乙女のポリシー
「問題なのは」
 と、早速、話を切り出した。

 ウィークディのはなやは、そこそこの込みかたで、話し合いの邪魔にはならない。
 ビオラパートのポリシーは、パート会議はパート練習中に手際よく済ませる。なのだけれど。
 今日、ビオラパートに降りかかった問題は、今日中にきちんと対策を練らなければ手遅れになると、例外的にこうなってしまった。

 毎年の恒例行事「らしい」邦立音大生のフジミへの勧誘で、今年は、珍しくも大量の賛同者が湧いて出てきた。
 去年は、一人もいなかったことを省みれば、喜ぶことなのか、どうか。
 ビオラにも、5人。
 でも、それが問題だった。
 もとからの団員は、育児休暇中の首席をいれても5人。実際に活動しているのは、4人。
 今回の入団で、人数比では逆転してしまうのだ。
 それをいうのなら、M響メンバーの参入時にも逆転が起きたが、わたしたちは、団員になるために入団したので、問題なく馴染んだ。そうなるように努力も惜しまなかった。
 今度も、同じようなものだろうと、楽観できない要素がひとつ。5人のうち3人も、バイオリンからの持ち替えをしている、その事実。


「問題なのは、あの子たち、バイオリン科の子がどうしてビオラに持ち替えてまで、フジミにくるのかってこと」
 はい、答えて。と、バトンを渡されても困るだろうか?
「えっと。ビオラも弾いてみたかった・・・・とか?」
「なんのために?」
「経験? ――転向のための根回し?」
 可能性として、それも、考えた。
 それでも、わざわざフジミに入団する必要があるだろうか?



「やっぱり、そこは、殿下とコンチェルト?」



 不意に加わった声に振り返れば、チェロケースを背負った女性たち。
 遅れてやってきたパート会議オブザーバー参加者。
「オーダー通り、イガちゃん、連れてきたわよ」
 逃げられないように、しっかりと両脇から搦め捕られているけれど、とうの囚われの身にその気はなさそう。
「いつの間に」
 そんなことにお願いしたの?
「うん? 休憩のときにね、お願いしたの。
 だって、なんていうの? 彼女たちによくないオーラを感じたのよねぇ〜」
「オーラって、あんたは孝子さんですか? って」
 孝子さんとは稼業のオケのトップ奏者、オーラで感情を判断できる便利な方。
 あの場にいれば、間違いなく同じことをいうだろうと同じ意見に至ったのか、栄子は、うんうんと頷いてる。
 あえていえば、あの場の不穏なオーラを感じとれなかったのは、ビオラの裏のパーリーだけ。
「まぁ、それ。半分くらいあたりの予感かも」
 そして、今回、新規参入者のいなかったチェロパートでも、他人事ながらも危機感は感じていたらしい。
「イガちゃんがいうには、今回の入団者って殿下と守村さん目当てなんだって」
「なに、それ」
「定演でふたりに会うのが目的って、いってたわよね?」
「それだけじゃないとはおもうっす。
 けど。
 それがメインって気も・・・・・・・・・・」
 四方から睨まれて、最後までは言葉に出来なかった。


 とりあえず、勧誘をしてみよう。
 あわよくば、ひとりやふたり、物好きがひっかかるかも。ていどの気持ちでいたと、告白。


「なんてもんを引っ張り込むのよ」
「一つの恒例、春の風物詩っす」
 今までと違っていたのは、フジミから有名人がでた。ということ。

 単に、フジミへ参加しませんか? では、弱い。
 ライバルは大学公認サークル、その他諸々。
 かたやこちらは、市民センターの素人音楽サークル。相手にされなくて当然。
 せめて、キャッチフレーズを派手に大胆に、という方向で、いまや、フジミの2大スターを持ち出した。
 
 守村先輩とチャイコンは、まだしも。
 桐ノ院さんと演奏を、は、ミーハー魂に火をつけるには、十分、これ以上なし。
 思うに、来年からはやり方を変える必要があるんじゃないかしら?
 勧誘の時点では、1月のM響本拠地デビューだけだったのが、欧州コンクールツアーの結果次第では、ますますミーハーファンが増えるだろうに。
 そう、かの電柱殿下殿が、結果ゼロ。なんて、お粗末な戦歴で帰国するはずなんかない。全戦全勝でも驚かない。
 まぁ、気を病むのは、来年でいい。
 問題は、既に存在しちゃってる、訳有りの新団員。

