若者たち 続Cの師弟 |
フジミってオケは好きだ。 それは、自信をもっていえる。 新しい曲の始まりに、パーカッションのパートリーダーをやってる米沢おじさんと、あーでもないこーでもないと、パート分けをすんのは、すんげぇ楽しい。 米沢さんは、正団員で首席パーカッションなんで、たぶん俺よりエライんだけど、音楽歴は、俺のほうが長い。っつか、俺がフジミに入った頃ってのは、米沢さんは、満足に楽譜も読めなかったんだ。あれこれと教えることもあったりすれば、40も年下の俺に、素直にありがとうといってくれて、ついでにソンケーまでしてくれた。頼られる快感っていうか、ホメテ伸ばす子供の可能性ってつーか、おちこぼれの俺でも少しは人様の役に立つんじゃないかって思うようになった。 音楽っていいもんだって思えるようにもなって、今度こそ自分の意志で音楽をやりたいって思うようにまでなった。 目指せ、音楽家で育った俺には、めでたいことなんだけど、問題がある。なにが、問題かっていえば、俺がやりたいのはロックドラム。フジミは、オーケストラ、クラシックなんだ。 考えたわけだ。 俺、遠藤義男は、このまま、フジミで、パーカッションをやってていいんだろか? 悩んでも答えがでなかったから、そんで、音大生からプロになったコンマスに相談したんだ。 なんで、彼かって? 俺もやる以上、プロになりたい、なってやるって、意気込みだ。そうすっと、フジミでプロになったのっていえば、五十嵐サンしかいない。やっぱり、こういうことは、プロになろうって思う人間同士でしか相談できないじゃないか。 俺としては、そう思ったわけなんだけど。 「あー、悪いっ。 人生相談やるほど、ケーケン積んでないって」 と、逃げられて、諦めた俺の前に連れてきたのは、フジミの副指揮者、M響でチェロを弾く、バリバリのプロだ。 無理矢理っぽく連れてこられて、大人しく座ってる俺を見てから、連れて来た五十嵐サンに。 「酒もはいらずに人生相談かぁ?」 冗談なのかマジなのか、判断つかない口調で一言。 「飯田さん、相手はまだ未成年っす。まずいっすよ、それは」 「バイトとはいえ、立派な勤労青年だ。青年扱いでOKだろ?」 「俺、今、バイト止めて、真面目な学生っすよ?」 そうだっけな、と。俺がサフランをやめたことを思い出してくれた、らしい。自慢じゃないが、シンナーはやったトコはあるが、酒は飲んだ事はない。 「仕方ねぇなぁ。 んでよ、プロのロックドラマーになりてぇって話だったよな?」 「うす」 正確にいえば、ドラムスの道へ進むまでは決めてんだけど、俺の師匠の瀬戸サンみたいにスタジオドラマーか、それとも、バンドを組むのか、具体的なことはまだまだこれからだ。まずは、腕を磨く。今はそれが第一だって。 「それでなんで、クラシックのフジミをやめなきゃならんのか、俺としちゃ、逆に聞きたいね。 センパイ、それをどうして俺に回すんだ?」 なぜか、俺を飛び越えて、五十嵐サンに話が向かっていく。 「人生相談っすよ? 進路ソーダン。 駆け出しの、おためし期間のチェリストにゃ、荷が重いってもんっす」 「おーい、だから、おまえはノベにおこさまっていわれるんでってーの。 考えて見ろ」 ここで、俺のほうも見て、おまえも一緒に考えるんだって、言われた。ちゃんと、俺の相談だって覚えてくれてたんだ。 「なっちゃんは、銀行員からジムのインストラクターだ。 はるちゃんは薬剤師。 ニコちゃんは、喫茶店のマスター。 おまえんとこのパーリーは、自衛官あがりの年金生活者。 そんで、おまえは、ロックドラマー、志望。 なんでやめる必要があるんだ?」 あるんだ?と返されても、それを相談してんのは、俺なんだ。 しかし、答えは空から降ってきた。 「そーよ。 やめちゃうと平均年齢があがっちゃて、困るの。 やっと守備範囲内に片足かけるまでに成長したっていうのに、今更やめるってなによっ」 飯田さんの後ろからヒステリックに割り込んできたチェリストさんの声に見上げれば、もうひとりのチェリストに羽交い締めにされていた。 「はいはい。 これはもって帰るから、ごゆっくり」 ここで止めないでどうするの、前畑の裏切り者ぉ、と、騒ぐ三重野サンを、力技で引きずって行く前畑サンに、片手をあげて、おう、御苦労・・・・・って、それだけなのか? 三重野サンが前畑サンを引きずっていくってんなら判るんだけどさぁ。あれじゃ、反対じゃないのか?なのに、それだけでいいのか? 