招かれざる



7人の客がやってくる前のこと。

とあるバイスルにて、ひとつのテーブルを囲む6人の成人男性。



「あれ?フランツは」
「んーあ?どうしても抜けられない用事があるとか。
 終わり次第合流するってよ」
「まぁ、仕方がないか。昨日の今日で、そろうほど暇じゃないか」


「俺も、ヒマではないんだが?」
「あ、そーゆーこと、いう?
 ひとが、らしくない親切心をだしたっていうのに」
「暇じゃないから、早く本題へ入れっていうお願いなんでないの?素直じゃないからさぁ」
「あーそー。そういうことにしておきますか。
 それじゃ、改めて。
 キミタチ、ケイが、こっちに戻ってきてるのを知ってるかな?」







「なにそれ、聞いてない」
「なんで、それをおまえが知ってるんだ」
「ホラ、そこは、音楽家同士のつながり?」
「つまり、抜けがけたあとか」
「相手にされなかった意趣返しに、1リラ」
「なぜ、リラ」
「1シリングもかけたくないね」
「まったく、親切心をなんだと思ってるかな?

 ん?なに?」
「なにって?なにをしにだ?
 おまえの話だと、けっこうなオーケストラの副指揮者に収まってんだろ」

「はぁ〜〜。
 音楽家たるケイが、欧州にくる理由をわざわざいわなきゃ分からないほどの、救いようのない音楽オンチだったとは」
「だ〜か〜ら〜。なにをしにだ」
「コンクールに決まってるじゃないか。
 ヤーノシュをかわぎりに、ブザンソン、エルサレムと3戦入賞、うち2回は優勝だよ」

「ケイが出るとなったら、当然の結果だろ?」
「だ〜か〜ら〜。ケイがそんなことするタイプだったかを考えない?」
「で、おまえは、そのネタを、ひとり隠し持ってたわけだ」
「やだなぁ。
 聞いたのは、1週間前だよ」
「話を戻すが、抜けがけたのか」
「違う、違う。
 ヘル・イイダに、電話でだってば」
「・・・・・だれだ、それは」
「M響のチェリストだよ。
 いやー、日本でケイに誘われたバイトが、こんなとこでいきるとは、人生って、ホント、巡り合わせだねぇ」
「いいから、順をおって話せ」


「事の起こりは、先週の土曜にユウキにあったことだね」
「って、のは、おまえが日本に行ったときのケイの恋人か?」
「よく覚えてるねぇ、うん、そう。
 向こうも覚えてくれてて、声をかけてくれたのはいいんだけど、いかんせん、言葉とフライトの時間は、乗り越えられない障害だった。
 それで、ケイの住所だって、メモをくれたんだ」
「日本のか?」
「意味ないでしょうに」


「で、ひとりで会いにいったと」
「あのさ、いいかげん、空港から直接やってきた誠意を汲んでくれない?
 片言だし、時間はないし。
 住所だけをもらってもさぁ。困るじゃないか。
 仕方がないから、前に作った伝手で、しかも出先で確認したわけだ。
 M響に連絡を取ったら、ヘル・イイダは、快く彼らの近況を教えてくれた。
 ユウキは、エミリオ・ロスマッティに弟子入りして、イタリア暮らし。ケイは、欧州コンクールツアーで、件の成績。
 そうそう、ケイは、コンクールの戦績を引っさげて、4月からM響の常任だって、それこそ、われらのケイだよ」


「―――その彼と、まだ、続いてるのか?」
「だろうね」
「おまえ、ちゃんと、恋人のひとりだって、いったのか?」
「あー、たぶんケイがね。
 そのときのユウキってば、片言も無理だったんだって」
「なのに、おまえにアドレスを渡す?
 納得、できん」
「だから、それが、音楽家同士のつながりだって」
「よし、それだ。
 アマオケのコンダクターとコンマスだってはなしだったよな。
 たとえ終わった仲でも、たまたま、同時期に渡欧してきたんだ。困ったことがあれば連絡を。と、それくらい、うん、あり得る。
 なにしろ、日本人同士だ。同胞愛だ」
「だとしても。
 ウィーンならまだしも、イタリアって別の国だし」
「いや、日本人には、海を隔てなければ、同じ国だ」
「流石、日本人、スケールが違いますなぁ」
「素直に、まだ続いてるって認めれば?」
「あの、ケイが?
 えーと・・・・・・」
「1年と半年くらいかな?」
「続いてるって?あり得るか?」
「ありえない」
「だろ?」
「本気ってことだろ」
「――――なら、連絡のひとつもないのも、納得できるか」


「だからといって、友情をないがしろにされてもなぁ」
「僕なんか、同業者なんだよね?」
「なんで、それで、気づかないかね」
「コンクールにでるなんて、考えたことあるか?」
「・・・・・・・・・・・まぁ、それはおいておけ」
「そーだよねぇ、早速、ご挨拶に、いかなくっちゃねぇ?」
「ケイにふさわしくドラマティックに演出しないと」
「あー、なら、ぜったいに、バレンタインデー、愛の日だよ、それしかない」



「まずは、鍵だな」
「大家にとりいれ」
「・・・・・・誰が?」
「クジか、カードか。
 欠席裁判で、フランツか?」
「すべては、鍵を手に入れてからの話だろうが」
「いやだね、団体行動を乱すのって楽しい?」
「現実をみろといっている」






「ニコル、ひとり、いいこちゃんにしてても、ケイは戻ってこないよ?」
「まさか、おまえが、良心がとがめると?」
「じゃ、なくって。
 この住所、ばあちゃんちだ」

「っっ?」

「ばあちゃんっても、大伯父の奥さんなんだけど」
「よっしゃあ。
 最大の関門。部屋までの通路の確保は任せた」







――― 2時間経過 ―――





「日時は、2月14日。
 朝からの赤い薔薇の花束時間差攻撃で、精神的に揺さぶりをかける。
 どうせ、デートに出るだろうから、そのすきをついて部屋に侵入。帰宅を待ち伏せる。
 最終目標は、アレだ」








――― 30分経過 ―――



 とあるバイスルにて、ひとつのテーブルを囲む6人の成人男性。
 ひとり、走ってくる。


「ごめん、遅くなった」
「フランツ、なにも言うな、黙って聞け。
 2月14日、ケイに奇襲をかける」
「へ?なんで、なにが?どうして?」
「頼む、もう、なにも聞いてくれるな」






あの日、なにゆえに、彼らは、部屋に侵入できたか?

最初は、7人のうちの誰かが、大家をたらしこんだ。
と、思っていました。

しかし、
小夜子さんが、部屋にまで乗り込まなかったのは、
お嬢さまの最後の良心。だとして。
契約者であるところの守村さんも、パスポートを確認して、やっと入国が許可されました。
それほどに、厳格なご婦人が、自称・友人を部屋に通すであろうか?

7人の中で、唯一、フルネームの判明している
「二コル・シュヴァイツ」

ウィーンの大家さん
「ヘルガ・シュヴァイツ」

東洋人に対する偏見、或いは、差別のない、公正なマダムであってほしいので、
初回は、身内の情に訴えさせてみました。



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