BBB(BLACK BLOOD BROTHERS)パロ
Ver. H (ハイエド)



Ver.H
※BBBのパロになっていないパロ
ハイデリヒ:調停員
兄さん:いきだおれのひと
増田さん:調停部部長
BBBの設定、一部変わってます! 結界のあたりが!
(ごめん、だいぶ変わってた……。)


 それを拾ったのは、月明かりの薄い夜のことだった。
 職場からの帰宅途中、人気のない路地に、それは転がっていた。
 身なりこそそれなりにきちんとしているが、雰囲気がぼろぼろで、長い髪がざんばらに広がり、うつぶせているから顔は見えない。
 普通の人間なら警察に連絡して引き取ってもらえばいいが、これがもし吸血鬼ならば警察へ届け出ると面倒なことになる。職業柄、後者の可能性を考えないわけにはいかず、ハイデリヒはうつ伏せのそれの肩をゆすってみた。
「おーい、聞こえますか? 起きてますか? 生きてますか?」
 身体はあたたかく、ゆするのをやめて注意深く見てみれば、かすかに背中が上下しているのがわかった。
「起きてくださーい。こんなところで寝てると風邪引きますよ?」
 とりあえず顔だけでも拝んでおこうと、身体を仰向けにしたところで、それの目がぱちっと開いた。
 太陽の色だと思った。
 金の双眸が宙を眺め、やがて焦点は一つに結ばれる。
 直感で、このひとは吸血鬼だ、とハイデリヒが思った瞬間、それの手がハイデリヒの腕をがしっと掴んだ。強い力に、まさか襲われるのでは、と遅い警戒をしたところで、ぐ〜きゅるる〜という間抜けな音が響いた。
「……腹、減った……なんか、食わせて」
 単なる空腹のいきだおれだった。ただし、吸血鬼だけど。


「やー、助かった助かった。ありがとうな!」
 給料前の財布をすっからかんにしてくれたそのひとは、しごく満足そうにしてつまようじを手に取った。たぶん、黙って月明かりの下にでも立っていれば目をとめずにはいられないだろう瞳と容貌をしているくせに、つまようじをくわえている姿はやけにおやじくさい。
 お金返してもらえるかなあ、でもこの人いきだおれだし……と悩むハイデリヒに、そのひとは屈託もなく笑いかける。
「オレはエドワード。エドワード・エルリック。お前は?」
「……アルフォンス・ハイデリヒです。あの――」
「アルフォンス? オレの弟の名前と同じだ。よろしくな、アルフォンス!」
「は、はあ……」
「ところでアルフォンス」
と、エドワードはハイデリヒのペースなどまったく気にしてくれない。
「この場所知らないかな?」
 差し出されたメモにはある墓地の名前が書いてあった。知っている。とてもよく知っている。だって、そこは――
「そこ行けば、今借りた分はすぐ返せるんだ。悪いけど、それまで貸しておいてくれ」
「貸すのはかまいません。どなたかのお参りですか?」
 そこでエドワードはハイデリヒをじっと見つめると、口の端を上げ、にやっと笑った。
「オレの正体、気づいてるんだろ? ごまかしてもだめだって。メモ見たときの反応で丸わかり。それにお前、他のヤツの匂いついてるし。オレが用があんのは、墓地の管理事務所のほうだよ」
 はあ……とため息をついたハイデリヒは、まわりにちらっと目をくばると、身を乗り出した。声を落とすと騒がしい店内では聞こえにくい。
「場所をご存じないということは、特区にはいらっしゃったばかりですか」
「まあな」
「血族の方には会われましたか?」
「いや。特区に血族はいない。断絶血統みたいなもんだから」
 その言葉を聞いた途端、ハイデリヒの中で警戒レベルが上がって行く。
 特区――人間と吸血鬼の共存を掲げた都市は、共存という目的ゆえに、招き入れる吸血鬼を制限している。すでに特区に根をおろした血統に連なるものでないと、張り巡らされた結界を通過出来ない。
 断絶血統でも協定血族に受け入れられれば特区に入ることは出来るが、その場合はカンパニーの立会のもと、協定血族の誰かが、大陸と特区とを結ぶ橋まで迎えに行くことになっている。迎えがあれば、彼は道端でああやって倒れているわけはないし、管理事務所――調停部の場所も教えてもらっているはずだ。
 となると、目の前の吸血鬼は、結界を実力行使で破ったということになる。結界突破による疲労で倒れたとなれば、頷ける話だった。
「……調停部に何の御用ですか?」
 ああ、だめだ。声を硬くしては警戒していると気づかれてしまう。
 未熟な己を恥じながら、それでも緊張するのは止められなかった。
「うーん……襲いに、かな?」
 楽しそうな視線を向けられ、いつでも動けるように体勢を整えた。吸血鬼相手に人間の運動神経などたかが知れているが、一瞬の隙をつけば可能性はゼロではない。
 誰か、大きな音を立てて相手の気を惹いてくれないか。誰か。
 ハイデリヒの願いを誰が聴き届けたのか、店内でガッシャーンと皿の割れる音がした。相手の視線がそちらに移る。今だ、この銀弾を――
「はい、そこまで」
 まったく力が込められた風でもないのに、腕がぴくりとも動かない。見えない、圧倒的な力が周囲を取り囲んでいた。
「物騒だから、それ仕舞ってくれないかな」
「……仕舞おうにも、指一本動かせないんですが」
「なるほど。そりゃそうだ」
 エドワードが頷くとともに、するりと物理的な圧力が引いていった。もう引き金を引く気力もない。
「ごめんごめん、さっきのは冗談だよ。一応、調停部からの招待は受けてるんだ」
 ほら、と寄こされたのは一通の手紙だった。表にはロシアの住所と「エドワード・エルリック様へ」との宛名。裏返したところには調停部部長の名があった。
「では、なぜあんなところで倒れていたんですか」
 肩をすくめた少年吸血鬼の目に、そのしぐさには見合わない怒りがともる。
「結界破るのに体力使い果たしちゃってさ」
「招待があるのなら、穏便に通れるはずでしょう」
「……それが直前になってあのヤロウが『迎えに行けなくなったが、手続きはしておいたから一人で来たまえ』とか言いやがるから、実際来てみたらアレだよ通れねえじゃん。あのバカのことだから手続きしたつもりでやってなかったんじゃねーか、とりあえず通ってみようとしたらバチバチするけど電話すんのもなんか癪だし、どうせなら破って入って、けらけら笑ってるだろうあいつを襲って溜飲でも下げようかな、って思ったら、意外と難しくて、ようやく抜けて特区に入ったところで力尽きて倒れたってわけ。体調が万全ならあんな無様なことにはなんないんだけど、財布落としてずっと食ってなくってさ。本当にお前は命の恩人だよ、アルフォンス。ありがとう」
 吸血鬼――黒血はそこで深々と頭を下げた。いえいえ、どういたしまして、と返すのも忘れてしまう。
「……破る前にやっぱり電話すればよかったのに」
「まあ、そういじめてくれるなって。ところで、お前さ、オレがホントにカンパニーを襲いに来た黒血だとしたら、もうとっくにカンパニーか龍王のとこの誰かが鎮圧に来てるって思わなかった?」
「……あ」
 そうだ。結界が破れれば、張った当人である龍王にはわかる。カンパニーも警戒態勢を敷くはずだ。そうなればハイデリヒにも連絡が来る。念のため携帯を見てみたが、職場からのメールは来ていなかった。
「……誤解してすみませんでした」
「いや、からかったオレも悪かった。助けてもらったのにな」
 顔は少年そのものなのに、細めた双眸は長い時を生きる存在のものだった。


