今更の話
「まだ、時間はいいか?」
 聞いてきたのは、これから吉祥寺まで帰るはずのほう。
「平気ですが?」
 答えたのは、僕ではない。
「いつだったか、あの勤労少年がなぁ」

 ・・・・・・勤労少年?誰だ?それ?
 すぐに思いつかないのは、頭がうまく動いてない証拠。
 今日は地元だし、そのうえ圭がいるんで、緊張感がちょっとばかりゆるんでて、・・・・・つまり、酔っているんだ。

「遠藤くんが、どうしましたか?」
 
僕と違って、酔うなんて言葉と無縁の圭は、さっさと理解したようだった。
「守村先生がいなかったもんで、イガのやつに人生相談をぶち上げやがった。
 いやもぉ、俺は情けなかったね。
 イガときたら、お子様の進路相談もできねぇで、俺に振るんだよ、これが」
「えっと、それはその、ご迷惑をおかけしました」
 と、謝っておくべきなんだろう。
 おそらく、僕が日本にいなかったから、五十嵐くんに相談がいったんだろうし。
「いや、ちがうちがう。
 そのなんだ。子供の成長の早さってもんを見せ付けられてなぁ。
 おまえさんたちは、判らないだろうが。
 うちの香奈が男を連れてくる日も、そう遠くない日だってつきつけられたきがしてなぁ」

 遠くをみているのは、飯田さんの勝手とはいえ。
 確か、飯田さんの娘さんって。

「まだ幼稚園にもいってませんよね?」
 酔った頭でも、そのくらい思い出せる。
「だから、子供の成長は早いんだって。
 明日にも、どこの馬の骨とも知れん男が『お嬢さんを、僕にください』といいだすか」

 いえ、断言できますが、それだけはありえません。

「たとえ、そうだとしても、因果応報ではないですか」
 と、圭。
 僕は、どうして、それが因果応報なのか、判らない。
 僕の顔を見て、知らない事を察してくれた圭の説明によると。
「この男はですね、僕のバイオリンと初めて見える日の前の晩、なにをどう勘違いしたのか。
 逃がせないと思ったら、その場でベッドに引きずり込めと、アドバイスをくれたのですよ。
 しかも、奥方もその方法で手に入れたという、れっきとした犯罪者です」
 飯田さんを見るのは、冷たい眼差しだけど、それって。
 あー。
 それは、きみも・・・・・・って、いや。今は飯田さんだ。

「おー、そうだった、そう。
 この俺としたことが、その顛末は聞きそこなってたんだな。
 おまえさん、自分の流儀でやるとかぬかしてたが。
 んで、それで、どうした?」
 下世話な話題に、なるんだろう、たぶん、目を輝かせる飯田さんは、たぶん、酔っ払いだからってことにしておこう。
「ノーコメントです」
「可愛くねぇなぁ、おまえさん」
「なんとでも。
 ただいえることは、いまでも守村さんは、僕の第一バイオリンで、コンサート・マスターです」
「ケッ、
 まぁ、いいや」
 あっさりと引き下がった飯田さんは、圭との酒の席の阿吽の呼吸を心得ているようで、なんか、悔しいぞ。

「で、守さん」
 はい?
 矛先は、こっちに向かった。
「じっさいのとこ、どうだったんだ?」

 へっ?

「ここで、ひとつ、はっきりとさせといたほうがいいって。
 んでよ、どーだった?」 

 うっ。
 言葉に詰まる。
 どうって?どう?
 なにをはっきり、させるって?


 飯田さんは、酔っ払いなんだかどうなんだか、判断のつかない顔で待っている。


 落ち着けってば。
 違うって。
 これは、指揮者の桐ノ院圭の第一バイオリンの話なんだから、就任当時のごたごたでいいんだって。


「・・・・・・・・わりぃ。
 もう聞かねぇ」
 僕の顔になにを見たのか、飯田さんは、問い掛けを引っ込めた。

 ううっ、そっちのほうが、よけいに恥ずかしいですよっ。
あくまでも、飯田さんの自称ですが、
彼らの馴れ初めを知らない。
(センシティブな暴君の愛し方)
これ以上なく正しい 「三角関係」も知らない。
(嵐の予感)
という、スタンスに立っているようです。
実際のところは、相手は飯田さんだから、分かりませんけどね。

ということは、飯田さん、守村さんのこと、真性ホモだって、思ってるんでしょうか?


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