二双峠(二双越)
 阿賛を越える道は、東に相栗・寒風、そして三頭越があり、最西端には二双越がある。この峠越は二双越街道と呼ばれ、谷口を起点にして、中山・瓦畠を通り二双峠に至る道である。本町民の利用はもちろんであるが、三好郡、半田、貞光の人々の利用も多かったと言われる。青石渡・中鳥渡を渡って二双越より讃岐に入り、明神を経て金比羅、善通寺に到達する道であった。
 
峠のすぐ下に、立派な地蔵と馬頭観音像が立建されている。この二対はいずれも嘉永六年(1853)に立建されたものである。この地蔵と馬頭観音像は、眼下に美馬町・貞光町・半田町が一望できる至って見はらしのよい場所に設置されており、旅人は旅の安穏を地蔵に祈り、展望のよいこの地で、しばしの休憩をとったことと思われる。
 
峠から北へ1キロほど行ったところに二双神社がある。ちょうど、二つの椀を伏せ、椀の縁の接点に峠道が通っているので、この二双峠の名前が付いたのであろうか。この峠は讃岐側では立石峠と呼んでいる。この道もまた借耕牛の道でもあり、峠を越えた明神には牛の留まり場があった。
                   
                     「美馬町史 第七章 文化 (3) 二双峠」  より
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