話せないことだからって、お願いします、聞いてくださいよぉ、と泣きついてきたっていうのが、ホント。
 なんか、それを、思い出して、不安になったってワケ。
「なにをですか?」
「教会の結婚式。いやに、拘ってるから、自分の時は、教会で、とか?」
 そもそも、僕らは既に結婚をしている。
 僕の両親の墓の前で誓い合った、それだけの結婚式だったけど。それだって、僕から言い出したことだ。それ自体は、圭だって満足して、不満はないらしい。しかし、考えてみれば、この男が、そんな地味な結婚式を望んでいただろうか?・・・・・・・いや、そんなハズはない。ってだけは、簡単に想像がつくぞ。
 結婚式は黒と白のタキシードとか、いってた事もあった気もする。教会での結婚式を夢見ていても、・・・・・・騙されて、連れ込まれた先の教会で、二人だけの結婚式を挙げさせられても、呆れはするけど、驚かないぞ。
「いえ、違います」
 意外性で、桐院家は、神道だから、神社?僕だって、結婚式といえば、神主さんで、神社ってイメージだけど。
「じゃあ、なんで?
 てっきり、僕は、『病める時も、健やかなる時も』って誓いたいんだと思ったんだけど?」
 死が二人を分かつまで、か。なんて、意味ありげに呟かれたら、誰だって、そう思うだろ?
 もっとも、さっきの結婚式には、そういう誓いの言葉はなかったんだけど、なにかこう、教会の結婚式はこれって、刷り込まれてるんだ。それ自体は、うえに三人いる姉たちの影響だろうけど、てっきり、自分もやりたいからだと思ったのに。
「あー、もしかして、きみは誓いたかったのですか?」
 と、きた。
 あのね、僕は、きみと、すでに結婚していて、もう、誓いの言葉もすんでるわけ。
 二年のイタリア暮らしで、自分が、結婚式は神社で、葬式はお寺って生活に違和感が全くない、根っからの日本人だって実感したから、わざわざもう一度、誓いたいとは、まったくもって、これっぽっちも、ない。このところを重点的にアピールして、いざそのときの為の予防線を張るのに手を抜いたら、あとで後悔するのは、きっと僕。
「いや、まったく。一度もそんなことをおもったこともないよ」
「ああ、それは、よかった。
 僕も、誓えないのですよ」
 って、それ、どういう意味?
 一見、似てるけど、それって、かなり意味が違わないか?
 僕は、誓いたくない。
 なのに、圭は、誓えない。
 それって、どういう意味なんだよ。
 人間って不思議な生物だね、自分ではこれだけ否定してるのに、相手からも同じことをされると、どうしてこんなに、ショックをうけるんだろうか。
 黙りこんだ僕に気付いてないのか、何事もないかのように門を潜り、玄関の鍵を開け。挙げ句に、お帰りのキスを請求するって、どういうつもりだよ。
「悠季?」
 お帰りのキスを拒否した僕に、やっと、今更、何事かと訝しげに、名前を呼んで、たぶん、むっすりとした僕の顔を見ることになっただろ。
 お帰りのキスなんか、さっきの釈明をするまでお預けだからな。
 圭を見捨てて、バイオリンは持って出てないから、手洗いうがいに直行。その後ろを付いて歩くノッポは、ムシ、ムシ、無視。
「ああ、もしかして、誤解をしてませんか?」
「なにを?」
 刺々しい返事になったのは、圭の所為だから、僕は悪くない。
「僕は、きみ以外の誰も欲しくはないし、きみが僕以外の誰かを愛するなんて、考えたくもないのです」
 僕だって、そうだよ。
 でも、それがなに?
 どう、誤解してるんだって?
「悠季、『死が二人を分かつまで』をどういった意味だと思ってますか?」
「どうって、そのままだろ?『死が二人を分かつまで』以外のなんだよ」
「ですから、『死が二人を分かつまで』なんですよ?」
 圭が拘るわけがわからなくって、何の問題があるのか判らない僕は、ムダに足掻いてみる。
