BBB(BLACK BLOOD BROTHERS)パロ
Ver. M (ロイエド)
Ver. H (ハイエド)


Ver. M
マスタング:ダンピールの調停員
兄さん:護衛
怒らないでねっ! キラッ☆


 ふあああああ、と大口を開けてエドワードはあくびをした。眼下では近接戦闘が行われている。というか、そんなにおおげさなものでも格式ばったものでもなく、単なる殴り合いだ。一人の黒髪の男が、牙を出して襲いかかってくる連中をあっさりと投げ飛ばしている様子をやる気なさげに眺めているエドワードがいるのは壁の上だ。
 雑居ビルの壁に垂直に立っているエドワードは、集団からそろりと静かに離れて脇道に入った不心得者の前にすとっと下り立った。一旦驚愕したそいつは、エドワードの姿を見ると、嘲るように肩の力を抜く。こどもなら警戒する必要はないと思ったのだろう。見くびられたものである。
「どけ、小僧」
「そうもいかねえんだ。ここでお前を逃がすとあいつがいやみをちくちくちくちく言ってくるんだよ。それにさ、オレがあんなので我慢してるってのに、お前ら何? 女の子食い散らかしやがって。そりゃあ、さぞかしうまいだろうよ、でもな、処女の血はオレたちにとって芳醇なワインより貴重でゆっくり一口一口味わうもんだ。あんなふうに、がぼがぼ飲んでいいもんじゃねえんだよ、わかったか? おわかり? なら、お仕置きさせてもらおうか」
 突然出現した霧に、転び立ての若者はびくっと背筋を震わせた。つい一週間前に吸血鬼になったとはいえ、理は知っている。この霧の意味と、目の前にいる存在が何であるかは――
「古血か!」
「ハイハイ、その通りですよー。じゃあ、動くなよー」
「……っ」
 動くなよー、と少年は言うが、動こうとしたってすでに指先一つ動かせなかった。声も出せない。
 力場思念を展開しておきながら、まるで苦にした様子も見せない古血の吸血鬼に、若者は恐怖に唾を飲み込んだ。いや、飲みこもうとしただけに終わった。
 少年がすこしでも力を込めれば若者の心臓などあっさり握りつぶされてしまうだろう。
 若者の恐怖など気にもしないエドワードは、とりあえず呼吸をする余地だけは残してやりながら、いまだ制裁真っ最中の調停員を眺めた。いい加減、地面に沈んだままでいればいいのに、連中、諦めだけは悪いらしい。ダンピール相手に吸血鬼が負けるわけがないと思いこんでいるのだろう。実際、普通なら吸血鬼のほうが断然強いが、この調停員はしっかりと訓練を積んだ近接戦闘のプロだ。力任せで勝てるものではない。
 早く帰って大事な弟の寝顔を見たいエドワードは、そろそろ終わってもいいんじゃないかと考え、空き地に出て調停員に声をかけた。
「おい、もうその辺にしとけよ」
 振り返った男は黒い双眸を月明かりに輝かせながら肩をすくめた。
「それは連中に言ってくれ」
「楽しんでるくせに」
「だって思う存分戦える相手なんだぞ!」
 男には余裕が見えるが、その実、しっかりと間合いを測り呼吸を整え、連中の出方に注意して集中していることをエドワードは知っている。そしてダンピールである彼は、いわゆるレッド・ブラッドと呼ばれる人間相手に本気を出せない。出せば相手が死んでしまう。かといって数十年も経た吸血鬼を相手にするのは分が悪すぎる。だから、転び立ての吸血鬼を相手にこうやって自分の実力を磨いているのだ。その姿勢だけは評価出来る、とエドワードは思っている。
 そう、その姿勢だけは。
 ちらりと視線をやった先では、血を吸われたことによる快楽にとろけきっている少女数人と、唯一吸血を免れた少女が壁に背を預けていた。かろうじて正気を保っているその一人の少女のまなざしは、恐怖から助けてくれる男への羨望へと変わりつつある。
 全員叩き伏せたら、さも何でもないふうを装って少女に近寄り、その手を取って「大丈夫ですか?」なんて微笑んで「家までお送りします」なんて囁くのだろう。
 まったく、とんだ調停員もあったもんだ。こちとら、タダ働きであるというのに。
「マスタング、オレ帰るから。あとは勝手にしろ」
「ああ。手間をかけさせて悪かったね」
 気楽な口調で返してきたマスタングは、エドワードの向かう先を見て顔色を変えた。
「鋼の!」
 向かう先なんてもちろん、少女たちのところだ。とっとと家の場所を調べて返してやらねばなるまい。
 エドワードは少女たちの前にしゃがむと、意識のある一人ににっこり笑いかけた。
「あいつが食いとめてる間に逃げよう。立てる? 病院に連れて行ってやるよ」
「え、あ……でも、友達が……」
「大丈夫。彼女たちもちゃんと連れてくからさ」
 少年の姿のせいか、少女も特に警戒をすることもない。すんなりと目を合わせてくれた少女にエドワードはためらうことなど視経侵攻を仕掛けた。
「全部忘れろ。怖い思いをしたことなんて、忘れてしまうといい」
 記憶操作を施したエドワードが、全員を運ぼうと力を行使しようとしたところで背後から恨めしげな声が上がった。
「鋼の……ひどいじゃないか。運命の出会いに横やりを入れるなど」
 エドワードはマスタングの恨み節に呆れ、意図的に無視した。
「あいつらは?」
「……『鋼』の銘にすっかり怯えて蜘蛛の子を散らすように逃げていった」
 拗ねてもかわいくないマスタングは、ため息をついて少女たちの乱れた服装を直してやる。その手つきにいやらしさがないあたりは誠実ではあった。
 一人を除いてね、と付け加えるマスタングに、エドワードは記憶から消えかけていたことを思い出した。若者の一人を力場思念で取り押さえたままだったのだ。
 そのまま少し離れた路地裏から移動させてくると、声帯のあたりだけ圧力を弱めてやる。
 エドワードの目くばせを受けたマスタングが、不幸にも取り残されてしまったその一人ににこやかに微笑んだ。
「さて、君たちの血族のことだがね……」