遠ざかる、いつもと立場が逆転してる二人組みを見送ってたら。 「きにするな」 って、いわれても、はいそーですかって、いくか? 「遠藤よ。 それが大人になることなんだ」 はあぁ? 結構、斜にかまえる飯田さんに本気の忠告をもらってしまった。でも、意味フメー、意味なし。 変に気になる二人組みに中断されて、真面目な相談の続きなんて感じじゃなくなった。と、思ってたのは、俺だけだ。チェリストふたりは、何もなかったように話し合いに戻っていった。それが、大人ってことなのか?教えろっ。 「それに、俺をみろ。 本業はチェロだが、ここじゃ、もう、代理指揮者になりつつある」 確かに、桐ノ院は月に半分は本業で欠席してる。 自分で言うように、飯田さんは、チェロじゃなく、指揮をしにきてる。 「括弧でくくりゃ、クラシックで間違いないんだが。 おまえさんだって、専科育ちだろ? 畑違いだってことは分かるな?」 分かるってことで、頷いた。 ただ、音楽業界って世の中では、そういう道を選ぶヤツもいる。 「転向の為の根回しってやつ?」 桐ノ院みたいに始めから指揮を志すのと、器楽奏者としてキャリアを積んでから指揮にいくのもいるんだ。 バイオリニストの先生が、ハラショーの指揮指導をしてったって事実もある。 桐ノ院の代理をしていた。ってのは、どっかのアマオケを振りにいくのに、有利なセールスポイントになるんじゃないか?ほら、相手のほうも、そのツテで、桐ノ院を引っ張ってこれるかもって、なぁ? 「生憎とな、俺はチェロ一本で、愛する妻と娘を幸せにするって決めてんだな、ぼうず。 それを証拠に、代振り分のギャラはもらってないぞ」 「あいつだって会費を払ってるっつーのに、そこでえばるか、ふつー?」 「なぜなら、俺たちはフジミで音を楽しんでるのだ。分かるか?」 無視すんなっ。 「チェロを弾く事も、代振りも、俺にとっちゃフジミで音を楽しむことに変わりはない。 誰しも、ロックドラマーになったおまえにも、フジミで音を楽しむ権利はある。 本業、ロックで、趣味はクラシック。どこが悪い。なにが悪い。 それが趣味ってやつだな?」 さぁ、これが結論だ。これで判らなきゃやめろ。と、優しいんだか厳しいんだかな言葉で締めくくった助言に、真面目に考えた。 フジミをやめなくていいって答えに飛びつくのは簡単だ。 だけど、な。 なんで、やめなくていいのか、それが判らなきゃ、次は相手にしてもらえないってことだろ? 「・・・・・・・・なのか?」 だからといって、悟りを開くように答えが出たら、悩みやしない。 ここで、すぐに納得なんかしたら、飯田さんの意見を鵜呑みにしたってだけで。俺が、俺の言葉で、説明できるようにならなきゃ、俺の悩みはいつまでたっても解決しない。 「なんだな。 おーら、悩みやがれ、お子様」 はいそーですかと、答えは出ない。そこまで見越しての、答えはやらんが手は貸すって悩み事相談だったのだ。 「センパイもこんな簡単な相談もできないようじゃ、まだまだだ。」 と、ここで顔つきを改め。 「まぁ、なんだ。 なにが楽しいのか、つまらなさそうに通ってきてたガキが、イッパシに進路の悩みたぁ。子供の成長ってのはあなどれん」 感慨深いぞ、年食ったぞ、てな反応に、気恥ずかしい。 しかし、子供の寄り道を、一生、言われつづけて頭が上がらないのか、俺は? ついついとシャツの袖をひかれたが、相談してもらって、そのまま逃げるわけいかねーっての、五十嵐サン。きちんと礼をいう。それが人間としての最低限の行いだ。 しかし、これは、五十嵐さんの親切心で、さっき邪魔した三重野サンを引きずっていった前畑サンと同じだったと知ったのは、すぐあと、手遅れになってからだ。 話にけりがついたら、礼を言おうと待ってても、まったく終わらん。 がやがやと人が増える気配を感じながら、辛抱強く待って、おっ?終わるか?って期待すれば。 「香奈も、すぐに大人になっちまうのか?男、連れてくるのか?」 なぁ?と、このオヤジ。 俺に聞くなっ。 おい、聞いてるか? って、あんた。飲み屋でくだをまくオヤジかっ。 |
なんでしょ、この話? 遠藤少年の進路相談その2。 オプション、飯田さんの親バカ発言。 遠藤少年、愛されてるのよ。 夜間高校に通い始めて出席率が下がっても、 将来を真面目に考える彼を、みんなで喜んでた。 なんて、エピソードがあってほしいなぁ。 「きみの行く道は、果てしなく遠い」って曲、「若者たち」ってタイトルだったよね? |
<BACK> <TOP> |