 立ち止まるのは、負けたみたいで、シャクだから、絶対に立ち止まって話を聞いてなんかやるもんか。僕の後姿に話し掛けてろ。
「死ぬまでってことだろ?」
「そうですよ?死ぬまで、しかなんですよ?」
 圭のいうことが理解できない。
 死ぬまでって、キリスト教は生まれ変わりって考えがないっていうから、どこに問題があるんだ。それに、映画にだって、死んでから天国でその人に会うってよくある話だろ?
「いいですか。つまり、『死ぬまで』ということは、『死んでから』のことまでは、誓ってないのですよ?」
「そりゃ、キリスト教なんだから、そうだろ?」
 それくらい、僕だって知っている。馬鹿にするな。
「違います。そちらの意味ではありません」
 そっちじゃなければ、どっちなんだ。
「いいですか。死んだあとのことまでは知らない。というのが、この誓いの趣旨なのですよ」
「なに?」
 正直な感想だ。
 つい、負けて、立ち止まって振り返って、圭を見る。
「生きている間は、協力し合い、相手ひとりを愛しつづけることを誓うけれど、亡くなったときには、残された方は他の誰かともう一度幸せになってください。というのが、この誓いなのです」
「えっ、だって」
 あとに続ける言葉がでてこない。
「カトリックの国では、離婚は認められないという話を聞いたことは、ありませんか?」
 あー、どっかで、聞いた気も、するな。テレビだったか、本だったか。
「法律上の離婚は認められても、宗教上の離婚は認められないというのは、そういうことだからです。
 ですから、相手が死亡した時には、婚姻は解消されます」
 あー、そういえば、うんうん、疑問に思ったこともあったけ。昔テレビで見た、別れたい夫婦が主役の映画。離婚をしたい。だから、奥さんを殺しちゃえって。子供心にも、別れるんじゃなくって殺しちゃえって、どうして、そう、外国人っていうのは短絡的なのかって思ったもんだ。そっか、そういう意味、だったんだ。
 と、納得すると同時に、ガラガラと音を立てて崩れる何か。
 たぶん、それは、今までの常識ってヤツの音だ。
「じゃ、天国で会うのは、誰?」
 なんのことかって顔をされてしまった。
 悪いかよ。前に、散々話を聞かされたんだよ。
 死んだら、天国へいって、そこで、再び家族と幸せに平和に暮らしますって。だから、うちの宗教をって話だけどさぁ。
 でも、じゃ、なに?その話を信じたら、誰と会うわけ?それより、どういうこと?天国で、僕と圭と、どちらかの再婚相手の三人と仲良く暮らすってこと?

 うっわぁー。嫌なことを思い出した。
 前に小夜子さんの言い出した三人結婚。そんな世界なわけ?
 いやだ。絶対に、イヤだ。そんな天国なんかで、一生暮らせって?それって、本当に天国、なのか。
 
パニクった僕を見て、自分の主張を正しく理解したのを見取ったんだろう。
「ですから、僕は、僕が死んだ後、きみに他の誰かと幸せになって欲しいなどと誓うことはできないといったのです。
 もちろん、きみが亡くなったあと、他の誰かと幸せになるなどは論外ですが」
 素面で言われると、面映い。
 赤くなった顔を見られたくなくって、俯いて。
「・・・・・・うん、僕も」
 小さく返すだけで、精一杯だった。

 先延ばしにしたぶん、本格的なお帰りのキスを済ませて。
 焦らした分、きっちりと焦らされ返されて、半分飛びかけた意識に飛び込んできた音。
 どこの宗教なら平気ですかね。

 きっと、気の所為だってことにしておきたい。
どこかで、こういう説を聞いたんですが。
そういう解釈が存在するなら
彼は、絶対に、誓わない、という話。
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