「ビオラパートの乗っ取りなんて物騒な話にはならないのが救いね」
 事情を聞けば、どうやら、「フジミにいたいだけ」の存在らしいから。

 フジミで弾きたい。
 バイオリンばかりが増えても、パートのバランスが悪くなり過ぎる。
 ビオラがもう少しほしいなぁ。
 なら、持ち替えでビオラを弾きます。

 そんな駆け引きのうえで、ビオラにやってきたのだろう。

 バイオリンパートの人員が減れば、いそいそと、これ幸いにバイオリンに戻りそうな人間と、「フジミで、ビオラを弾きたい」人間とは、対応が変わるわのも、当然。

「んー、そう言われれば、そーよね?」
 ほらさぁ。と、話をつなげ。
「うちは、チェロと違って、専門教育は受けてないじゃない?
 真面目で、堅物で、融通のきかない、心の底からビオラを愛するのがくるほうが、困るのよ」
「わたしのほうがうまいとか、席次がどうだとかいいだされると、一見正論だけに。
 ほら、フジミって場所は、それだけじゃないってことを判らせるまで、るみちゃんがいじめられそうで」
 そーねぇ。
 と、チェリストふたりが、自分のところとは関係ないパート内の紛争の予感に相槌を打ち、思いついた危険を指摘してくる。
「それだって、若い女の子に鼻の下のばした橋爪さんがどうでるかによって、変わるわよね?」
「あ、それ、ないから」
「へ?
 絶対、彼にちょっかいかけるんじゃない?」
 ビオラで唯一の男性。
 そのうえ、誰がどう見ても、ビオラパートの指導者であるのだから。
 女子大生にとっては、可愛くせまれば、便宜を図ってもらえると計算してもおかしくない。無意識でもしている、だろう。若いって、それだけで、特権があると思ってそうよね?

「なんか、引っ掛かるものがあったんで、彼女らには、ビオラハレムの主だっていっといたから。
 流石に、引いてたわねぇ」
 思い出せば、まだ笑える。
「見せたかったですよ? 椎子さんの、見事な先制攻撃」
「ほめてくれて、ありがと。
 そりゃ、こうみえても、M響暮らしも長いですから、駆け引きのひとつやふたつ、できますわ」
 おほほ、と、笑ってみる。
「じゃ、とりあえずの心配はいらないね?」
「まあね、有利な情報も手に入れられたし。
 そうそう、五十嵐くんも、うちの心配しなくてもいいから。
 きっちり、ビオラの平穏は守ってみせるわ」
「それって、るみちゃんの平和?」
「そうよ。在籍するための手段でビオラを弾く相手に負けてたまるもんですか。
 フジミが音楽を愛してるなら、腕を問わずに仲間にするなら、わたしたちは、ビオラを愛してるなら、ね」
「ただ、そういうことで、ビオラパートとしてはまとまれるかは保証できません。
 チェロが師弟愛で、バスが音楽を愛する同志愛なら、うちはビオラへ帰属する同胞愛だもの。
 いっちゃえば、ふたまたかけてる彼女たちに、この至高の愛が理解できるのか、微妙だよね」
 そ、そーすか・・・・・・
 一途にチェロを愛してる彼にも理解できないのかしら? この崇高なる愛が?
 だったら、彼女らに理解しろなんて、前途多難ねぇ?

「調停役が必要になったら、遠慮なく斉田を使ってください」
 心配してくれるのはいいんだけど。
 問題は、うちじゃないって理解してる?
「五十嵐くん、コンマスとしての心配りは、バイオリンに向けてあげて。
 こっちは、3対5。どうにか押さえられるけど。
 バイオリンは、2対7になるでしょ。
 守村さんがいれば、話は違ったでしょうに、久美ちゃんと羽住さんだけじゃ、あのじゃじゃ馬たちを押さえ付けられるか、心配だわ」
 あとは、みな素人さん。
 フジミでのキャリアが長くても、わずかな例外を除いては、演奏者としては、音大生のほうが長かったりするわけ。
 技量も下、キャリアも下。
 音大生にかなうわけがない。
 だから、より注意深く見守らなきゃならない。

 見掛けからは予想しづらい心配性のコンマスは、考えて。
「・・・・・っすね」
 と、素直に頷いた。
 自分たちが連れてきたっていってもいいのに、庇うきはないの?
「ビオラも大変になるかもってときに、よその心配ができるって、じつは余裕なんっすか?」
「あら、オーケストラの音作りと一緒よ。
 まずは、パート内を仕切るのが大事。各パートが仕切ったら、オケ全体が仕切られてるでしょ」
「あー、なんっすか?」
「そう。
 とりあえず、フジミの団員としてやるべきことは、力づくでも力技でもビオラパートを分裂させないこと。
 まずは、それが大事。
 ふんっ。
 持ち替え音大生ごときになめられて、たまるモンデスカ」
 お子様に引っ掻き回されて、フジミが内部分裂?
 そんなことにでもなったら、殿下に留守を任された立場がないのよ? あたしたち。
「そーそー、あとは、コンマスと留守番コンダクターの腕の見せ所、期待、してるからね?」

 新米コンマスには、荷が重いっす。

 なんて、逃げるけど、連れてきた責任はとってくれないとね?
読めば分かる「GO GIRLS」の続き
M響 対 音大生
M響さんたち、
水面下では暗躍しててほしいなぁ。と願望。

しかし、どう贔屓目にみても「乙女」という年齢ではない。

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