あるバイト |
「2、3日、アルバイトをしませんか」 昨夜のあの電話。別にバイト斡旋をされる筋合いもなかったんだ。 だけど、それが、先生のバイトの肩代わりってなら、話は別じゃないか。 先生の生活が限界がきてるなんて、誰が見ても判りきってて、それに気付かないのは、当の本人の先生ぐらいで。椅子の片付け最中に寝ちまうなんて、もう限界越えてる。 「悠季の代わりが見つかるまでのほんの数日だけです。どうですか。雇用条件は同じで交渉済みです。但し、きみの働きが代行として、問題がなければ、になりますが」 やるんなら、別に金が目的じゃないから、そりゃ、貰うもんは貰うけどよ。先生はどうすんだよ。問題は、先生だ、どうすんだよ。 「悠季、ですか。なにか、問題がありますか」 「あんた、判ンねぇのかよ。あの先生が、バイトなんか許してくれっと思うのかよ」 学生の本分は、勉強ですってな、先生だ。 放課後だって危ないところ、これは、真昼間、学校の時間だ。 「そんなことですか。平気ですよ」 どこから出てくる自信なのか知らないが、ほんとーに平気なんだろな? 先生さえ、どうにかなれば、バイトの話は断ることもない。 「悠季が怒鳴り込むのなら、間違いなく、僕のところですね」 なんか、それ、ちがくねーか、おい。 誰も、ンなこと、聞いちゃいねーよ。 受話器越しでも、よっく判る。なにが問題なんですかねって、しらっとしてる桐ノ院。 そうだった、結局のところ、先生もこいつも所詮、同類なんだよ。 「それで、いつの話なんだ」 「急で申し訳ないのですが、明日から」 ちょっと、まてぇいっ。 話の流れで気付かなかった俺も悪いが。 明日だと、おい、おまえっ。今日が何曜日だか知ってンのか。日曜だぞ、つまり、明日は月曜だ。俺は、高校生なんだぞ、本当に判ってンのか、おい。 「遠藤、なんで、きみがここにいるんだよっ」 あの、先生を説得できたのかと、ほんの少しばかり見直して、尊敬までしてやったのは、つい5分前の話だ。 そこに、当の本人が、1時間の遅刻として、駆け込んできた。 つまりは、説得できなかったんだな、とーのいん・・・・・・・ 「遠藤。なんで、ここにいるんだって、聞いてるんだ」 すっかり、教師モードの先生に、桐ノ院に先生のバイトの代わりにスカウトされました、なんて、素直にいって、この状況の先生に理解して貰えるわけがない。それっ位の学習能力は、俺にだってある。 ある、あるけれど。ささやかな盾代わりにお盆を構えても、何の効果もありゃしない。 とーのいん。先生は、こういう人なんだぞ、責任とりやがれ、今すぐ、先生を止めろっ。つーか、器物破壊でも起こさないうちにどうにかしやがれ。 逃げることしか考えてない俺と、場違いなお気楽な声。 「あれ?いや、おとついだったけど、桐ノ院くんから電話があってさ」 うっわぁっ。ダメだって、マスター、やめっ。 わたわた、腕をふってみても、俺と先生とマスターの関係は見事に三角形。なもんで、先生に話し掛けるマスターは俺を見てない。 結局、桐ノ院が先生にした仕打ちを、けっろと白状しちまったマスター。 牙をむきかけた先生は、俺からマスターに矛先を換えて、当然だろ、なにも話さない俺より、むこうのほうが獲物としては効率的だ。 「なんだい、守村くんは知らない話だったのか?」 なんて話を纏めるマスターの無防備さ。知らないって幸せだね。思わず逃避したくなる。 そうなんだよ、先生はなんにも知らなかった、んだよ。計画通りなら、ここになんか来るハズなく、その前に桐ノ院の馬鹿野郎が、説得するハズだったんだよっ。 全部、全部、これもあれも、全部ひっくるめて、あいつの所為だ。 ばかやろぉ。責任とりやがれっ。 ぷちんと、音が聞こえた。―――気がする。 もぉ、ダメだ。もぉー、キレた。 うっわぁ。だれか、先生を止めてくれっ。 あのあと。 俺たちに罪はないと思い至ってくれたらしく、じっさいにない。ネジがきれたように立ち止まり、どうしたのかって思う間に、方向転換。それでも、「失礼しました」と挨拶をするあたりが先生で、あとは振り向かずに出て行った。 どうやら、桐ノ院のところに殴り込みにいったらしい先生を、マスターと俺は、ただ黙って見送って。 先に、台風一過の衝撃から立ち直ったのは、流石のマスターだった。 「守村くんって、あんな人だったんだ。初めて知ったよ」 『あんな人』が、どんな人なのかは知りたくなかった俺は、先生の名誉の為に同意だけはしなかった。 