ヤマトナデシコ七変化
 本当に、今年もやってしまう、スプラッシュコーラCM対応特別オーケストラ、通称『ブリリアントオーケストラ』。去年と違って、オケとしての在り方から始めることはないから、まぁ、楽だとは思うけど。
 今年のメインは、コンチェルト。但し、ソリストは、僕ではなく、ピアノ、生島さん。曲は「皇帝」。
 生島さんとは、フジミの定演のあれは除いても三度目だけど、オケとしてってのは、初めてだ。楽しみでもあり、心配でもある・・・・・・・・・生島さんの世話係はしないって先に宣言しておこう。
 あれ?そうか、生島さんと会うんだから、三条さんとの約束も果たせるかな?




「――――そういう訳で、三条さんとセッションしていただければって」
「誰だって?」
 電話口から聞こえる不機嫌な声。当然だよな。いきなり見も知らない相手とセッションしてくださいじゃ。
 ええ、と。
 生島さんに分かりやすく説明するには・・・・・・
 ああ、そうだ。
「日コンのときの、ツィガーヌの伴奏者ですよ」
 さて、交換条件になにがでてくるか。貸しが貯まってる僕の伴奏権を譲るって、無理かな?
 なのに、電話の向こうの声は、僕の伴奏者を思い出していたんだろう沈黙のあと、あっさりと。
「ああ、あのねーちゃんか。いいぞ」
 と、きた。正直、拍子抜け。
 まぁ、してくれるっていうのに、けちをつける必要もないからいいけど。

 これで、三条さんには貯まり続ける借りを、特にパルティータの分を、少しでも、返せるかな?





 三条さんに話を通すのは、申し訳ないけど事後承諾になってしまった。
 僕だって生島さんに断られるって思ってたもんだから、彼女には打診もしない独断の依頼だったんだ。それが、まさかの快諾。
 それでも三条さんは、かなり急になってしまったチャンスに喜んでくれた。急な話になったのは、直前まで、思いつけなかった僕が悪いんですよ。
 それどころか、ピアノ教室を休みにしてまでの意気込みでやってきたんだ。
 僕らより一日遅れでやってきたニューヨークで会った三条さんは、見掛けはいつものまんま。髪の色はまた、オレンジ色になっていた。ああ、でも、服については、落ち着いたパンツスーツってやつで、流石にいつものカッコでは、海外にはこれなかったらしい。
 同行者はなし。てっきり、婚約者の彼とふたりでやってくると思ってたら、ひとり。
 いぶかしんでたら、怒られた。
「タカネのライブを聞きにだけなら、連れてきたっ。
 目的は、あたしとタカネとのセッションっ。見せる勇気なんかないっ」
 散々な結果になるだろうって判るから見られたくないんだって、キャンキャンと噛み付かれて、姉さんたちを思い出した。
 これってつまり、化粧中は覗くなって投げつけたブラシの代わりに、噛み付いてきてるんだから、三条さんも女性だったんだ。どうも、三条さんには、戦友意識のほうが強くって、女性って認識がこぼれ落ちて困る。でも、この様子じゃ、僕の同席も認めてくれないだろうな。
 ついでに、圭とのことをからかってくれるおまけつき。これもまた、いつものまま。今回のは照れ隠しもあるみたいだ。でもね、仕方がないでしょ?ギャラをもらってる仕事なんですよ?僕たちは。
 なのに、生島さんに引き合わせるって時になったら、面白いくらいに、ガチガチに緊張してるんだ。知り合って初めて、彼女が可愛いって思えた瞬間だった。
 でもですね。実物を見てショックを受けても、僕に当たらないでくださいよ?



 対して、生島さんは。
「はにぃ?」
 僕を呼んだ。
 語尾が上がって、間違いなく疑問形。
 なんで、引き合わせた第一声がこれなんだ?こっちが疑問形で聞き返したい。
「だれが、ハニーですか、だれが」
 尻馬に乗って、からかい倒してくれそうな三条さんが、緊張しててくれて助かった。
 守村くんって、旦那がふたりいたんだ。なんて、面白がって真面目な顔していってくれそうじゃないか。
「誰だ、こりゃ?」
 うさん臭げに、ジロジロと、失礼なんじゃってくらいに視線でなで回してる。それでも、セクハラって感じがしないのは、されてる三条さんが、いつもだったら、大人しくセクハラに甘んじるタイプじゃないって知ってるからなのか?それとも、僕のなかのどっかで女性の範疇から外れてるからか?
「三条薫子さん。伴奏を努めてくれたひとですよ」
 たった今、紹介したばかりなのに、繰り返すこの虚しさ。
「ウソをつくんじゃねぇぞ。違うだろ?」
「?嘘をついて、どうするんですか」
「あん時のねーちゃんは、髪のなげぇ、おじょーひんなねーちゃんだったろ?見掛けはそれなくせして、ピアノにはスピリットがありやがる」
 生島さんにしては、珍しく熱く語っているんだけど。
 はて?
 生島さんは、それこそ、だれと間違えてるんだろ。上品な女の人っていえば・・・・・・小夜子さん?
 それとも、ガラコンの時に見た他の人と間違えてる?
 でもなぁ、こんなピアニスト離れした見掛けの人を誰と間違えらえるのか。そもそも、髪は長くないんだけど、・・・・・そか。
 思って、思い出した。あの時のこと。
「正真証明、彼女ですよ。あの時は、かつ、じゃない、ウィッグを被ってたんです」
 そっか、生島さんは、あの格好の三条さんしか知らないんだ。
 まだ、不審げな生島さんが、おかしい。女の人が化けるって、知っていそうなのに。
 だめだ、笑いがこみ上げてくる。
「論より証拠っていいますから、ピアノを弾いてもらえばいいんじゃないですか?」
 頼みますよ、三条さん。
 あこがれの人を前にアガルなんて、可愛い真似をしないでくださいね?
生島さんがコンチェルトを悟ったのは、三条さんのピアノを聞いたから。
だから、セッションも夢ではない。と思うけれど。
一番近いチャンスは、冬にあるらしいブリリアントのコンサート。
しかし、生島さんの『三条さん』は、黒髪のお嬢様風化け姿なのである。
こんな一幕があってくれれば。
忘れてましたが、M響でのシベコン騒ぎの後でもあったのです。ですよね?
この時期、ラブラブしててくれるのか、謎ですなぁ。

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