blind summer fish 31

 物腰の柔らかさとは裏腹に何事もてきぱきとしているメリッサは、翌日すぐに行動に移った。電話をかけ、アームストロングの本家当主の妻に取り次ぎを頼む。
 電話口に出た夫人は、また数ヶ月もセントラルへ来ないことを軽くなじると、来月早々にも遊びに来ることを約束させてメリッサの要望を受け入れた。
  てきぱきという性質はアームストロング家の女性に共通するのか、折り返しの電話がかかってきたのはその次の日のことだった。
「昨日の件だけれどね、前に話した通りでしたよ。身体が弱くて、人嫌いで、外にも滅多に出られないとか。とても刺繍がお上手だそうで、わたくしの友人の娘さんがそのお嬢さんに習いに行っていることは前に話したかしら」
「ええ、伺いました。確か、窓越しに会釈を交わすうちに少しずつ仲良くなられたとか」
「先様の家の方には『人嫌いの娘に友達が出来るなんて』と随分感謝されたそうだけれど、人嫌いは相変わらずのようよ。他に親しくしている人もいないみたいですしね」
 その人嫌いがどうして窓越しに外を眺め、会釈などしたのか。不可解な。
 メリッサがその点を問うと、夫人も電話口の向こうで首をかしげたようだ。二人でしばらく電話越しに頭をつきあわせて考えてみたが、答えが出るはずもない。
「身体が弱くていらっしゃるというのは、幼い頃からですの?」
「生まれつきね。五歳まで生きられるかどうかというところだったと聞きました。それでも外出が禁じられていたのはそれから数年だけで、以降はお医者様からも具合がよければいつでも外に出ていいと許可が下りて、パーティーに出たり、近くに旅行に行ったりもしたみたいですよ。けれど、十五歳のときと言ったかしら。急に外出を嫌がるようになって、今はもう屋敷から一歩も外に出ないとか」
 十五歳のとき。何かがあったのだ。
 もう十年近くも、自身を屋敷に籠もりっきりにしてしまう何かが。
「マスタング中佐は、その縁談をお受けになるの?」
「いえ、どうお断りすればいいか悩んでいらっしゃいます」
「結婚を考えているとしても、何か裏がありそうだものね」
 夫人が「裏を考えるのは嫌いです」とため息をつくのが聞こえた。物事はきっぱりしているのが好きという夫人とは気が合う。
 そして、気が合うもの同士、自然と長電話になるものだ。今年の作物の出来たとか、旬の食材だとか、近頃の情勢に、出たばかりの本、こどもたちのこと。
 それはこどもたちが帰って来て玄関から「ただいまー!」という二重奏が聞こえるまで続き、ようやく世間話に一区切りがついた。
「マスタング中佐のことは、他言なさらないでくださいましね」
「わかっていますよ、メリッサ。それでは来月にね」
「ええ、奥様。必ず伺います。ありがとうございました」  
 礼を言って切ると、メリッサは夕方を待って、帰ってきたロイに事の次第を告げた。


「マスタングです。入ってもよろしいですか?」
 いいよ、という気軽な返事を受けてロイが扉を開けると、将軍はロイの手にしている封筒に目を向けて「早かったね」と言った。
 返事はチェスの講義の時間にくれるものだと思っていた、と微笑む。
「ランディに会ってくれるのかい?」
「将軍の真意を伺いに参りました」
「真意、とは何のことかな」
 そこでロイが、メリッサを経由して得た情報を披露してみせると、将軍は困ったように頭を掻いた。
「君はいい情報網を持っているようだ」
「いえ、うちの者がたまたまお嬢さんに関して人づてに聞いたことがあるというだけのことです」
 立ったままでいたロイは向かいの椅子を勧められて、腰を下ろした。
「二週間ほど前に、弟夫婦に夕食に招待されてね。体調が良いと言ってあの子も一緒に夕食を取った。それで食後に弟とチェスをしていてちょうど君の話題が出たんだよ」
 弟は君と張るくらいの腕前で、と言うので、ロイは将軍の弟に同情した。きっと、若い頃はこてんぱんにやられていたに違いない。弟の年は知らないが、将軍とそれほど離れていないとすると、チェスに触れる年月からして自分以上に才能がないことになる。
「そうしたら、あの子が突然君のことを尋ねてきたんだ。どんな人物なのか、会ってみたいと。人嫌いのあの子がどうしてそんなことを言い出すのか不思議でね、勿論聞いてみたよ。しかし親にも私にも話そうとしない。珍しくあの子が他に興味を持ったもんだから、母親も父親もぜひ君に会わせてやってくれと、こういう経緯だ」
「お会いするだけならば、どうしてこのような写真を用意されたんですか」
 それに関しては実は私も手を焼いているんだ……と、将軍はため息をついた。
「弟は誰に似たんだか、先走る性質でね。娘が興味を持った、やれ見合いだ結婚だと、写真まで用意して私のところまで乗り込んできたわけだ。しかし君はまだ結婚するつもりはないようだし、私も断ったんだがね、写真を押し付けられてしまって。じゃあまあ、せっかく写真があるんなら君に見てもらうくらいなら構わないかなあと思ったんだよ」
「それならそうと、先におっしゃってくださいよ、その経緯というやつを。どうやってお断りしたらよいものか、悩んでしまいました」
 ロイの言葉に将軍は、悪びれたふうもなく肩をすくめた。
「いやあ、君ならすぱっと断るかなあと思って」
「私はそんな恩知らずじゃありませんよ。心外です」
「恩知らず? 私は君に恩を売った覚えはないが」
  本当か嘘か測りかねた。どこか飄々としているこの上官は、本心を掴みづらい。彼の人生の半分も生きていない自分には、まだ当分、彼の考えていることを読むことは出来ないだろう。
「もし君が私に恩を売られたと思っているならちょうどいい。一度あの子に会ってみてくれないかね。おとといまでは、君が断ってくれるといいと思ってたんだが考えが変わった。もちろん、弟夫婦が結婚の話を持ち出しても君に迷惑がかからないようにするから。どうかな?」
 ロイの答えはもう決まっていたが、口を開く前に上官の目を見た。やはり本心はわからない。
「お会いするだけでしたら」
 会ってみよう。
 ランディ=ローズ・ファニングに。