うさぎのダンス 
    或いは、うさぎ(仮称ユウキ)に対する幾つかの推論
【例えば M響版「×××の×」な 鈴木孝子女史】

 休日の暇つぶしは、人通りの多い場所での人間観察、但しオーラ専門。と、噂されることもある、M響ビオラトップの女史は、常々一筋縄ではいかないと飯田は思っていた。
 特にこんなところがだ。
 そのとき、飯田は自販機の隣で買ったばかりのコーヒーを飲んでいた。
 誰かが自販機に硬貨を入れる音と同時に、声が聞こえる。
「桐ノ院くん、駄目ね」
 俺は桐ノ院でない。という反論さえ出来ないままに、すでに鈴木女史の会話に巻き込まれていた。
「最近、おかしいわよね。絶対に、飯田さんは気づいてるでしょう。もちろん」
 知らないとは言わせない迫力に、間抜けにもコーヒー片手に、飯田は頷くことしか出来ないでいる。
「やっぱり、水晶かしら?代用品じゃ役に立ってないようだもの。飯田さんはどう思う?」
 と、ふられても、まったく話が見えてない。
 水晶?代用品?やっぱりって、それはいったい何のことなんだ?
 飯田のクエスチョンマークを放出するオーラが見えたのか、説明不足だと思い至ってくれたのか。
「最近の彼の調子、あんまりでしょ?
 見てて、こっちが辛くなるから、どうにかしてもらおうと思って、とりあえず判る範囲で処方してみたの」
 聞いた話では、他人のオーラが女史に与える影響というものは、無視できないものがあるそうで。今の桐ノ院のオーラは最悪なので、女史自身の為にも桐ノ院の情緒不安定をどうにかしたいらしい。
 飯田には実感として理解できない状況だが、まぁ、それでどうにかなるのなら、一石二鳥で桐ノ院の為なのだ、と、黙って聞いていた。
「とりあえず、サフランのウェイターさんが変わった所為かと思って、代用品をあげてみたんだけど、効果、ないのよねぇ」
 さらっと流す女史に、過剰反応かと思うが、飯田には聞き流せない発言であった。
「ちょ、ちょっと、コン・マスがなんだって?」
 
あら、なに?と女史は面倒そうに呟いた。
「だから、桐ノ院くん。ウェイターさんがいると、途端に嘘みたいに落ち着いたオーラになったでしょ?」
 でしょ?と聞かれて、飯田にも理解はできるが、見えないのである。
 それでどう答えろと、女史?
「それが辞めちゃったでしょ」
 それくらい、気づいてたわよね。
 目で脅され、こくこくと頷く。
 フジミに籍を置く以上、なぜ桐ノ院のオーラが落ち着くのか知らないとはいえない。
 だが、問題は女史がどこまで知っているかだ。
 飯田の狼狽を気にもとめずに、鈴木女史は桐ノ院に出した処方箋を読み上げた。
「ウェイターさんによく似た代用品をロッカーにおいて貰えばどうにかなるかしらって思って、渡してみたんだけど、駄目だったみたいなのよ」
「あー、さしさわりがなければ、何を代用品に渡したのか、教えてもらいたいんだけど」
 怖いものみたさに似た感情が飯田を動かしていた。そうとしか思えない。
 あの桐ノ院に、そこまで影響を与えるコン・マスの代用品?いったいなんなんだ?
 想像がつかない。だから、余計に気になる。
「あら?いいけど。置物なの。
 それはとっても可愛い、つぶらな目をしたうさぎさんのね。
 飯田さんもみれば、きっと納得してくれるわ」
 あー、そうですね。聞いただけで納得がいきますが、女史、あんた、怖いもの知らずですね。
 心の中の呟きは、どうやら当人には届いていない。
 一度の失敗で懲りない女史は、熱心にこれからの処方を告げてくる。
 しかし、女史に悪いが、無駄な努力に終わりそうだ。
 肝心な最初の処方でこけちゃ、信用されない。信用されない医者の出した処方なんぞ、効くわけがない。
 それでも、聞きたいことはできた。
「どうして音楽家の道を選んだんだ?
 そっちの道でも良かったんじゃないのか」
 今回は相手が悪かったが、通常ならば効果は期待できる。それこそ、与えるものが水晶ならば、心証もいい。ビオラトップをはれる駆け引き能力もあるのだから、充分食っていけるだろうに。
 突然の飯田の問い掛けにも、女史は迷うことなく笑って答えた。
「決まってるわ。
 音楽家のなり方は知ってたけど、そっちのほうは、なり方が判らなかったのよ」
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