blind summer fish 3


 すらすらとよどみなく題名を言ってのけたエドワードに、ロイは驚いた。
「それを君たちは読んだのか?」
「読んだよ。わからないとこも多かったけど。な、アル」
「図がいっぱいあるとこならちょっとよめた」
「すごいな、君たちは……」
 まず、大人ですら読む前に放棄してしまいそうなあの厚さの本をよくも開く気になれたものだ。そして、ゆがみのない錬成陣。「わからないとこも多かった」は逆を言えば「わかったところもあった」ということだ。
 言い回しはさほど難しくないが、書かれている内容自体は高度なそれを、一部たりとも理解出来るこどもがいるとは。
 休暇を無理して前倒しした甲斐があった。錬金術師としての興味と勘は見事に当たった。この兄弟には才能がある。
「これからニ、三、錬金術に関する簡単なクイズをするから答えてほしい」
 クイズ、と聞いて兄弟の目が輝いた。こどもらしく、楽しいことが好きなのだろう。
 ロイはまず基本的な質問をし、それから一足飛びに並の錬金術師なら数分は考え込んでしまう難度の質問を与えた。
「わかったらこの紙に描いて」
 ある作用をもたらす錬成陣を描く、という問題だったのだが、ロイが差し出した紙を受け取ったエドワードは、全く悩む様子もなく陣を描き始める。アルフォンスはほんの少し迷ったが、すぐにエドワードに続いて紙にペンを走らせた。
 出来上がったものをどうだとばかりに誇らしげに見せるエドワードとアルフォンスに、ロイは感動すら覚えた。
 本物だ。この子たちの才能は本物だ、と。
 途端にむくむくとわきあがってくる考えを必死に押し殺そうとした。実行してどうするというのか。これから仕事はますます忙しくなるだろう。どうやって面倒を見る。軍人であり、軍の狗と蔑まされる国家錬金術師でもある自分の下で学ぶことが、彼らにどんな影響を与えるかわからない。
 しかし、そんなロイの葛藤を、兄弟は次の瞬間に簡単に吹き飛ばした。
 いつの間にかコップに水を汲んだアルフォンスが錬成陣の上にコップを置き、ロイが止める間もなく二人は陣に手をつく。青白い光が部屋に満ちた。
 光が消えたあとには七つの色が綺麗な虹がたたずんでいた。風が吹けば消えてしまうような、単純なものではない。ロイが求めた、数分間は持続する虹。
 完璧だった。もう何もロイを止めるものはなかった。己の科学者としての探究心がこれほどまでに強いとは思わなかった。この兄弟をもっと見ていたい。育ててみたい。
 ロイは息を呑んで切り出した。
「私の下で錬金術を学んでみないか」
「マスタングさん、あんた何を言ってんだい!」
 ピナコのとがめる声が聞こえた。無理もない。自分でも無茶を言っているのはわかっている。けれど、この子たちを目の前にして簡単に引き下がれるはずがない。
「あんたがおしえてくれるの?おしえられんの?」
 エドワードがひたと見つめてきた。ロイの真意を読み取ろうとしている。この男は信用できるか、ついていってもいいのかどうか。見極めようとしている。
「私は国家錬金術師だ。知識という点でならば、君たちにとって不足はないはずだ」
 こっかれんきんじゅつし……とエドワードは呟いて首を傾げた。その幼さでは錬金術に長けていても、国が与える地位にまで知識が及ばないのだろう。
「国家錬金術師とは大総統直属の……いや、国が与える資格で、おそらくこの国では一番難しい試験だ。毎年、受けられる人数も限られている。その中で、優秀な成績を修めたものだけが成ることが出来る。資格とともに国家錬金術師は色々な特権を与えられるが、その特権ゆえに錬金術の原則に反して、軍の狗などと呼ばれているよ」
 実力は国に認められているが、君たちの勉強に適した環境とはいえないかもしれない、と正直に言うと、エドワードとアルフォンスはもう一度顔を見合わせて、互いに大きく頷いた。
「いいよ。いく」
「ボクも」
 言ってから、「……いっていい?」とピナコに窺うあたりがこどもだ。ピナコはピナコで兄弟を見つめ「どうせあたしが反対したって行くんだろ」と諦めたように笑った。
「ただしマスタングさん。もしこの子たちが帰りたいって言ったらすぐにここに帰しておくれよ」
「それはもちろんです。その場合は、私が責任を持って送り届けます。定期的に連絡もします」
 これは私への専用回線の番号です、とロイは紙にさらっと数字を書きつけ、ピナコに渡した。ピナコはしっかりと数字を目に焼きつけ、すぐに破く。その行動にロイは驚かされた。
「あんまり人目にさらすもんじゃないだろう」
「おっしゃるとおりです」
 負けた、と思った。よくは説明出来ないが、どうもこの女性には勝てない気がした。