blind summer fish 43

 こどもたちにがっちり捕まえられているロイを見てとると、ホークアイは昨日決めた分担通りにさっさと人員を割り振って仕事につかせた。専門の建築物鑑定士はリーランドに紹介しておこうと連れ立って歩く彼女の元に、ロイを待合室のメリッサのところまで案内してさっさと身を翻したアルフォンスが駆けていく。ちゃんとお辞儀してご挨拶をしてから、にこにこ満面の笑みを向けるアルフォンスに対して、仕事中であるにも関わらずホークアイの顔も緩む。手をつないでもらってアルフォンスはご機嫌だった。
「アル、うれしそう」
 ロイがメリッサと二言三言話している傍でリンディが呟いた。
「なって言ってたっけ、ホーク……なんとかさん」
「リザ・ホークアイ少尉。私の部下だよ」
「きれいな人ね」
 ロイは、おや、と目を丸くした。リンディがなんだかつまらなそうだったからだ。まさかと思いつつ、長椅子に座って同年代の女性の腕に包帯を巻いているメリッサを見下ろした。くるくると手際が良い。
「家庭教師の項目には救急手当も含まれていた、なんて言うんじゃないだろうね?」
「あら、中佐。私の心情は、『自分で出来ることは自分でやる』ですもの。それに当主といえど、身の回りのことは一通り出来なくては」
 なんでもかんでも自分でやってしまっては使用人の仕事がなくなってしまうから、適度に自分でやり、適度に人に任せるのが肝心、と言い、メリッサは包帯を巻き終えてテープで止めた。
「あとは朝と夜にこの薬を塗ってくださいな。包帯はそのたびに替えなくてはいけませんよ。替えの包帯も一緒に入れておきますわね」
「ありがとう、メリッサ。じゃあ、また」
 紙袋を受け取った女性は丁寧に頭を下げ、待合室を出て行った。
「ドクターに頼まれたのかい?」
「ええ。人手が足りなくて大変なようでしたから、にぎやかなこどもたちを連れてきたことですし、少しくらいはお手伝い出来ればと思って」
 そのこどもたちはリンディとすぐに打ち解け、ロイら一行が来る前に一時間ほど遊んでいたのだそうだ。
 こどもたちをその場に残し、鑑定士を連れてリーランドに挨拶をしに行くと、彼は昨日と同じように普段着に白衣で、眼鏡をかけていて、やっぱり眠たそうな目をしていた。
「あー、おはよーございます、マスタング中佐」
「おはようございます。今日もまた診察のお邪魔になるかと思いますが、ご理解ください」
「かまいませんよー。それでそちらは?」
 ロイは隣に立っている鑑定士を紹介し、リーランドは「どうぞよろしくおねがいします。あちこち古くて崩れそうなので、びしばしお手柔らかに鑑定してやってください」と深々と頭を下げた。この機会にあちこち改築したいのだろう。
「そうそう、中佐のお子さんたち可愛いですね。友達が出来てリンディも喜んでますよ。ね、リンディ」
「パパ。ムダ口たたいてないで、おしごとしなよ」
 ロイが振り返ると、にこやかな父親とは反対の表情を浮かべたリンディが立っていた。反対といっても、まるっきり不機嫌というわけではなくて、照れているのを隠そうとしているように見える。友達が出来て嬉しいけれど、それを父親に言われるのが恥ずかしいといったところだろうか。
 そんな少女の後ろからエドワードがひょっこりと顔を出した。
「中佐、おひるごはん、いっしょにたべられる?メリッサがすごくいっぱいおべんとう作ったんだ」
 話を聞くとどうやら本当に大量のようだった。何しろ、はるばるカートを引っ張って来たのだそうである。お弁当を積んで。
「いいよ。昼食の時間になったら呼びに来てくれるかい?」
「うん、わかった!」
 元気なお返事にロイは顔をほころばせ、ふとリンディを見た。
 並ぶとリンディの方がエドより背が高い。
 なんとなく二人をじーっと交互に見つめていると、エドワードがぷうっと頬を膨らませた。背の高さを比べているのがわかったのだろう。
 ランディは同い年といったが実際はリンディがエドワードの一つ上だった。一つの年の差があっても、男の子として女の子に負けるのは可愛らしいプライドが傷つくようだ。弟のアルフォンスとも元々たいして変わらない高さなので、ロイにしてみればいまさらとも思うけれど、気持ちはわからないでもない。ロイもこどもの頃はそう大きいほうではなく、ぐんと背の伸びる友人を見ては羨ましく思ったものだ。
 それよりも、リンディを見ていると誰かに似ている気がするのだが、誰だったかが思い出せない。
 母親似なのかリーランドにはあまり似ていないし。いったい誰だろう。こういうことは、一度考え出すとなかなか頭から離れないもので、ロイはしばらくそれに悩まされることになった。
 しかしロイが若干ぼけーっとしていても優秀なホークアイが相変わらずてきぱきと仕事をし、調査はどんどん進んでいく。
 そしてさすがに専門家は仕事が早い。見取り図で老朽化が激しい箇所をざっと確認し、次々と見て回る。
「ここはもう撤去してしまったほうがいいですね」
 一見、なんともないように見えた壁に向かって彼は言った。ロイは目をこらして見たがやはりなんともない。
「隅の方にヒビが入っているだけのように見えますが」
「でしょう。実はこの壁、二重になっているんですよ。厚い壁の手前に薄い石が貼ってあるんですね。それで奥の方は崩れていて、手前の壁が全体が崩れるのを防いでいるのです。叩くと音でわかりますよ」
 ほら、と小さなトンカチで叩くのを、ロイは壁に耳をくっつけて聞いた。
「ああ、中が空洞みたいな音がする」
「もう使われない区画ならばこのままにしておいても問題はないでしょうが、 患者さんもしょっちゅう通る廊下のようですから、今日これからか明日にでも工事をしたほうがよろしいと思います」
「すぐに手配しよう」
とロイは約束し、事実午後には機材を運び込んだ。
 専門家の立会いの下、手前の薄い壁がはがされ、奥の壁が現れる。
 そして、巨大な石の欠片の向こうにあるはずの空き部屋は現れず、そこには地下へと続く階段がぽっかりと口を開けていた。