blind summer fish 47

 錬成痕。イコール意図的に塞いだ。死体を隠した。
 犯人は錬金術師。そうでなくとも仲間。その可能性は高い。そして殺人。
 いや、この段に及んでも、自然死という可能性は捨てきれない。捨ててはいけない。捜査の基本はニュートラルだ。スタート地点が偏ったところにあれば、とんでもない方向違いをしてしまうことはままある。
「中佐ー。ブレダじゅんいがこっちではなにも見つかりませーんだって」
 いつの間にかまた梯子を上っていたエドワードが、ロイの頭の上に大声を降らせる。
「こっちでは見つかった、と伝えてくれ」
「わかったー」
 エドワードは再度小窓に頭を突っ込むと、声を張り上げた。
「こっちでは見つかったってー。んー?んー。中佐ー、はこびだしますか?って。なにはこぶの?」
「ああ、それはね――中にちょっと調べたいものがあってね」
 危うく人間の死体と言うところだった。世情で、そして診察所という場所で、いくら死に触れる機会が多くなっているからといって、あんなふうに変わり果てた姿をこどもに見せるものではない。
「全て運び出してもらってくれ」
「じゅんいー、ぜんぶだってー!ぜーんーぶー!」
 おー、了解したー!と遠くでブレダの怒鳴る声がした。
「ところでエドワード、お前たちはどうしてこんなところにいたんだい?」
 エドワードもリンディも地下室への入り口でついさっき見送ってくれたばかりだ。この先は敷地を囲う壁と、あとは窓ガラスの一部が割れた棟がある限りだった。
 梯子からするすると降りてきたエドワードは、無言で傍に立っていたリンディを見る。
「こっちがちかみちだって言うから。リンディが」
 少女はなぜか不安そうな面持ちで、たどたどしくエドワードの後を継いだ。
「タオル……ほこりっぽいから、軍人さんたちに、タオルもってこようと思って。それで、こっちが……近道だから」
 入り組んだ建物は、内部を歩くより一旦外に出て、窓やいたるところに設けられた通用口を利用した方が早い。エドワードはリンディのお供というところか。
「どうしたんだよ、リンディ。なんかへんだぞ?」
 口を開けたり閉じたり。何か言いたいけど言えない。そんな様子の少女にエドワードは首を傾げ、ロイはリンディの正面にしゃがみこんだ。
「何か話したいことがあるのかな。私でよかったら、話してみないかい?」
 全年齢対応型の笑顔を浮かべてロイが見つめると、少女はしばらく黙ったのち、ちらっと壁の方を見て呟いた。
「なにかわるいことが起こったみたいだから……ここがつぶれちゃったら、どうしようって思ったの。ここがなくなったら、わたし行くところがないんだもの」
 大丈夫?何も悪いことは無い?
と、少女はもう一度繰り返す。
「大丈夫だよ。私たちはこの診療所を存続させるために色々調べているだけだからね。地下室が危なくないか見ていただけだ。ちょっと鳥が迷いこんだようだったから……ほら、あそこに小さな窓があるだろう?そこから入ったみたいなんだけどね。出られなくなった鳥さんたちを運び出して弔ってあげようと思ったんだ」
「鳥さんたち、しんじゃったの?」
「くらくてよく見えなかったけど、あそこにいたんだ……かわいそうだね」
 死んだのは鳥だけじゃないんだけどね、と内心で苦く思いながらも、ロイは神妙な顔つきで彼らの死を悼むリンディとエドワードの肩をそっと抱く。
「ここにおはかを作ったらいいわ。わたし、毎日おいのりするから」
 心の優しい少女の申し出は、ロイの受け入れられるところではなかった。今すぐには。
 一度あの鳥たちは解剖へと回さなければならない。あの狭い窓から空気の澱んだ空間へ入った理由が体内に残されているかもしれない。
 ロイはこどもに嘘をつくことを一瞬ためらったが、軍部に動物を供養する施設があるから、とその申し出を丁寧に断った。リンディは残念そうにしたが、素直に聞き分けてくれた。
「きっと鳥さんたちがお花をはこんできたのね。ここをとおるときお花のにおいがしたのは、そのせいなんだわ」
 少女の独り言だった。なんとはなしに聞いていたロイは、ポケットに入れた赤い包みを思い出す。甘ったるい匂いの元。花の匂い。
「その匂いがいつ頃からしていたか覚えているかな?」
「え?えーとね……」
 少女が記憶を掘り起こそうとするにつれ、可愛らしい眉の間に似合わない皺が刻まれる。話が見えないエドワードも、そのことが大事なことだとわかるのか、祈るように少女を見つめた。
「ちゃんとおぼえてるわけじゃないんだけど……たぶん一ヶ月まえくらい。そのころ、お花屋さんのおばちゃんが来てて、なんのお花かきいたから。でもおばちゃんもわからなかった」
 手がかりだ。赤い包みの中身と匂いと錬成痕とあの死体をつなぐ時期を推定する重要な手がかり。
「ありがとう、小さなレディ」
 ロイがその小さな手を取ってキスを送ると、少女は顔を赤らめた。その隣でロイの養い子も一緒になって顔を赤くしている。照れてるようにも怒ってるようにも見えるが、ロイが声をかけるより早く、エドワードは梯子を元に戻すべく錬成陣を描き始めたのだった。