 少女たちをカンパニーの仕切る病院に送り届けると、二人は月明かりの下を歩いて帰った。
 拘束され、快くしゃべってくれた若者によれば、彼らは一週間ほど前に転化したばかりながら、すでにある集団に属しているらしい。むしろどこかの協定血族のやんちゃ者に転化させられたのならましだったのに、とマスタングはぐちぐち文句を吐きだした。
 その気持ちはエドワードにもわからないでもない。協定血族ならば、下の者の不始末は上の者がつけるものだからだ。
「夜会だもんなあ……ま、後で締めに行けばいいだろ」
「さすがにあそこは避けたいんだがね、仕方がない」
 後始末もきっちりしようと考えるくらいマスタングが仕事に意欲的なのは、ひとえに被害者が女性だからだろう。これで被害者が男性ならば、他の調停員に放り投げたに違いない。
「口だけは達者なロイ・マスタングも夜会は不得手なんだな」
「話すより先に仕掛けてくる連中では、調停も何もあったもんじゃないよ」
 言いつつも、その頭の中では早くも連中をどう”調停”するかを考えているのだろう。いきいきとしているマスタングの瞳を見るのは嫌いではない。
「夜会のトップには部長経由で話をつけてもらえばいいさ。どうせ、奴は下っ端には興味薄だし」
「君も来るんだろう?」
「オレがいるとさっきみたいにならね?」
「その辺の壁にでも立って見ててくれればいい」
 だって君は私の護衛なのだから。
 そう言ってマスタングは己の指先をエドワードの口元に差し出した。二本の指でくちびるをこじあけ、中に押し入る。
 何の真似だ、と聞くのも馬鹿らしい。
 礼がわりに吸え、というのだろう。
 いらん、という意思表示を込めて舌で指を押しやると、マスタングは「舐めるなんて、いやに積極的じゃないか」などと言って笑った。
「違う。拒否したんだ」
「遠慮しなくてもいい」
「オレだって生で吸うなら、さっきみたいな処女がいいよ」
「……君の口からそんな言葉が出てくるのはなんだかおかしな気がするよ」
「これでもオレ、百年以上生きてんだぜ?」
「それなのに、血液パックでしのいでいるなんて、君は本当に変わっている」
「この姿相手に盛るやつに言われたくねえな、変態め」
 一度、最中に牙をつきたてられて以来、エドワードはずっと警戒している。噛まれるだけならともかく、血を吸わせるつもりはない。
 ダンピールのくせにこの男は、わかっていないのだ。吸血鬼が血でつながることが何を意味するのかを。
 
