Cの師弟
 職場、つまり、M響の練習場ではありえないはずの物体と遭遇した。

「イーディャ、シャァーン。
 しゅテコニェあらゃましゃんかぁ?」

 ・・・・・・おまえは、いくつのガキだ。


 えぐえぐと泣いてはいるが、これだって、はたちをとうに越えた立派な大人だ。試用団員とはいえ、プロに片足を突っ込んだ、ピカピカの新社会人には違いない。
 それが、なぜ、これなんだ?


 判らなければ、聞いてみる。
 正しい、これぞ大人な対応ってもんだ。
「なんの、ツテコネだ?」
「今りょのびープリョ、コンのタイこ、き-たりゃんす。どーひてみょ、ききたんっひゅ。
 オーれションまへにチ、ケトとりゅにゃくて、かんはいなんりぇしゅ」
 卒業してからこちら、仕送りは減り、ノベにバイトを禁止され、学生席はつかえず。
 そもそも、試験の前に、ンな余裕もないだろう。
 それに、今度のBプロだとて、居候中の殿下なら、聞きたいとも思わなかったろうに。泥沼状態を綺麗に隠して仕事する姿勢は立派だが、内情を知ってるこいつには、きついもんがありすぎる。いや、もう、正直いえば、俺だってきつかったね。
 さんざ、付き合わされたんだ、まぁ、安心して聞ける、完成した第五を聞く権利くらいあるだろう。

 でもな。
「いや、何故、客席で聞く?」
「にぁじぇって、こんしゃーとをかくせきいぎゃいに、ききゅまふか」
 えーいっ。よく判らんっ、泣きやめやがれっ。
「いーから、鼻かめ」
 ガキ、なのか?律儀にポケットからティッシュを取り出す。なぜ、いい年した男が持ち歩いてる?と聞いていいか。形容不能な音を立てて鼻をかむ。
「で、俺にツテコネか」
「そーです。長いM響団員生活で、飯田さんには、ぜったいにツテコネがあるはずっす」
 その決め付けにかかる自信は、どこからきてるんだか。
「つーか、おまえ。
 師匠には聞いたのかよ」
 世間的には、こいつはノベの弟子と思われている。面倒を見るなら、ノベだ。その筈だ。
「聞きましたよぉー。
 チェロは教えるが、子守りまで面倒見る気はない。―――で、捨てられました」
・・・・・・・・・・・
「それで、俺んとこにきたと」
「はい、延原師匠がいうには、子守りは子持ちが専門だ。そーです」
 ノベのやろぉ。
「1枚でいいんです。
 高くっても、・・・・・・・・月賦でお願いしますよぉ」
「期待に添えずに悪いが、コネはない。
 いま、何日だと思うか?
 かの天才指揮者、桐ノ院圭のステージを一週間前に聞こうっていうのが、無理がないか」
 そうですか。と物分りよく落ち込んだ姿は、項垂れたイヌそのもの。つい小突きたくなる。が、まぁ、合格祝いだと思えば、安いもんだな。だいたい、風俗なんざ、このお子様には百年早い。
「いや、だから、おまえ。ソデで聞け」
「ふぁい?」
「勉強ってことで、舞台脇で聞いてろ。
 試用なら、ソデで聞く権利もあるだろ」
 にぱっと笑う。
 ほんとうに、ガキだ。泣いてても、アメ玉ひとつで、笑うとこなんぞ、香奈と同じだ。
 ・・・・・ほんとうに、おまえ、いくつだ。

 イガラシよ、この借りは高くつくと思えよ。
「雪嵐」にて
延原師匠ではなく、飯田さんの使いっぱしりもするイガちゃん。
どうしてだろ?だけなので。
なんで、1週間前までチケットを買わない
この時期、完売してるのか  (立ち見がでるのはまだ先のはず)
いろいろ細かいことは、無視の方向でお願いします。
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