「……随分と熱烈なご挨拶だな、鋼の」
「そりゃとってもお会いしたかったからですよ、ロイ・マスタング調停部長殿」
 出勤したマスタングが調停部に姿を見せた途端、周囲に霧が発生し、それまで日常の業務をこなしていた職員たちは一斉に身構えた。それまで同僚の一人が連れてきた少年は、にこにこと微笑んで、壁の影におとなしく座っていたのに。
 まったくそんなそぶりのなかった少年が、手も動かさずに自分たちの上司を拘束している。マスタングの足は床についていない。宙に浮いたまま、まるで見えない鎖にでも捕らわれているかのようだ。実際、見えない鎖のようなものがあることには違いないが。
 少年の綺麗につりあがった唇からは尖った牙が伸びていた。それを見て誰かが電話に手を伸ばしたが、ハイデリヒがそっと阻む。大丈夫だから、とでも言いたげな年下の同僚に、その調停員は首を傾げた。
 促されて調停員が見つめた先では、上司がいつもどおりの、人を食ったような笑みを浮かべていた。
「出来れば、昼食までには解放してくれ。ランチの予定があるのでね」
「オレから丁寧に断っといてやるよ」
「店の予約もしているんだが」
「キャンセルをおすすめするね」
「では先方にも伝えなければならないね。鋼のも欠席、と」
「オレ?」
 ちっ、と少年が舌打ちすると同時に、マスタングは床に降り立った。霧もすぐに晴れ、様子をハラハラと見つめていた一同は、どうやら危機は去ったらしいと胸をなでおろした。
 あらためて一同は少年の背を眺めた。靴の厚みを入れて160に届くか否かの、少年。しかし見た目通りの年では無いことは、マスタングとハイデリヒ、当の本人を除くこの場にいたもの全てが理解していた。ブラック・ブラッド。しかも転化して数年の若造ではない。己の思念を物理的な力に変えて操るには少なくとも数十年、そしてマスタングを傷つけることなく、脂汗を浮かべることもなく拘束する制御能力を見れば、下手をすると百年を超えるオールド・ブラッドとも考えられた。
 そんな力のあるようにはとても見えないのに。
 その場の大方の視線の意味に気づいたのか、少年がゆっくりと振り向く。皆あわてて目をそらした。だめだ、たぶん「ちっちゃい」とか言ったら殺される。殺されなくても、なんかされる。
 勘のいい調停部員たちはそそくさと手元の仕事に目を通す振りをした。
 早く部長の部屋行ってくれないかなー!と思いながら。


