誠実であること、それが何よりも大事。


blind summer fish 73


「わたくしはずっと廊下で待っておりました。中佐がご自分で話されるのでしたら、わたくしごときが差し出がましい口をはさむこともないでしょう。ええ、かなり長い間話されていたようです。
 時折、エドワードが何か叫ぶ声がしましたが、それもすぐに聞こえなくなりました。
 病院というものはあまり長居したい場所ではありませんわね。……いえ、静かなことよりもあの独特のにおいがあまり快いとは言えませんから。
 お医者様が途中でいらして、あまり長時間の面会は避けるようにとおっしゃいましたが、エドワードの容態に変化があったら中佐が人を呼ばれたでしょう。いくらご自分の迷いに苛まれていても、目の前にいる大切な存在の異変に気づかないような方ではありません。それは貴方のほうがよくご存知でしょう?
 わたくし? ふふ、これでも貴方がたの三倍近くを生きてきたのよ。多少は人を見る目を持っているとうぬぼれております。
 それにね、アームストロングの坊ちゃまとリザさんが決して悪くは言わない方ですもの、真面目で優しいひとだと確信しておりました。そうね、女性とは随分奔放なおつきあいをされていたこともあったようですけれど。貴方はいかがかしら? ……慌てなくてもよろしいのよ、人づてに伺ったことがあります。一途でいらっしゃるのね。
 薄利多売でも一途でも、どちらにも良い面があります。人それぞれですよ。大切なのは、誠実であること。互いに誠実であることが何よりも大切よ。
 あの子たちはあの子たちなりに考えて中佐に質問をした。それがあの子たちの誠実さ。
 そして中佐は答えなかった。それはあの方の不誠実さ。
 錬金術に等価交換の原則があるのはご存知? 世界の全てをこの法則に当てはめるのは無理なことね。こと人と人との関係において厳格にこの法則にしたがえばすぐにひずみが出るわ。
 けれど、今回は違う。ひずみを生じさせてはいけないの。ここであの方がご自身で乗り越えなければ、あとはがらがらと崩れていくだけ。
 あの子たちも中佐も、関係が壊れることなど望んではいなかった。ですからわたくしは中佐に申し上げた。
 そう、どうなるかはわかりませんでした。良い結果になると信じていたけれど、中佐がなさったこと、あの子たちがその行為に対して抱く感情は、頭で考えることとは違ってもっと根源的なものですから。
 信じてよかったと今になって強く思います。まだ少しぎくしゃくとしてはいるわ。でも、一つ良いことを教えましょうか。エドワードとアルフォンスが中佐のことを『ロイさん』と呼んだのよ。中佐は『お父さん』と呼んでほしかったようですけれど。
 アルフォンスがお父さんと呼んだらエドワードが怒ったのですって。中佐……ロイさんは教えてくださらなかったから理由は知りませんけれどね、それでもとても嬉しそうでした。
 ロイさんが話されたことをあの子たちがすべて理解出来たとは思えません。生きてきた時間も場所も状況も違いますから、同じ言語でも使う言葉が同じとは限りませんものね。でも言葉を尽くせば、気持ちは伝わります。ロイさんはあの子たちに応え、あの子たちはロイさんを受け入れた。きっと彼らは本当の家族になったのね。
 幸い、貴方には考える時間はいくらでもあります。ゆっくり考えて、貴方なりの結論を出せばいいの。……打ちひしがれたような顔をなさらないで。出さなくてもいいのよ、結論なんて。矛盾しているかもしれないけれどね。人の関係に決まりも終わりもないのだから。
 あら、お茶がずいぶんと冷めてしまわったわ。入れ替えましょうね。ああ、お気遣いは無用よ。わたくしの分も入れなおしたいから。貴方はそこに座っていらして、ヒューズ大尉」

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