blind summer fish 26

 リザ・ホークアイは自分の適性をよく理解していたので、必要以上に料理に手はかけない。もともと別にグルメではないし、近くに手ごろな価格で温かい料理を提供してくれる惣菜屋はあるし、メリッサが時折夕飯に呼んでくれることもあって、自分で手の込んだものを作ることはなかった。士官学校時代から野外料理は経験しているが、何を作っても微妙な味にしかならない上司とは違って、ホークアイの作る料理は十分基準点をクリアしている。問題は、それ以下でなければ、それ以上にもならないことだった。まあおいしいけど、すごくおいしくはならない。気合を入れてあのスパイスだのこのソースだの、といろいろ使ってみれば見栄えのする一品を作れるのかもしれないと思わないこともないのだが、ホークアイにはやる気がなかった。
 そんなホークアイが部下の手料理を一口食べた途端、驚いて目を丸くしたので部下は、してやったり、といった表情でにやりと笑んだ。

 ハンバーグ!と口を揃えて言った二人のこどもたちの要望どおり、メインはハンバーグだ。狭い部屋なので椅子に座っているホークアイからは作りつけのキッチンスペースは丸見えだ。こどもたちは部下の手伝いをしているし、上司と特に話すこともないので、料理をしている様子を座って眺めていた。
 たまねぎをみじん切りにして炒め、牛乳に浸した小麦粉と卵をくわえ、挽肉と混ぜ――どう見ても自分とは何も変わらない作り方だ。非常に標準的な、過不足のない。
 そしてエドワードとアルフォンスが二人して「めだまやきのっかってるの!」とおねだりしたので、ハンバーグの上にはほどよく黄身がとろっとしたつややかな目玉焼きが乗った。これもまあ、普通のハンバーグ。
 しかし出されたものを一口食べて、ホークアイは驚いた。目が丸くなる。
 何の変哲もないハンバーグだった。見た目は。作り方も。
 なんだろう、原因はこのデミグラスソースか?いやそれだけではないみたいだけれど。
 先ほどの様子を思い出す。市販の瓶詰めからではなく、鍋からおたまで掬っていた。市販品を温めたんだろうか。
 わいわいとにぎやかに喜ぶこどもたちと、アルフォンスの口元をぬぐったりジュースをついでやったりと甲斐甲斐しく世話を焼いて親バカっぷりを発揮している上司をよそに、ホークアイはサラダを取り分ける部下に聞いてみた。
 答えにまた目が丸くなる。
「昨日頼まれて作ったビーフシチューに使ったのがあまってたんですよ。ヨーグルトを入れるのがポイントっす」
 自作だ。思いっきり。
「貴方、すごいのね」
「少尉に褒められると照れるっすね」
 はい、サラダ。とレタスにトマトにきゅうりなんかが彩りよく盛られた皿を目の前に出された。ドレッシングをかける前に、真ん中にあるポテトサラダも食べてみる。
「……」
 ホークアイは近くの惣菜屋のポテトサラダが好きだ。酸味が少し利いているところが特に好きだ。その惣菜屋に、このレシピを教えて作ってもらいたいと真剣に思った。ただ、自分で作ろうと思わないところが、多分問題。
「ドレッシングは好きなのかけてくださいね」
 用意されているのは三種類。なんだここは、どこのレストランだ。そういえば、コーンクリームスープも、聞いたことのない名前のチーズをハムで巻いてちょっと酸っぱいジャムのような赤いソースをかけた前菜もおいしかった。
「ハボック准尉。貴方、煙草はやめたほうがいいわ」
「少尉までそんなこと言うのやめてくださいよ。ただでさえ中佐に煙草の本数制限されてるってのに」
 ハボックはぶつぶつと文句を言う。今日なんて、火ぃつけないでくわえるだけにしてたら、それもやめろって言われたんすよ。とかなんとか。でも勿体ないと思うのだ。料理人は舌が命だという。単なる嗜好品である煙草でその舌の感覚が失われてしまったら。
「料理が作れなくなるわよ」
「いや、俺軍人であって料理人じゃないんで」
 白菜とベーコンを何層にも重ねてコンソメで煮込んだものを勧められるままに口にすると、それもやっぱりおいしかったので、こいつは嘘つきだ、とホークアイは思った。

 冷えた桃のコンポートにヨーグルトをかけたデザートで夕食を締めたあと、エドワードはハボックにかまってもらい、アルフォンスはなぜかホークアイから離れないでにこにこしているので、上司は一人で暇そうだった。暇なら暇でいいのだが、自分たちをちろちろ恨めしそうに見ないでほしい。これだから親バカは困るのだ。
 野菜はいっぱいあるが、金が無いので肉が無いというハボックの財政状態を鑑みて、挽肉だのベーコンだのの代金を払ったのは上司なので、この状態は少しかわいそうな気もした。ちょっとだけ。
 上司を尊敬しているし、命を預けてもいるが、こんなふうに日常で、血の匂いのしないところでは、自分たちの関係などこんなものだ。仕事をさぼろうとすれば容赦なくにらみつけ、必要に応じて壁に銃弾の穴を作るし、こどもにめろめろになっている上司を見ていると引き取った理由云々を差し引けばなんだか情けないとも思うし。こんな自分と上司の関係は、はたから見るとちょっと特殊なのだそうだ。
『あれだけのイイ男がそばにいて、何も感じないっていうのはおかしいわよ』
 絶世の美男子というのなら中身がなんであれ見惚れもするだろうが、上司は標準よりはまあちょっとはいいかな程度の容姿だ。中身は中身で、わずかでもときめいたのは彼の下に配属されて間もない頃だけの話で、すぐにそういう対象ではないとわかった。思い込みではなく、本当にわかったのだ。逆に上司の方はといえば、ホークアイを見たときに「美人の副官でうれしいよ」と言ったきりだった。その言葉に脂ぎったものはなく、その後も性的な視線を送られたことは一切なかった。いや、内戦の場では幾度かあったが、何もないまま終わった。生命の危機に敏感に反応する本能をきっぱりと押さえ込んだのだから、上司の理性は相当なものだ。
 というわけで、ホークアイにとって上司は恋愛の対象ではない。そして、今日、手料理を食べて、ハボックも絶対嫌だと思った。こんな料理をしょっちゅう食べることになったら、体重を維持するのが大変そうだ。
 とりあえず明日は早めに起きて少し走ろう、とカロリー消費を誓って、ひざの上で舟をこぎ始めたアルフォンスがずり落ちないよう、しっかりと抱きしめた。