 百年を生きる吸血鬼には、ようやく得た恋心を終わらせることなど出来ないのだった。



Ver.H
※BBBのパロになっていないパロ
ハイデリヒ:調停員
兄さん:護衛
増田さん:調停部部長
ジローさん、ミミコ、陣内には何の関係もありません。
怒らないでねっ! キラッ☆


「……あげませんよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「そうやって、じいーっと見つめてるのが自己主張以外の何であると?」
 ソファーに逆に座って背もたれにすがって見つめてくる瞳は、あきらかに欲がにじんでいる。食欲が。
 仕事が深夜におよび、日付が変わる頃に帰宅したハイデリヒを迎えたのは、夜だというのにすっかり伸びきってしまった一人の吸血鬼だった。遅い遅い夕食を用意するハイデリヒの背中に食欲に満ちた視線が突き刺さる。つい、手元が狂った。
「痛っ」
 包丁が指の皮一枚をするると斬る。わずかに血が浮き出た途端、背後にぞわっと物理的な圧力が膨張するのを感じた。
「エドワードさん、力場思念は勘弁してください」
「あ? ああ、ごめんごめん。甘い匂いに理性が飛んじまった」
 悪びれたふうもなく力を引っ込めたエドワードは、わざとらしく「腹減ったなー」と呟くが、大きすぎて独り言に聞こえない。
「……しょうがないな」
 ハイデリヒのその一言で、あるはずのないしっぽがピンと立ったのが見えた。
 軽い足取りで近寄ってきたエドワードの顔には満面の笑み。そして次の瞬間、絶望が浮かぶ。
「はい、どうぞ」
 冷蔵庫から出した血液パックを渡すと、エドワードはふらふらとハイデリヒへと倒れこんできた。胸倉を掴まれ、見上げられて訴えられる。
「調停員なら護衛の健康管理も責任の一部だろ……!」
「血液パックで必要な分は取れるはずです」
「こないだはくれたくせに!」
「あれは日中に護衛してくれたお礼です。最近は襲われることも特にないし、エドワードさんはここ数日、勝手に散歩行って仕事してないじゃないか」
「……お前んとこの部長に頼まれたんだよ」
「部長に?」
「ここんとこ、はぐれ者の転び立てが増えてるからさ。さすがに人間の調停員に任せるには荷が重い」
 聞いてない、と言うと、エドワードは苦笑する。
「お前が知れば、一人で突っ込んでくに違いないし」
「調停が僕の仕事だ」
「話が出来れば、だろ? 理性を失った転び立てに調停云々は持ちかけるだけ無駄」
 マスタングはお前を心配してるんだよ、と言われればハイデリヒは口をつぐむしかない。おまけに、エドワードは追い打ちをかけてくれる。
「それに、お前に何かあったらすぐ駆け付けられるところにいるから」
「っ……!!」
 殺し文句、だとわかっているのだろうか、この古血は。
 一方の手で頬を撫でられた。意図的な熱を持って肌をすべる手に、ハイデリヒはびくっと身体を震わせた。
 エドワードにとっての食欲は、ハイデリヒにとって別の欲に直結する。
 調停員が護衛に血を与えることを禁止されているのはそのせいだ。与えられる快楽で中毒になってしまう恐れがあるから。だからハイデリヒは、よほどのことがない限り、エドワードに血は与えない。
 そして、今のエドワードは生の血を必要とするほど消耗しているわけではない。
「だ、駄目だって言ってるでしょう……っ?」
「転び立てが血の匂いをぷんぷんさせてるのにずっとおあずけなんだぞ」
「……飲んで、ないんですか?」
「護衛がその辺の人間でお食事したら、転び立てに示しがつかないって。言ったのはお前だろ」
「約束、ちゃんと守ってくれてるんだ、……って、駄目、だって……!」
 空いたエドワードの左手が、ハイデリヒの右手を取る。視線の位置に掲げ、恭しく指先に口づける。
 うっとりと細められた双眸は、金色に光っていた。
 ちろちろとのぞく舌が艶めかしい。白く尖った牙が指の先に当てられる。
 いいか、と視線で問われ、ハイデリヒは期待と諦めとともに目を閉じた。