花に埋まる
 桐ノ院くんの、演奏会?
 行ったことなら、あるわよ?
 どんなだったか、って、いわれても。


 そうねぇ、それまでにあったことがあるのは、2回で。2回ともユキの帰省についてきたから、音楽家としては、会ったことはなかったのよ。
 特に、1回目なんか、コンクールに落ちたあとの傷心旅行だったわけだし。
 それで、ユキがイタリア留学中のことだったけど。
 日本人が国際コンクールに連続入賞したって新聞を読んで、初めて、ああ、彼って本当に指揮者だったんだって思ったくらいに、音楽家ってイメージがなかったのよねぇ。


 そのあと、よね。
 ほら、スプラッシュコーラのCMにでたり、車のCMをしたりしたじゃない?それで余計に音楽家?ってカンジでしょ?
 あ、ねぇ、絶対に、コーヒーのCMにでると思わない?
 違いの判るってあれ。―――そう、あれ。


 今はそうはいわない?
 って、判るじゃないのよ、それで。


 でしょ?
 でも、彼、インスタントのコーヒー、飲むのかしら?
 見た・・・覚え、ないわね。――――うん、確かに、なかったわ。


 なんで、知ってるかって?


 桐ノ院くんの私生活は、秘密のベールに包まれて謎って。確かに、・・・・・・そういうタイプよね。
 だから、弟が帰国したっていうから、挨拶代わりに、たまたま、遊びに行ったのよ。
 そしたら、ユキは寝込んでて、桐ノ院くんは海外出張中で留守だったから。看病するついでに、暫らく家政婦代わりをしてあげてたのよ。
 演奏会もその時の話よ。


 ん?なんで、家政婦?
 留学終わって、帰国したら、大学の先生でしょ?
 あら、違った?
 ああ、そう。大学の先生をするのに帰国した、のほうが正解ね。熱なんかだしたのは、慣れない環境の所為の知恵熱に決まってるわ。そんなとこ、昔っから、全然変わってないの。
 それで、ユキの所に顔を出してから、実家にいくつもりが、ユキん所におちついちゃって。


 まぁ、そりゃ、可愛い弟ですから。


 そっちのことはいい?
 いまは、桐ノ院くんのほう?
 ついでに、私生活を知りたい?
 それは、ダメ。家政婦にも秘守義務ってものもあります。


 どうしても?
 そうねぇ、天才音楽家らしい生活って、それじゃダメかしら?


 それなら、いい?正直者ねぇ。


 はい、はい。
 音楽家としての桐ノ院くんね。
 ユキがバイオリンを弾いてたから、クラシックってものを少しは知ってたつもりだけど、本物は、想像を越えてたわ。もう、圧巻されたって、ああいうことなのねって。
 ほんとに、凄かったのよ。―――――花束が。


 いま、呆れなかった?
 あなた、彼の楽屋、みたことないでしょ?


 なんで判るかって。みたトコある人なら、誰だって判るわよ。
 演奏会が終わって、楽屋に入ったら、花束の山よ。ほんとうに、山。
 まさしく、圧巻。
 それだけでも凄いのに、まだまだ、運び込まれてきて、最後には花屋かここはって呆れるぐらい、花束に埋め尽くされたわ、彼の楽屋。
 さっきもいったけど、家政婦もどきだった頭に浮かんだのは、うちに花瓶あったかしら、それだけだったわね。
 今思えば、かなり動転してたみたい。
 風呂桶にいれても余る量で、ひとり何個持ち帰ればいいのかしらって、勘定もしたけど。でも、ひとりが持てる量なんて、たかが知れてるでしょ?
 持って帰れても、そのあと、どうするのって絶望的量を前に、花って、宅配きくわよねって、たぶん、うつろな目をしてたんじゃないかしら。


 結局?
 他のオーケストラの人たちに配って、お持ち帰りはなし。
 でも、1回の演奏会で、カードだけでこれよ、これ。信じられる?10センチはあったわね。
 それが、2回分。M響の演奏会って、同じ曲を2日連続ですって。
 あれ、毎回通ってる人は、――――ああ、定期会員っていったわね、贈らないと思うのよ。
 ユキにも聞いたけど、誕生月でも、特別な演奏会でもなかったっていうのよ。なのに、ユキも廻りの人も、いつものことってカンジにうろたえてもいなかったし。
 って、ことは、毎回、あんな量を貰うってことでしょ?


 ねぇ、凄いでしょ?


 家にいたときには、ただの神経質な男だって思ってたけど。
 あれって、天才って変わってるってことだったのかしら?


 え?
 聞きたいのは、桐ノ院くんの、音楽について?



 ――――――ごめんなさい。
 山積みの花束で、全部、忘れたわ。
千恵子おねーさまの回顧。
初めて、音楽家としての義理の弟・・・・の雄姿をみた。
曲そのものよりも、花束の量に実感したんではないでしょうか。

言葉が、新潟弁でないのは
きっと、新潟以外の場所の話だからでしょ。
名古屋では、絶対に新潟弁を使わない。と、思ってます。

モトネタは、
突如動き出した鎧に、全てがぶっ飛んだ。斬新すぎるオペラの演出も問題。
というエッセイから。書いた人も掲載紙も忘れました。
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