blind summer fish 22


 小高い丘に一本ぽつんと立っている木の影。でこぼこに少し盛り上がった土にもさもさと草が生えて、裏にまわりこむとこどもが一人二人入れる穴があいている。
 そうメリッサが教えてくれた場所は、ロイの家から歩いて十分ほどのところにあった。なんでも、エドワードとアルフォンスの秘密の場所なんだそうだ。
 そんな場所ならエドワードがすでに探しただろうが、相手は静物ではなく、歩き回る人間だ。それに、近所のひとたちに探してくれるように頼んではいるが、盛り土の後ろまでしっかり見るとは限らない。なにせ、その丘に行ったことのあるロイも、穴があるなんて知らなかったのだから。丘向こうは背の高い草の密生した急な斜面で、下から見上げても頂上は見えず、上り下りも難しそうだったことは覚えている。だから、ロイの家のある方向から登って、そのまま来た道を下りていくものとばかり思っていた。呼んでも返事がなかったら、いないと判断して帰ってしまうだろう。
 ロイは家まで戻る道の途中で角を曲がると、少し坂になっている道を駆け足で上って行く。司令部から全力で走り通しで、息が乱れている。それでも足はとめない。初めて、可能性の高い情報を手にしたのだ。すぐ確かめてみなければならない。
 丘は緑が濃く、ロイの住む家の方向から二本、誰が作ったのかは知らないが草が引き抜かれ土の道が出来ている。その一本をロイは駆け上がり、途中の合流点を過ぎれば頂上はもうすぐそこだ。刈られて足の短くなった芝に覆われた頂上は、小さな家の庭くらいのスペースしかない。ロイは合流点を素通りしかけたが、ふと聴こえた声に速度を落とした。
「ちゅうさ!」
 後ろからこどもの声がした。自分の来た方とは別の道を振り返ると、青を纏った集団の中にエドワードがいて、おまけにがっしりとした男の背中におぶわれていた。こどもの足では走っても遅くなるからと、ひょいと抱えあげられたようだった。男の顔には見覚えがあった。たぶん、彼がニエト伍長なのだろう、こどもの扱いに長けていそうだ。こどもを背負う様子がずいぶんとしっくり来る。自分がああなるより先に、エドワードもアルフォンスも大きくなってしまうのだろう。
 エドワードは伍長に丁寧におろしてもらうと、ロイのところへ駆け寄ってきた。
「おれ、ここはちゅうさのとこいくまえにきたんだ。でもアル、いなかったよ。もしここにいなかったら、おれ……」
 木の影まで駆け出したい気持ちと、もしいなかったらどうしよう、という恐怖が足をすくませている。エドワードはロイの軍服を小さな手で握って動こうとしない。ロイはしゃがんでエドワードの頭をぽんぽんと優しくたたくと、「私が見てくるから待っていなさい」と言って立ち上がった。すると、小さな手がロイの手を掴む。
 ロイは苦笑してエドワードの手を握りなおすと、狭い歩幅に合わせて歩き出した。こんな風に横に並んで歩いたのは、初めて会ったとき以来だろうか。リゼンブールで足の裏に土の感触を味わいながら、ロックベル家とエルリック家を行き来したあのとき以来。
 風が吹いてさらさらとなびく草をかきわけると、確かにぽっかりと空いたスペースがあった。回り込むと小さな穴が空いている。
 アルフォンスはいない。ここも空振りだった。エドワードの手に、ぎゅっと力がこもる。
 どこに行ったんだろう、本当に。風が鬱陶しい。あおられて前髪が目にかかる。邪魔だ。
 振り払ったとき、ふと視界の隅に、小さくて色鮮やかな何かが映った。つまんでみると、ふにふにと柔らかい。確かこれは――
「それ、ビーンズだ!アルのすきなおかし!さっききたときはなかったのに」
 見渡すと、すぐ近くに白い小さなビーンズが、ぽつんと落ちていた。
「あそこにも!」
 少し離れたところに、今度は黄色。
 目敏いエドワードは、不規則な間隔で落ちているお菓子をいくつも見つけていく。それらをアルフォンスが落としたものと信じて。いや、アルフォンスの落としたものに間違いないだろう。
 いくつか拾うと、あとは裏手の急な斜面だ。ここを下りたのか、それとも来た道を戻ったのか。
「こっちいってみる!」
 ロイの疑問を余所に、エドワードは草むらに頓着せず入っていこうとする。
「待ちなさい、エドワード!」
「やだ!いく!」
 幼いこどもは、しっかりと身体をとらえたロイの腕の中で暴れる。
「だってビーンズこっちにむかってるんだ。ここでとぎれてる。きっとアルはここをおりたんだ!」
 叫びにも似た言葉だった。もうこれしか手がかりがないから。
 ロイは拘束を解くと、注意深く草むらを見つめた。そしてある一点に向かうと、草をかきわけた。当たりだ。踏み固められた細い細い道が現れた。けもの道だ。しかも嬉しいことに、またビーンズは落ちていた。きっと、アルフォンスはここを歩いた。
 このけもの道を作ったのは二本足の動物であったのか、斜面に沿った大回りで緩やかな坂道だった。これなら人でも充分に歩ける。
 エドワードは時折石につまづくたびにロイに襟元を引っ張られながら、ちょこまかと歩いてはビーンズを見つけていく。
 そうこうしているうちにふもとの町の路地に出た。大通りからはだいぶ中に入った路地だったが、家の前でおかみさんが洗濯物を干していたり、こどもの高い声が行き交っていたりで、人の数は少なくない。

 そんな中でロイはエドワードの後を追い、さらにその後にでかい軍人たちがぞろぞろとついていく。人目を引くのは当然のことだった。元々軍人に対してそれほど嫌悪感を抱いているわけではない市民の多い土地柄もあって、奇妙な光景に向けられる彼らの目には好奇心が見え隠れしている。変な意味で注目を集めてしまうことにはなったが、敵意や嫌悪の視線を向けられるよりはずっといい。
 ロイが振り返ってフュリーを見ると、彼は心得たとばかりに部下に散開を命じた。人を探すには人から人へ。聞き込みは基本だ。するとすぐに、いままではちっとも出てこなかった目撃情報がわっさわっさと出てきた。ちょうどここは黒い髪を持つ民族が集まっている地域で、金髪のこどもは目立つらしい。情報によると、アルフォンスと思しき金髪のこどもは、きょろきょろと物珍しそうに辺りを見回しながら、路地の家の子と少し遊んで別れたという。
 それも、ついさっき。
「ちゅうさ!」
「うん、アルフォンスはすぐに見つかるよ」
 期待に目を輝かせているこどもは、小走りに駆け出した。