片付け最中に寝ちまう先生に、椅子だしも片付けもさせて平然としてられるほど、俺も薄情な人間じゃないんで、できる限り手伝うようにしてた。今は、仕事があるから、6時半にはぎりぎり間に合うかって具合だけどさ。それだって、おんなじバイトをしてた先生が椅子だしをやってたんだ、不可能はないってもんだ。 途中のコンビニでメシを買って、今日こそ一番のりかと思えば、先生が来てる。一体、何時に来てるんだよ、先生。つーか、先生、椅子だしする時間を、自分の練習にあててくれ。頼むよ。 「ち、あーすっ」 なんでだか、固まってる背中に挨拶して、さて、メシを食う前に、椅子出しをするかと、手近な椅子に荷物を置いた。 不吉にも、弾かれたように、先生が飛んでくる。 「遠藤、きみ、学校はっ?」 「あー、もう夏休みだけど?先生」 それ以前に、学校にはいってない。 バイトに入れ込んでるつもりもないが、もともと、やめてるような状態で、フルタイムのバイト生活突入。 ガッコより面白いんで、俺的には中途半端よりもって、このあいだ、正式に辞めた。今の俺は、胸を張っての『フリター』だ。 でもなぁ、ここで、それを言うと、真面目な先生のこと、バイトを始めた切っ掛けは、自分にあると責任を感じないとも限らない。 言いよどんでると、先生が詰め寄ってくる。 「違う。バイトの日だよ。あの日、月曜だっただろ」 正直、とうとうきたか、と思ったな、俺は。 それは、予想の範囲内のことだった。俺だって桐ノ院に噛み付いたくらいだから、当然先生からくると思ってた。あの時、こなかったのが不思議なくらいなんだ。まぁー、あの時の先生は、かなりイッちゃってたからなぁ、そこまで頭が廻らなかったんだろな。 「遠藤、どうなんだい」 どうっていわれても、正直に答えるのか?絶対に怒るだろ。 この間みたいに、あいつに向かえばいいけどさ、なんにも悪くない俺が怒られるのって割に合わないぜ。 「えんどお?正直に答えてくれれば、怒らないよ? どうせ、圭が唆したんだろ」 いやぁ、お見事です。先生。やっぱ、あいつのことをよくご存知で。 えこえこと愛想を振り撒いていられるのも心の中だけで、たぶん、顔は引きつりまくり。 桐ノ院の野郎よりも、実は先生のほうが怖いと知っているのは、極少数だけだと、フジミに入ってすぐに忠告を受けた。生憎と、忠告を受ける前に、その名誉ある極少数にカウントされてた俺は、当然の事ながら、出来るだけ、いや、絶対に先生を怒らしたくない。 って、ことは。 つまり、この怒りを正統な相手に押し付ければいいってことか、もしかして? そんなわけで、覚悟を決める。 「そおだよ。桐ノ院が、別にかまわないだろって」 「どうしてだよ。きみ、学校があっただろ、せっかく真面目にいってたのに」 いや、いってない。とは、あくまで心の声。 「だから、桐ノ院がいうには、今更、2日や3日のさぼりが増えて、何の影響があるんだって。いわれて、俺もそうかなって思っちまったもんで。つい、代わっちまった」 そのまえに、電話越しとはいえ、あれの迫力の押しに勝てる奴はいるのか。そこんところを、考えてくれ。 只今、7時54分。 当然のごとく、先生は桐ノ院の非常識さを怒り、だいたい、先生と桐ノ院は、同じクラスにいたら、絶対に友達にはなってない正反対の性格をしてて、それが見てるこっちが馬鹿馬鹿しくなる、べったべったの恋人だっていうんだから、オトナの世界ってのは奥が深い。じゃ、なくって。 次々にやってくる団員を前に、いつまでも怒り狂ってるわけにはいかず、いつものコンマスを演じつづけている。それでも、ちらちらと入口に向ける視線は、とりあえず、一言説教してすっきりしてから、練習をしたいからなんだろ。 7時55分。 桐ノ院が入ってくる。と、同時に、廊下に拉致していく姿に、なにが起こったんだって、会議室は、ひとしきり、ざわめいた。 最初から廊下で待ち伏せておけば、目立たないものを、先生、かなり、怒ってる。 8時数秒後。 ふたり続けて、慌てて入ってくる。 せんせい・・・・すごく、目立ってる。思いっきり、目立ってるって。 おかげで、あれやこれやそれの目が、興味津々でふたりを探ってる。 これで、ばれてないって信じてる先生って、・・・・・・・偉大だ。 |
遠藤少年 恐怖体験第2弾。 第1弾は、『バイオリンin冷蔵庫』 原型は、「Eの悲劇」が発表される、遥か以前に書いた話。 どうも、遠藤少年が好きだったらしい。 |
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