blind summer fish 48

「こどもってよくわかんないなあ」
 すっかりくだけた言葉遣いのロイを軽くにらみつつも、ホークアイは生真面目に相槌を打つ。
「エドワードくんのことですか」
「私はあの子を怒らせるようなことをしたんだろうか」
 一通りの調査を終えて診療所を後にした一行は、物言わぬ人間を二人と鳥を十二羽連れて大通りを司令部に向かって歩いている。
 ロイの目下の悩みはなんだかむくれていたエドワードのことだった。
 いつもなら「今日は定刻どおりに帰れないかもしれないから」というと、あからさまにがっかりした様子を見せるのに、今日に限っては頬を膨らませたまま「おしごとがんばって」とだけ言って、とっとと建物の中に戻ってしまったエドワードである。ホークアイの手を一生懸命握って「またうちにきてね!」とお願いしているアルフォンスとはえらい差だった。
 笑顔でアルフォンスに答えていたホークアイは恥ずかしさも手伝ってか、今は東の国でいうところの能面のような状態になっている。
「ところで中佐、これはどちらに運ぶんですか?」
「研究所のタガートに任せてみようかと思っている」
「よろしいのですか?彼は中佐を嫌っているでしょう」
「……君は物事を本当にはっきり言う人だね。まあ、よくは思われていないが、仕事は確かだ」
 軍内部の人間が関わっている可能性が皆無ではない以上、余計な情報が漏れるのは避けたいところだ。しかしそれ以上に、正しい鑑定結果が欲しい。
 たとえば、軍内部の人間が関わっていたとして、タガートに圧力をかけて情報を吐かせたとしても、自分の手元に正しい結果が入ればそれでいい。ロイの見る限り、タガートは自分の仕事に誇りを持っている。つまらない圧力に屈して間違った情報を寄越すことはないだろう。
 万が一読みがはずれたら、それはロイが負うリスクになるが仕方のないことだ。他の研究所員の顔を思い浮かべても、消去法で彼しか残らない。これが南だったら士官学校で同期の友人がいるのになあとロイはぼやいた。
「では、漏れてもよろしいとお考えなのですね」
「仕方あるまい。彼らにも口止めは不要だ」
 ホークアイが後ろに従う部下たちをちらっと見たので、ロイは彼女の質問の意図を正確に読み取って指示を下す。どうせこの手の奇妙な事件は軍内に広がるものだ。広がり方によって交友関係がわかるという副産物を楽しむことも出来る。
「ところで、いつから怒ってたのかな。どう思う、少尉は」
「順に思い出されてみればよろしいでしょうに」
「そうだな。そうしてみよう……君はいいなあ。アルフォンスはすっかり君になついてしまったようだ。この間、私と君とどっちが好きかと聞いたらあの可愛らしい声でなんと『ホークアイしょおい!』と答えたんだよ。なんなんだ君は。私の愛しいこどもをたぶらかして」
「人聞きの悪いことを言わないでください。それにアルフォンスくんの真似をするのもやめてください。ちっとも可愛くありませんむしろ気持ち悪いです。それで気づいたことはあるんですか?」
 気持ち悪いとまで言われてへこんだロイは、とりあえずホークアイに言われた通りに朝からの出来事を一つ一つ思い起こしていった。
 今朝起きたあとは元気な挨拶。朝食は牛乳を前ににらめっこして結局ロイが飲んであげた(メリッサが「甘やかしてはいけません」とちょっとだけ怒っていた。)それからロイは出勤し、また顔を合わせたのは診療所。昼食は大勢で和やかににぎやかに取った。そして地下室を見つけ、エドワードがはしごを錬成し――。
 そのあとだ。
「一つだけ。リンディにお礼を言ったときに睨まれた気が」
「……何かしたんでしょう、そのときに」
「特に何もしていない。礼を言って手の甲にキスしただけだ」
「……それですよ。未成年に手を出すのはやめてください」
「失礼な。それこそ人聞きの悪い。……しかし、リンディよりエドワードのほうがずっと大切なのにどうしてあの子は怒ったのかな。ランディとの見合い騒動のときに誤解は解いたはずなんだが」
 役に立つから育てているわけではなく、ちゃんと愛情を持っていることはエドワードも納得したはずだ。自分でも注ぎすぎて溢れているんじゃないかとさえ思っているロイに、ホークアイはため息をついた。
「中佐……それ逆です。エドワードくんがやきもちを焼いたのは、あなたではなくリンディにです」
「ええ!?……ショックだ。女の子に惚れるなんてまだまだ先のことだと思っていたのに……ということは、私はエドワードの好きな女の子に手を出し……いや、表現として正しくないな。でもエドワードから見たらそういうことになるのか」
「ご愁傷様です。誤解は早めに解かれたほうがよろしいですね。将軍には報告されますか?赤い包みのこともありますし」
「私の予想通りなら……ヒューズに頼もうかと思っている」
「ヒューズ大尉に?」
「あいつなら信用出来るからな」
 信用ではなく、信頼の間違いでしょう。言葉は正確に使ってください、と指摘する彼女はやっぱり真面目な人間だとロイは思う。そしてまっすぐだと。
「そういえばヒューズ大尉はこどもたちには会われていないんでしたか」
「……電話では伝えた。そしたら、『嫁さんすっとばしてガキ作ったのかー!』と言われて腹が立ったから電話壊したら通信科の少尉に怒られた」
「フュリー軍曹が必死になって直していたのは、中佐が壊した電話だったんですか」
 ホークアイの声が冷たさを帯び、これは一説教来るぞと思ったロイは慌てて弁解を始めた。
「い、いやこれにはわけがあるんだ。初めは仕事の電話だったんだが、そのうちヒューズのやつがグレイシアののろけ話をしだして……そんなに睨まないでくれたまえ、ホークアイ少尉。仕事の話の途中であいつがグレイシアがああだこうだと言い始めていつまで経っても肝心の用がなんなのか話さないものだから、だんだんいらいらしてき――」
「あのー」
 旗色の悪いロイにとってありがたいことに、後ろから遠慮がちなブレダの声が割って入る。
「二人とも頼みますから、子育てか仕事の話か、どっちかにしてください。どこからどこまでが仕事の話なんだか家庭の話なんだか。それになんつーか……後ろに筒抜けですから」
 ただし、後ろを振り返ると脱力しきった部下たちの呆れ顔だらけというオプション付きで。
「……どこから聞こえていたのだね?」
「『アルフォンスはすっかり君になついてしまったようだ』の辺りから」
 アルの真似は俺たちも心底気持ち悪かったです……というブレダ以下数名の自己申告に、ロイはがっくりと肩を落とし、ホークアイはこの日何度目かのため息をついた。