 マスタング用の一室に招き入れられたのはエドワードだけじゃなかった。なぜかハイデリヒもエドワードに引っ張られて一緒にいる。
「それにしても鋼の、朝なのに随分元気だな」
「……オレが? ……元気に見えるか?」
「いきなり拘束されてはね」
「……もう一回、されたいならやぶさかじゃないぞ」
「遠慮しておこう」
 朝らしい晴々しい笑顔は、晴々しすぎてうさんくさい。わりと常に上司の笑顔がうさんくさく感じるのはハイデリヒに限ったことではない。調停員たちのほとんどはそんなものだ。ただ、騙される人間も多かった。この上司は外面だけは大変よろしいのである。
「アルフォンス、友人が世話をかけたな」
「あ、いいえ。……え? 友人?」
 疑問形を訝しく思ったのかマスタングが首を傾げる。
「あの、エドワードさんの話を聞いていたらご友人らしくないな、と……」
 襲ってやろうか、と言って、実際出会い頭の拘束。ずいぶんとデンジャラスな友人関係もあったものだ。
「こう見えても、特区異動前からのつきあいでね。少なくとも私は彼を友人だと思っている」
 対するエドワードは、ソファーに深くもたれこんであさっての方向を向いている。けっ、て感じだ。
「愛する弟を置いてわざわざロシアの奥地から出向いてやったオレにこの仕打ちかよ。友達が聞いてあきれるぜ」
「ロシアはどうだったかな?」
「んー……雪ばっかでなんもねえけど、アルは楽しんでる。熊が遊び友達になってくれた」
 熊ってあの熊ですか。別の意味でデンジャラスな友人関係だとハイデリヒはため息をついた。
 そして、弟の話が出ると自然と柔らかになる表情に魅せられる。よほど弟のことが大切なのだろう。
「で、アルフォンスに金借りてるから、返してやって。オレ、財布落として一文無しなの」
 マスタングはハイハイと金額を聞いてその倍以上をハイデリヒに渡した。とりあえず今日の分、とわけのわからないことを言う。今日の分? 昨日の分だろうに。
「私は君からいつ返してもらえるんだ?」
「取んのかよ。手続きミスの分でチャラだ」
「あれはミスじゃない。君の腕が鈍ってないかを試――」
 空気がぶわっと厚くなった。
「エ、エドワードさん! 待って! 抑えて抑えて!」
 慌ててハイデリヒは隣に座るエドワードの肩を抑えた。さっきの繰り返しでは話が進まない。
 仕方なさそうにエドワードは溜息でもって力を抜く。顔が完全にむくれている。
「……どーせ、龍から言われたんだろ」
「ご明答」
「じゃあ、借金は?」
「いつでもいいよ」
「なら、前回分の借りを返してもらう」
 言うなりエドワードは身を乗り出した。机の上に膝をつき、マスタングの襟を掴んで、ぐいと引き寄せる。何をしているのかは見えなかったが、何をしているかはわかった。いつも余裕の表情を浮かべているマスタングが、わずかに顔をゆがめた後、似合わない吐息を漏らしたからだ。
 こんなに間近で、吸血行為を見ることは滅多にない。気まずい。非常に気まずい。上司のそんな姿を見たことなんてもちろん無いし、ある意味セックスをのぞき見ているのと同義だからだ。
 エドワードさんの馬鹿ー!と内心で叫びまくってるハイデリヒに気づかないのか、エドワードはしばらくマスタングを貪り、やがてドンと突き放した。そして言うに事欠いて
「不味……」
だ。
「失礼な……」
 多少上司も気まずいのか、ハイデリヒと視線が合わない。この状況を作り出した当の本人は、微妙な雰囲気に気づきもしないようだった。考えてみれば、人間にとって吸血されるのは疑似セックスといえるが、吸血する側にとってみれば単なる食事だ。そう、考えてみればそういうことだ。エドワードが気にしないのも無理はない。
 と、説明は出来ても納得出来るかといえばそうではなかった。
 それからしばらくは一組の上司と部下の間に、気まずい雰囲気が漂い続けるのだが、原因を作った黒血は平然としてその後の宿をハイデリヒの部屋に決め、当然のように居座るのだった。