ホントの気持ち |
正直な話、ショックだった。 どうせ、姉さんの我が侭から始まった痴話喧嘩だろうって高を括っていたあの日が懐かしい。 口を割らせてみれば、僕にどうしろっていうんだって泣きたくなる、かなりディープな状況を前にして、姉さんに呆れ果てられる新婚生活中の身でも、恋愛経験値は限りなくゼロに近い僕には、どこからどうしたらいいか、まったく判らない、お手上げ状態なんだ。 話し合ってみろなんて、正論だけど、当事者の姉さんにしたら、その勇気があるんなら、こんなところに居座ってないってもんだろうに。 だいいち、姉さんが浮気だ浮気だっていってても、義兄さんが、ホントに浮気してたなんて考えてもみてなかった僕は、お人よしすぎるんだろうか。 あー、そういえば、前に実家に帰ったときに、そんなこと、いってたな、フミ姉。・・・・・・って、あれから1年以上経ってるぞ。つまり、チエ姉は、それからずっと思いつめてた、のか?ひとりで?・・・・・・そんなに我慢強かったけ? まぁ、それはともかく、事情を知れば、姉さんのあの傍迷惑な行動にも、同情を覚える。―――長いこと離れてたから、うっかり忘れかけてたけど、そういう姉だったんだよな。 しかも、そのうえ、浮気相手を知ってるって?サイアクじゃないか。 ん? 待てよ、浮気相手って、どうして、判ったんだ? ふたりで腕を組んで歩いてたのを見たとか。それだけで、浮気、か?うーん、浮気なのか。やっぱり、浮気っていうのか? それよりも、普通のカップルは、エスコートじゃなしに、これ見よがしに腕を組んで歩くものなのか? 所詮、圭としか付き合った経験がない人間に、常識的カップル行動は判らない。・・・・・・・ねえさん、人選間違えたよ。 気を取り直して。今は、自分のことで落ち込む余裕はないって。 でもなぁ、そんな、平和的な響きはなかったんだよな? じゃ、アパートを訪ねていったら、そこにいた。・・・・・まさか、もう一歩踏み出して、見ちゃった、とか? その・・・・・・仲良くお茶を飲んでるなんて平和的じゃないコミュニケーションの真っ最中、とかを。 あっ・・・・・・ ぶんっぶんっと、勢いよく頭を振る。 頭に浮かんだのは、遥か昔、まだ、僕らがペンシルマンションに住んでいた頃の、思い出したくもない過去。 その時は、見たんじゃなくって、見られた。 もうすんだこと、忘れるんだってばっ。 そうそう、いまは、姉さんのこと、ほら、余計なことは忘れる、忘れる。 いま、姉さんが心配してるのは、また、同じ現場を見せられること? それでも、いくら、なんでも、包丁はやりすぎだと思う。 その、愁嘆場には相応しいのかもしれないけど、それってどう間違っても犯罪なんだし。浮気してた義兄さんが悪くっても、それだけは、ね?やっぱり。やめて欲しいわけなんだ、身内としては。 えーと、そうだね・・・・・ せめて、水をぶっ掛ける程度にしておいたら? イタイ。 今度は、留学当初の騒動を思い出した。 姉さんのフォローをしなくちゃいけないのに、自分の古傷を引っかいてどうするんだよ。 ちがう、そうじゃない。 自分のことは関係ないって、ヒマなときに好きなだけ、思い出せよ。 だから、いまは、姉さんのこと。 うまく収まってくれないと、チエ姉は、出戻りのレッテルを貼られて、実家に帰るハメになる。 弟はホモで、下の妹は出戻り。フミ姉の心労は、最高潮。実家とはいえ、チエ姉にだって、ここよりも針のむしろ状態だろ。 僕は、もうどうしようもないけど、チエ姉は、回避する術があるはずだ。だって、姉さんは、まだ、義明さんを愛してるんだ。それが一番大事で重要。愛してるなら、やり直せる、ハズ、だ。むしろ、やり直してもらわないと困る。 なら、どうするか。 ・・・・・平和的に解決。そうだ、やっぱり、話し合いだ。 幸い、高崎行きは同意してくれた。あとは、圭の、喧嘩して気晴らしする相手の居ない今週をどう乗り越えるか、だ。 だいたい、チエ姉は、義明義兄さんが浮気をしてるって決め付けてるけど、証拠はなにもない。 あるのは、結婚前に女がいた、でも、結婚したのは、チエ姉。新婚早々、高崎に単身赴任したって事実だけ。 だから。 過去に女がいたから、今度もいるって思い込んでる、だけってこともある。終わってみれば、他愛無い痴話喧嘩って可能性だって、まだ捨てきれない。 ほら、姉弟だから、同じ轍を踏んでるってこともあるだろ。 経験者として、そんな何かの間違いかもよ。と、いってみても。 あんたにわたしの気持ちが判るっていうのって、反論がくるだろう。間違いなく。このひと月ばかりの、暮らし振りをみてたら、判るっていっても、鼻で笑われるのがオチだ。 なら、これは、似たような経験者として、語り合うべきなのか? ――――どうやって? 愛人の1人位なんだよ。 僕なんか、よりを戻したがってる別れた恋人が7人。 別れてからも、友達付き合いしてるのが1人。 そのほかにも、まだ、2人はいた、らしい。 僕が知ってるだけで、過去に10人はいたことになる。 僕が知ってる、だけ、でね。 ・・・・・・考えたくはないんだけど、ベルリン時代の彼を知らないんだ。 いや、そこまで言う必要はないんじゃないか。 だから―――なんて、状況だとね。 ひとりやふたりだから気になるんであって。 これが、ヒトケタ違って、10人や20人になると、もう、いっそ、呆れるっていうか、どうでもよくなるっていうか。 もう全部、過去の話だって割り切れる、悟りの境地っていうか。 ひとりに対しての愛情の重みが減るっていうか。 まぁ、そんなカンジになるんだよ。 ――――ダメだ。 そんなことを聞かせたら、少しはマシになった圭への風当たりが、また強くなる。どころか、別れ話を、僕と圭とのだ。再燃させるだけだよ。 もう、ほんと、どうしたらいい? |
千恵子さんを見てるとマンハッタンあたりの守村さんを思い出します。 例えるなら、 百万円なら想像はつくけれど 百億円といわれたら、理解の範囲を越えてしまい ただの記号になってしまうような心理状態でしょうか。 ともあれ、イタリア留学は、守村さんを大きく成長させてくれた模様。 |
<BACK> <TOP> |